兵は国の大事なり。死と生の之く地、存と亡の之く道は、察せざる可からざるなり。

其一1-1

孫子曰、兵者國之大事。死生之地、存亡之道、不可不察也。

sūn zǐ yuē、bīng zhě guó zhī dà shì。sǐ shēng zhī dì、cún wáng zhī daò、 bù kĕ bù chá yĕ。

解読文

孫先生が言うには、

①戦争は国家における重要な軍事行動である。兵士の生死を左右する場所、国家の存亡を左右する道理について考察しなければならない。

②戦略とは陣地を広げるために用いるのである。貧しい町、村、里、集落を敵国に服従しない陣地にするのであり、貧しい町、村、里、集落を経由して自国の陣地として保ち続けて敵国とせめぎ合うこと無く抑えつける。戦略を大いに利点とすれば勝敗は大いに明白である。

③戦術とは陣地を利用して実践することで軍隊を強大にするのである。間者が隠れて出現する奇正の戦術に利用する場所があり、間者は攻め取った敵兵が逃走しようとしても指導して保ち続ける。間者の適正を大いに持ち合わせれば、敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者に推挙するのである。

④災いが発生すれば、自ずと平穏を求める現象を利用して国家として維持するのである。命を投げ出す覚悟を持たせて死地に赴かせれば兵士達は生存し、心に覚えた自国への仕返しは記憶から無くなるに至る。大いに災いに向き合う時は、人民の特性を大いに見抜くのである。
書き下し文
孫子曰く、
①兵は国の大事なり。死と生の之(ゆ)く地、存と亡の之(ゆ)く道は、察せざる可からざるなり。

②兵は国を大きく之(いた)らしむに事(つか)うなり。死す地を生たらしめて之とするなり、之に道(よ)りて存(たも)ちて亡たらしむ。不(おお)いに可とすれば不(おお)いに察(あき)らかなり。

③兵は国を之(もち)いて事とするに大きくするなり。死して生ずに之(もち)いる地あり、之は亡(のが)れんとするも道(みちび)きて存(たも)つ。不(おお)いに可(よ)ければ不(おお)いに察するなり。

④兵すれば大(やす)らかたる事を之(もち)いて国するなり。死たらしめて地に之(ゆ)かせしめば生かし、存する道は亡(わす)れるに之(いた)る。不(おお)いに可(あ)たるに不(おお)いに察するなり。
<語句の注>
・「兵」は①戦争、②戦略、③戦術、④災いする、の意味。
・「者」は①②③~とは、④仮定表現の助詞、の意味。
・「国」は①独立した国家、②③領地、④国家として維持する、の意味。
・1つ目の「之」は①助詞「の」、②ある地点や事情に達する、③④使う、の意味。
・「大」は①重要である、②面積が広い、③規模が大きい、④平安な、の意味。
・「事」は①軍事行動、②用いる、③実践する、④人の生活上に起こる全ての現象、の意味。
・「死」は①命を失う、②草木が枯れる、③消える、④命を投げ出す覚悟のあるさま、の意味。
・「生」は①生存する、②服従しないさま、③出現する、④生存する、の意味。
・2つ目の「之」は①変わる、②代名詞、③使う、④赴く、の意味。
・「地」は①場所、②地区、③場所、④境地、の意味。
・「存」は①存在する、②③保ち続ける、④心に覚えておく、の意味。
・「亡」は①滅亡する、②死んでいるさま、③逃走する、④記憶からなくなる、の意味。
・3つ目の「之」は①変わる、②代名詞、③彼ら、④ある地点や事情に達する、の意味。
・「道」は①道理、②経由する、③指導する、④意向、の意味。
・1つ目の「不」は①~しない、②③④大いに、の意味。
・「可」は①~できる、②長所、③適合するさま、④向き合う、の意味。
・2つ目の「不」は①~しない、②③④大いに、の意味。
・「察」は①考察する、②明白であるさま、③推挙する、④見抜く、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子兵法には、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従えば、一つの句で四通り(終盤は八通り)の解読文が成立する。また、他句の内容を引用、又は意味を積み上げることで解読できる構造になっており、全十三篇を繰り返し読むことで徐々に深淵に近づいて教えが具体化していくようです(現在公開している内容は三周目の解読文です)。なお、繰り返し読むことで徐々に教えの深淵に近づく構造のため、特に計篇では主たる解読文に対する「解読の注」は比較的丁寧に解説しても、二通り目以降は参照情報の掲載だけに留める句もある。後日見直す予定のため、現時点ではご容赦頂いた上でお読み頂ければ幸いです。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「死と生の之く地」の直訳は“命を失うことと生存することが変わる場所”となる。簡潔に「生死を左右する場所」と解読。「存と亡の之く道」も同様に解読。
なお、この「地」の“場所”は、其一2-5①「」と同意であり、戦地、間者が隠れて出現する場所、敵国の町、村、里、集落を包括した表現となっていると考察。

<②について>
・「国」の“領地”は、侵略戦争を仕掛けて奪い取った敵里等であり、戦争が終結する前であるため、この時点では領土になっていないと解釈できる。そのため、「陣地」と解読した。

・2つ目の「之」は、「国」の「陣地」を指示する代名詞と解読。③も同様に解読。

・3つ目の「之」は、「地」の「貧しい町、村、里、集落」を指示する代名詞と解読。

・関連する記述は中盤以降数多く登場するが、基本的な戦略の枠組みは、其七4-3①「敵里を奪い取れば多人数の正攻法部隊に割り当て、陣地を開拓して統治して兵糧と飼料を各部隊に配分するのであり、開拓した陣地を繋ぎ止めて全軍の権勢が生じれば、自軍が行動し始めた時、敵軍に危険を感じさせることができるのである」にある内容である。なお、“里”だけではなく、“町、村、集落”も解読文に含まれているが、これらも陣地にする記述が後述されるため補った。

・「亡」の“死んでいるさま”は、戦う前から死んだ状態と解釈でき、其三1-3①「戦うこと不くして人の兵を屈する」の「せめぎ合うことなく敵軍を抑えつける」を実現すると考察。

・「可」の“長所”は、「利」と同意として「利点」と解読する。

<③について>
・「死して生ず」は、其六6-6②「月には死と生有り」の「奇策部隊には隠れている状態と出撃している状態が有る」を指すと考察。これは奇策部隊に関する記述であり、其五2-1①「凡そ戦いは、正を以いて合し、奇を以て勝つ」の「一般的に戦争は、正攻法部隊を率いて交戦し、奇策部隊によって打ち破る」の一部であるが、ここでは「奇正の戦術」を用いることとして解読した。

・「死」の“消える”を「間者が隠れて」と解読した根拠は、其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」が奇策部隊を担うことが後述されているためである。

・3つ目の「之」の“彼ら”は、奇正の戦術によって攻め取った敵兵であるため「間者が攻め取った敵兵」と解読。

・「間者の適正を大いに持ち合わせれば、敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者に推挙する」は、其九4-7⑦「慎まずに薪を採る敵兵を奇策部隊が出現して攻め取り、能力及び適性を見極めて間者として選んで取得する、生きたまま敵を取得する間者が登場するのである」等の他、類似した記述が数多くある。また、敵から寝返らせて起用する間者は、其十二2-2①で「敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者」と記述されている。

<④について>
・「命を投げ出す覚悟を持たせて死地に赴かせれば兵士達は生存」は、其十一1-10④「戦地「死地」で命を投げ出す覚悟を持って敵軍とせめぎ合う兵士達は、法規や決まりが記憶からなくなって大いに慌ただしくなり、戦線の部隊が消耗する前にどんどん入れ替わる道理によって激しく旺盛な士気を保ち続けるのである」に基づく記述。

・「心に覚えた自国への仕返しは記憶から無くなる」は、其十三4-6⑧「元敵兵達から自国に仕返しする感情が記憶からなくなって、年貢等を免除する利点に恩返ししようとすれば大いに国を治めて保ち続ける」に基づく記述。

・「自ずと平安を求める現象」と「人民の特性を大いに見抜く」は、「木」と「石」の喩えで人民や軍隊の性質を説いた其五5-3②「平穏であれば落ち着き安定し、危険を感じれば恐れ震え、道義的に正しくすれば国に宿り、正しさが厳格過ぎれば人民の心は自国から離れていくのである」等が参考になる。「命を投げ出す覚悟を持たせて戦地に赴かせれば兵士達は生存し、心に覚えた自国への仕返しは記憶から無くなるに至る」は、これらで記述される「人民の特性」を利用した内容と解釈できる(詳細はそれぞれ該当する記述参照)。

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