天は、陰と陽あり、寒さと暑さあり、時を制するなり。順いて逆えれば、勝なる兵あるなり。

其一2-4

天者、陰陽、寒暑時制也。順逆、兵勝也。

tiān zhě、yīn yáng、hán shǔ、shí zhì yĕ。shùn nì、bīng sheng yě。

解読文

①自然の摂理とは、日陰と日なたがあり、寒い日と暑い日があり、時間の流れをつくるのである。順応して推し量れば、優れた戦略、戦術ができるのである。

②時間の流れがつくる季節とは、月と太陽があることで、冬と夏を出現させるのである。この道理に抵触すれば、軍隊は戦う前から敗北した状態となるのである。

③将軍は、士気が殺がれた状態を装ったおとり部隊を出現させ、火災のような正攻法部隊でどんどん攻め込んで敵をおののかし、敵を攻め取る時機を掌握する者である。攻め取った敵が逆らわずに自軍に服従すれば敵軍の兵士数を減らすことになり、自軍の勢いが敵軍を越えるのである。

④天の意思とは、盲目的に占いの結果に従うことであり、曇りの次は太陽が出て晴れると決めつけ、火災のようにどんどん攻め込んでくる敵の正攻法部隊は無視するのである。占いの結果に素直に従えば、軍隊は戦う前から敗北した状態であり、自軍の兵士数を減らすのである。
書き下し文
①天は、陰と陽あり、寒さと暑さあり、時を制(せい)するなり。順(したが)いて逆(むか)えれば、勝なる兵あるなり。

②時の制(せい)する天は、陰と陽(ひ)ありて寒と暑をあらせしむなり。順に逆(さか)らえば、兵は勝たるなり。

③天は、陰(くら)きを陽(いつわ)るものあり、暑さに寒(さむ)からしめ、時を制(おさ)える者なり。順(したが)えば逆(しり)ぞけ、兵は勝(まさ)るなり。

④天とは、時を制(せい)することなり、陰に陽(ひ)あり、暑さは寒(ひ)やすなり。順(したが)えば、兵は勝たりて逆(しり)ぞくなり。
<語句の注>
・「天」は①自然の摂理、②季節、③その存在にとって不可欠の対象、④天の意思、の意味。
・「者」は①②~とは、③助詞「もの」、④助詞「こと」、の意味。
・「陰」は①日差しから影になる側、②月、③陽光がないさま、④曇り、の意味。
・「陽」は①日なた、②太陽、③装う、④太陽、の意味。
・「寒」は①寒い日、②冬の時節、③おののかす、④無視する、の意味。
・「暑」は①暑い日、②夏、③④炎熱の気、の意味。
・「時」は①②時間の流れ、③好機、④暦、の意味。
・「制」は①②造る、③掌握する、④(盲目的に)従う、の意味。
・1つ目の「也」は①②③④断定の語気、の意味。
・「順」は①順応する、②道理、③逆らわないで適合する、④素直に従う、の意味。
・「逆」は①推し量る、②抵触する、③④減らす、の意味。
・「兵」は①戦略、戦術、②③④軍隊、の意味。
・「勝」は①優れたさま、②既に滅ぼされたさま、③越える、④既に滅ぼされたさま、の意味。
・2つ目の「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「日陰と日なた」は、関連した句として、其九2-1①「兵士達が駐屯する時は、高い所を喜んで低い所を嫌がるのであり、日なたを重視して、日陰は軽視するのである」がある。

<②について>
・「月と太陽」は、其五2-3の「」は奇策部隊、「」は正攻法部隊の解釈を指しており、正攻法部隊と奇策部隊の動き方を説いている。

・「冬と夏」は、其五2-4①「植物は枯れるけれども、次に訪れる季節に向けて土の中に隠れている植物が生育する要因は、四季が規則正しく動くからである」に関連する記述。春・夏・秋・冬の各季節は、それぞれ正攻法部隊の一部隊を表現しており、前線で戦う部隊が入れ替わりながら戦うことで、消耗しても回復して再び前線に戻ることを説いている。

・「勝」の“既に滅ぼされたさま”は、戦いが始まっていなくても、既に敵に滅ぼされた状態に等しいことと解釈できる。結果、「戦う前から敗北した状態」と解読。④も同様に解読。

<③について>
・「天」の“その存在にとって不可欠の対象”は、記述が軍隊に関する内容に転換しているため、軍隊にとって不可欠の対象である「将軍」と解読。

・「陰」の“陽光がないさま”は、其七6-2②「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器であり、昼間の緩んだ士気は敵を侮るのであり、夕暮れ時の殺がれた士気は既に敗北した状態になる」の”夕暮れ時”を指して「士気が殺がれる」意味と考察。なお、後述「暑」の意味に着目すれば、奇正の戦術に関する記述とわかるため、「陽」は“装う”意味を採用した。結果、其五4-5①「意図的に勢いを削いだおとり部隊に心を向かわせて追わせることを必ず実行する」を指すと考察できるため、「陰きを陽るもの」で「士気が殺がれた状態を装ったおとり部隊」と解読。

・「暑」の“炎熱の気”は、其七4-2①「侵して掠めること火の如く」の「正攻法部隊がどんどん攻め込んで敵の逃げ場を奪い取って誘導していく様子はまるで広がっていく火災が逃げ場を奪って火のない所へ人を導く様子に等しい」の「火」と同意と考察するが、ここでは獲物となる敵部隊を誘導していく内容は不要と判断し、「暑さに寒(さむ)からしむ」で「火災のような正攻法部隊でどんどん攻め込んで敵をおののかす」と解読。

・「時」の“好機”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「時機」と同意。ここでは簡潔に「敵を攻め取る時機」と解読。

・「攻め取った敵が逆らわずに自軍に服従すれば敵軍の兵士数を減らすことになり、自軍の勢いが敵軍を越える」は、其二4-2①「敵に勝ちて而は強を益す」の「敵を抑えて自軍の強大さが増加する」ことを実現するのである。類似した記述は、後述の句で頻出する。

<④について>
・「陰」の“曇り”は、其七4-2①「知るを難くすること陰の如く」の「奇策部隊の出撃する場所と時機の識別を難しくさせる様子はまるで曇り空から変化していく天気を正確に識別できない様子に等しい」の「陰」と同意。曇りは、次は晴れるのか、雨が降るのかについて正確に理解できないが、「陰に陽(ひ)あり」で“曇りの次は太陽が出て晴れ”と記述されている。但し、この正確にわからない物事を決めつけている意味がわかるように「曇りの次は太陽が出て晴れると決めつけ」と補って解読した。

・「暑」の“炎熱の気”は、③「暑」同様に、其七4-2①「正攻法部隊がどんどん攻め込んで敵の逃げ場を奪い取って誘導していく様子はまるで広がっていく火災が逃げ場を奪って火のない所へ人を導く様子に等しい」と同意と考察。ここでは攻めて来る敵軍であることを踏まえて、簡潔に「火災のようにどんどん攻め込んでくる敵の正攻法部隊」と解読。

・「時」の“暦”には、「吉凶」も含まれるため、わかりやすく「占い」と解読。

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