地は、高と下あり、広きと狭きあり、遠きと近きあり、険しきと易きあり、死すと生かすあるなり。

其一2-5

地者、高下、廣陜、遠近、險易、死生也。

dì zhě、gāo xià、guǎng xiá、yuǎn jìn、xiǎn yì、sǐ shēng yĕ。

解読文

①場所とは、高い場所と低い場所があり、広い場所と狭い場所があり、遠い場所と近い場所があり、地勢が険しい場所と平坦な場所があり、命を失う場所と生存する場所があるのである。

②戦地であれば、軍隊が高い所にいれば低い所へ攻めるのであり、軍隊が広い所にいても陣列の幅は狭くするのであり、敵軍に接近して自軍を避けさせるのであり、地勢が険しい場所では軍隊の隊列を整えるのであり、奇策部隊の間者が隠れて出現する場所があるのである。

③間者が隠れて出現する場所とは、上級兵士の部下という立場であり、敵軍の隊列を長細く広げる狭い場所であり、敵将軍が可愛がる者を自軍から遠ざける役目の者であり、地勢が険しい場所にあって軽視してしまう場所である。

④敵国の町、村、里、集落にいるならば、等級が上にある者は謙虚な姿勢で敵人民に対応し、知識や見識が乏しい人民がいても心を広くもって物事にはこだわらず、人民の輪を疎遠にしている者は間者候補と考えて接近し、性格・人柄が悪い人民は死地において常軌を失って戦うため生存するのである。
書き下し文
①地は、高と下あり、広きと狭きあり、遠きと近きあり、険しきと易(やす)きあり、死すと生(い)かすあるなり。

②地たれば、高にあれば下るなり、広くも狭くするなり、近づきて遠ざけしむなり、険しければ易(おさ)めるなり、死して生ずるなり。

③死して生ずる地は、高きものの下なり、広せしむ狭きなり、近づくものを遠せしむものなり、険しきにある易(かろ)んずることなり。

④地にあれば、高きものは下り、狭きものあるも広(こう)なりて、遠ざけるものに近づき、険しきものは死に易(か)わりて生きるなり。
<語句の注>
・「地」は①場所、②境地、③場所、④地区、の意味。
・「者」は①~とは、②仮定表現の助詞、③~とは、④仮定表現の助詞、の意味。
・「高」は①②高い所、③④等級が上にあるさま、の意味。
・「下」は①低い位置、②高い所から低い所へ行く、③部下、④身分をおさえて人に対応する、の意味。
・「広」は①②面積や体積が大きいさま、③広くひろがったさま、④心が広く物事にこだわらないさま、の意味。
・「狭」は①②広くない、③広くひろがったさま、④知識や見識が乏しい、の意味。
・「遠」は①隔たりが大きい、②避ける、③隔たりが大きい、④疎遠にする、の意味。
・「近」は①空間的に距離がわずか、②接近する、③寵愛する、④接近する、の意味。
・「険」は①②③地勢が平坦ではないさま、④性格・人柄が悪い、の意味。
・「易」は①平坦なさま、②整える、③軽視する、④変動して常軌を失う、の意味。
・「死」は①命を失う、②③消える、④其十一1-1①「死」、の意味。
・「生」は①生存する、②③出現する、④生存する、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「高下、廣陜、遠近、險易、死生」は、それぞれ「地」が省略された形式と解釈。解読文では「場所」と補った。

<②について>
・「地」は“境地”の意味で、其一2-1③「」と同様に「戦地」と解読する。

・「軍隊が高い所にいれば低い所へ攻める」は、其九1-2①「戦闘になった時は低い所に移動してはならない、高い所へ移動するのである」に基づいて解読。

・「軍隊が広い所にいても陣列の幅は狭くする」は、其七6-6①「陣立の型を使って山間の広くて平らな場所で整った隊列でぎっしり密集して広がっている敵の正攻法部隊は攻めてはならない」等に基づいて解読。

・「敵軍に接近して自軍を避けさせる」は、其七6-3②「切れ味の鋭い武器となった士気が激しく旺盛な軍隊の勢いによって敵軍に自軍を回避させた時、敵軍の士気が緩んで軍隊の勢いがなまっている状態になれば、攻めることで敵軍の士気を殺いで勢いを消滅させる」等の他、様々な活用方法が数多く後述されている。

・「地勢が険しい場所では軍隊の隊列を整える」は、其七3-2①「高くそびえた山と樹木が群がる林にある、川等が危険で交通困難な険しい場所や、行く手を阻む水の溜まった窪地に赴く隊列の型を理解していない将軍は、軍隊を統率して行軍させることができない」に基づいて解読。

・「奇策部隊の間者が隠れて出現する場所がある」は、其六1-1②「戦地を先制した将軍は、生きたまま敵を取得する間者が所属する奇策部隊を配置する」に基づく解読。なお、用間篇で奇策部隊が間者の一種であることが明示されている。

<③について>
・「間者が隠れて出現する場所」について、②「死」の“消える”に対応する軍隊として奇策部隊と補ったが、③では「間者」そのものに話の内容が移行していると考察した。

・「上級兵士の部下という立場」は、其九4-5⑤「久しく等級が上にある特出した敵の指揮官は、直属の操縦士を慰労するのである」、其九4-5⑧「高尚な人格を汚すならば、従わせた指揮官直属の操縦士を駒として利用して特出した敵の指揮官を従わせる要因となるのである」に基づいて、一般化して解読。

・「敵軍の隊列を長細く広げる狭い場所」は、其十1-9②「狭い場所で敵軍を苦しめる戦地の型「隘」に至れば、必ず隊列を長細くして対応しなければならない」に基づいて、一般化して解読。

・「敵将軍が可愛がる者を自軍から遠ざける役目の者」は、其十一2-2⑥「軍事機関が敵将軍の可愛がる者の保護を受け入れれば、「お手本に従って、その中のちょうど相応しい随行者の立場を強制的に取れ」と敵将軍の可愛がる者を殺害する間者に言うのである」の随行者を指すと考察し、一般化して解読。

・「地勢が険しい場所にあって軽視してしまう場所」は、其九3-3②「敵が間者を使うであろう場所を落ち着かせる時、集落の溜池、紙やむしろを作って生えたばかりのアシ、わずかに群がって生えている樹木、集落で使われていない用水路を利点として、待ち伏せして潜み隠れる敵間者が存在すれば、用心深く網を使って覆う」に基づいて、一般化して解読。なお、軽視してしまう場所の例は「集落の溜池、紙やむしろを作って生えたばかりのアシ、わずかに群がって生えている樹木、集落で使われていない用水路」である。

<④について>
・「地」は、汙直の計によって自国の陣地にし、統治していく「敵国の町、村、里、集落」と解読。

・「等級が上にある者は謙虚な姿勢で敵人民に対応」は、其六6-2⑥「価値ある金品を与える行為と真心のある法規や決まりがあれば攻め取った敵下僕を屈伏させるのであり、謙虚な姿勢で担ぎ上げて対応する」に基づき、一般化して解読。

・「知識や見識が乏しい人民がいても心を広くもって物事にはこだわらず」は、其九4-23④「敵の軍事において軽視されている地方の敵里を統治下に置く将軍は、このように困らせる人民が存在しても刑罰を免除して、乱暴をしないで融通を利かせる」に基づき、一般化して解読。なお、“このように”とは、其九4-23③「穀物で馬を飼育して筋肉をつけさせて、軍事上の都合を無視して馬を商品として掲示する敵里の者は、自軍に大々的に販売しても刑罰を免れている」を指す。

・「人民の輪を疎遠にしている者は間者候補と考えて接近」は、其九4-7⑦「解読の注」で間者の適任者について「見極める能力及び適性は、敵陣営では役に立たないと評価されていること、冷遇されていること、発言に信頼性がないこと」と考察した結果に基づいて解読。

・「性格・人柄が悪い人民は死地において常軌を失って戦うため生存する」は、其九5-3④「成年に達して役務や肉体労働に従事する兵士達は、仮に敵に憂えても常軌を失う存在であり、必ず敵軍に打ち勝とうとするのである」、其九5-3⑤「この必ず敵軍に打ち勝とうとする兵士達は、もしも、犯罪の経歴を調べれば、災いをなす存在が蔓延しているのである」、其九5-3⑧「成年に達して役務や肉体労働に従事する兵士達は戦略、戦術の計画を無視するとはいえ、将軍が変化させて敵軍に対峙させれば、敵軍に打ち勝つ条件を確固たるものにするのである」に基づいて解読。なお、死地を戦って生存する兵士達の条件は、ここで挙げた教えだけではないため、其九5-3の他の解読文及び九地篇を参照してください。

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