埶は、因ねて利とすれば而ち権を制えるなり。

其一4-4

埶者、因利而制權也。

yì zhě、yīn lì ér zhì qí quán yĕ。

解読文

①軍隊の勢いとは、増し加えて利点として用いれば全軍の権勢を掌握するのである。

②全軍の権勢を掌握する将軍は、敵人民を自軍に編制して兵士数を増し加えて、兵士達の士気を激しくすることで軍隊に勢いを生じさせるのである。

③軍隊に勢いがあれば、兵士達の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっていることを頼りにして臨機応変の戦術を禁じるのである。

④旺盛で切れ味の鋭い士気の兵士達を従わせる技術は、人を支配し服従させる力となる賞罰制度の使い方である。
書き下し文
①埶(せい)は、因(かさ)ねて利とすれば而(すなわ)ち権を制(おさ)えるなり。

②権を制(おさ)える而(なんじ)は、因(かさ)ねて埶(う)えることに利あらしむなり。

③埶(せい)あれば、利(と)きたるに因(よ)りて権を制(せい)するなり。

④利(と)き者を因(よ)らしむ埶(げい)は、権たる制(せい)なり。
<語句の注>
・「埶」は①勢い、②栽培する、③勢い、④技、の意味。
・「者」は①~とは、②助詞「こと」、③仮定表現の助詞、④助詞「もの」、の意味。
・「因」は①②増し加える、③頼る、④従う、の意味。
・「利」は①利益あるものとして用いる、②勢い、③④鋭い、の意味。
・「而」は①条件関係を表す接続詞、②あなた、③④順接の関係を表す接続詞、の意味。
・「制」は①②掌握する、③禁じる、④制度、の意味。
・「権」は①②権勢、③臨機応変の謀略、④人を支配し服従させる力、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「埶者、因利而制權也。」と「埶」を「勢」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」 の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。
・蛇足だが、この一文まで「而」の文字は登場しない。「而」には“あなた”と呼びつける二人称の代名詞の意味があり、呉王に対する無礼となる可能性があるため、この句までは「而」の使用を避けていたのではないかと推察する。そして、この其一4-4を読んでいる時点で、其一4-1「孫武の考え」だけに集中することを選択し、其一4-2「孫武の戦略、戦術」と孫武自身を採用することについて前向きに検討したのだと解釈できる。つまり、この其一4-4以降、孫武の教える立場が明確になったので「而」を使用しても問題ないと推察できる。これは個人的な推察に過ぎず、偶然の結果である可能性も高いため悪しからず。

<①について>
・「埶」の“勢い”は、其一4-3④「埶」の「軍隊の勢い」の意味を積み上げていると考察し、「軍隊の勢い」と解読。

・「権」は、後述の句を解読しないと意味が掴めず、其三4-5①「権」の「全軍の権勢」と同意と考察して「全軍の権勢」と解読。②も同様に解読。
なお、「権」の「全軍の権勢」は、孫子兵法における侵略戦争の基本戦略である其七4-3①「敵里を奪い取れば多人数の正攻法部隊に割り当て、陣地を開拓して統治して兵糧と飼料を各部隊に配分するのであり、開拓した陣地を繋ぎ止めて全軍の権勢が生じれば、自軍が行動し始めた時、敵軍に危険を感じさせることができるのである」で重視されており、後半で頻出する。

<②について>
・「因」の“増し加える”は、軍隊の勢いを増し加えるために兵士数を増やすことと考察。その方法は奇正の戦術よって敵兵を攻め取る、奪い取って統治した敵里の人民を自軍に編制すること等が挙げられる。結果、「敵人民を自軍に編制して兵士数を増し加える」と補って解読。

・「埶」の“栽培する”は、①「埶」の「軍隊の勢い」に繋がる要因を生育することと考察。その要因とは、其七6-2③「早朝における軍隊の勢いは士気が激しく旺盛であり、昼間における軍隊の勢いは士気が緩んでなまっているのであり、日が落ちて暗くなった時、士気が殺がれた軍隊の勢いは消滅するのである」に基づけば、兵士達の士気と解釈できる。結果、「兵士達の士気を激しくする」と解読。

<③について>
・「利」の“鋭い”は、其一4-3④「利」の「兵士達の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器」と同意と考察。結果、「兵士達の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっている」と解読。

<④について>
・「利」の“鋭い”は、其一4-3④「利」の「兵士達の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器」の意味を積み上げていると考察し、「利き者」で「旺盛で切れ味の鋭い士気の兵士達」と解読。

・「制」の“制度”は、其一2-7②「法」の「法規」であり、其一3-2③「人民と下僕が処罰の内容と褒美の品について詳しくなればその賞罰制度を実行して証明する」及び其十一5-5⑥「兵士達を力づける道理を理解した将軍は、駆り立てれば慰労するのであり、強要すれば褒美の品を贈呈する」等で記述された「賞罰制度」を指すと解釈。結果、“技術”という主語に合わせて「賞罰制度の使い方」と解読。

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