筭を多とするものは筭を少とするものより勝なり、筭を无すること而く況える乎。

其一6-3

多筭勝少筭、而況无筭乎。

duō suàn shèng shǎo suàn、ér kuàng yú wú suàn hū。

解読文

①戦略、戦術の計画を重んじる将軍は、計画を非難する者よりも優れているのであり、計画を無視する者については推し量ればわかるだろう。

②戦略、戦術の計画を重んじる将軍は計画を削ったとしても、無視できる状況を計算しているのであり、自軍の勢いを敵軍よりも優勢にするだろう。

③戦略、戦術の計画を重んじて自軍の勢いを敵軍よりも優勢にすれば、謀略を企てている武将は、さらに将軍が立てた戦略、戦術の計画を軽んじるだろう。

④謀略を企てている武将がさらに戦略、戦術の計画を軽んじる時は、戦争での手柄の数を競って将軍よりも優位になろうとするだろう。

⑤戦争での手柄の数を競おうとする謀略を企てている武将は、戦略、戦術の計画を立てることを無視して将軍よりも優位になろうとするのであり、なんと将軍の軽んじられた計画と比べることになるであろう。

⑥謀略を企てている武将の計画と将軍の軽んじられた計画を比べれば、戦略、戦術の計画を重んじた将軍の方が盛大な手柄の数だろう。

⑦戦略、戦術の計画を重んじた将軍の方が盛大な手柄の数だった時、謀略を企てている武将は、どうして将軍が立てた計画を軽んずる態度でいられようか。

⑧戦略、戦術の計画を重んじた将軍は計画を非難した者を抑えたのであり、どうして将軍が推し量った戦略、戦術の計画を軽んずる者がいるだろうか。
書き下し文
①筭(さん)を多とするものは筭(さん)を少(しょう)とするものより勝(しょう)なり、筭(さん)を无(なみ)すること而(よ)く況(たと)える乎(か)。

②筭(さん)を多とするものは筭(さん)を少(か)くも、而(よ)く无(なみ)する況(きょう)を筭(かぞ)えるなり、勝(まさ)る乎(か)。

③而(なんじ)は筭(さん)を多として勝(まさ)れば、筭(さん)する少(わか)きものは、況(ますます)筭(さん)を无(なみ)する乎(か)。

④筭(さん)する少(わか)きものの況(ますます)而(なんじ)の筭(さん)を无(なみ)するに、多(いさお)を筭(かぞ)えて勝(まさ)らんとする乎(か)。

⑤多(いさお)を筭(かぞ)えんとするものは、筭(さん)すること少として勝(まさ)らんとするなり、而(なんじ)の无(なみ)される筭(さん)と況(たと)える乎(かな)。

⑥少(わか)きものの筭(さん)と而(なんじ)の无(なみ)される筭(さん)と況(たと)えれば、筭(さん)を多とするもの勝(しょう)たる乎(か)。

⑦筭(さん)を多とするもの勝(しょう)たるに、筭(さん)する少(わか)きものは、而(なんじ)の筭(さん)を无(なみ)する況(きょう)たる乎(や)。

⑧筭(さん)を多とするものは筭(さん)を少(しょう)とするものに勝ち、而(なんじ)の況(たと)える筭(さん)を无(なみ)するものある乎(や)。
<語句の注>
・「多」は①②③重んじる、④⑤戦争での手柄、⑥⑦⑧重んじる、の意味。
・1つ目の「筭」は①②③計画、④⑤計算する、⑥⑦⑧計画、の意味。
・「勝」は①優れたさま、②③④⑤越える、⑥⑦盛大な、⑧抑える、の意味。
・「少」は①そしる、②削る、③④等級・序列が下にあるさま、⑤軽視する、⑥⑦等級・序列が下にあるさま、⑧そしる、の意味。
・2つ目の「筭」は①②計画、③④はかりごと、⑤⑥計画、⑦はかりごと、⑧計画、の意味。
・「而」は①②~できる、③④⑤⑥⑦⑧あなた、の意味。
・「況」は①推し量る、②状況、③④さらに、⑤⑥比べる、⑦ありさま、⑧推し量る、の意味。
・「无」は①②無視する、③④軽んずる、⑤無視する、⑥⑦⑧軽んずる、の意味。※「無」の特殊な字体であるため、「無」の意味を採用する。
・3つ目の「筭」は①計画、②計算する、③④⑤⑥⑦⑧計画、の意味。
・「乎」は①②③④推測の語気、⑤詠嘆の語気、⑥推測の語気、⑦⑧反語の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「多筭勝少筭敗、而況无筭乎。」と「敗」が補われて、且つ「而」が無いが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「筭」の“計画”は、其一6-1と其一6-2より話が続いていると考察して「(戦略、戦術の)計画」と解読。なお、(戦略、戦術の)は適宜省略した。

<②について>
・「勝」の“越える”は、少ない計画であっても、敵軍よりも優勢になることであり、優勢を判断するものは其一4-4①「埶」の「軍隊の勢い」と考察。結果、「自軍の勢いを敵軍よりも優勢にする」と解読。③も同様に解読。

<③について>
・「少」の“等級・序列が下にあるさま”は、其一6-2⑥⑦「」と同意と考察して「将軍よりも等級が低い武将」と解読。それに関連する2つ目の「筭」の“はかりごと”は、其一6-2⑤「朝廷における将軍の立場を大いに抑えようとして謀略を企てる」を積み上げていると考察し、「将軍失脚の謀略を企てている」と解読した。但し、「筭する少きもの」で「将軍失脚の謀略を企てている将軍よりも等級が低い武将」と冗長であること、其一6-2の内容を繰り返す必要も少ないため「謀略を企てている武将」と簡潔にする。④⑦⑧も同様に解読。

・3つ目の「筭」の“計画”も、其一6-2⑤⑥⑦の意味を積み上げていると考察し、「将軍が立てた戦略、戦術の計画」と解読。

<④について>
・「勝」の“越える”は、「謀略を企てている武将」が手柄の数で将軍を上回って優位に立つことと考察し、「将軍よりも優位になる」と解読。⑤も同様に解読。

・1つ目の「筭」の“計算する”は、「謀略を企てている武将」が手柄の数において「将軍よりも優位になる」ことが目的に行うものであるため、わかりやすく「競う」と言い換えた。⑤1つ目の「筭」も同様に解読。

<⑤について>
・「計画を立てることを無視した武将」と、「戦略、戦術の計画を重んじる将軍」の比較であり、①「計画を無視する者については推し量ればわかる」に基づけば、言うまでもなく「戦略、戦術の計画を重んじる将軍」が優れた結果になるとわかる。

<⑥について>
・「少」の“等級・序列が下にあるさま”には、③「筭する少きもの」の「謀略を企てている武将」を積み上げていると考察し、「謀略を企てている武将」と解読。

・「勝」の“盛大な”は、謀略を企てている武将の計画と将軍の軽んじられた計画を比べた結果であるため、「手柄の数」に対する形容詞と解釈できる。結果、「盛大な手柄の数」と補って解読した。⑦も同様に解読。

<⑦について>
・「どうして将軍が立てた計画を軽んずる態度でいられようか」は反語であるため、文意は“将軍が立てた計画を軽んずる態度ではいられない”となる。

<⑧について>
・「どうして将軍が推し量った戦略、戦術の計画を軽んずる者がいるだろうか」は反語であるため、文意は“将軍が推し量った戦略、戦術の計画を軽んずる者はいない”となる。

・この其一6-3からわかることは、戦略、戦術の計画を重んじることが最も大切であり、たとえ戦争で勝利できない場合があったとしても計画を立てることを無視する者よりも優れた結果を出す、ということである。おそらくは、最初から全く失敗しない戦略、戦術の計画を立てることができる将軍は存在せず、失敗を繰り返しながら成長していくのだと思われる。そのため、たとえ計画が失敗しても、次の戦争においても必ず計画を立てることから始めさせて、徐々に立派な将軍に成長させていく孫武の狙いがあると推察する。

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