近づきて匝る者は貴く売らん、故に財は竭く。役は、急ぎ丘に及ぶことに則る。

其二3-6

近帀者貴賣、故財竭。則急及丘役。

jìn zā zhě guì mài、gù caí jié。zé jí jí qiū yì。

解読文

①大軍十万に接近して回りを囲む商人は物品を高く売るだろう。だから、財貨はすっかりなくなる。戦争は、急いで敵国の町、村、里、集落に到達することをお手本とする。

②大軍十万をぐるりと一周してから接近してくる者が禄位の高い人物であることを故意に顕示する時は、将軍の首をはねて殺害する悪事がある。その者が、将軍と肩を並べることを迫れば、命懸けの戦地となる小さな土山でこき使うことをお手本とする。

③陣地にした町、村、里、集落において、上級武将を取り囲んで親しくしようとする人民は利益のために裏切るのであり、その人民の財貨がすっかりなくなれば災いとなる。陣地にした町、村、里、集落で生活上の困難が迫れば、公用の労役に服させることをお手本とする。

④上級武将が寵愛している者を侍らせていることをひけらかせば、財貨を限界まで出し尽くす原因となるだろう。その上級武将に対しては、陣地にした町、村、里、集落に到達すれば労役を迫ることがお手本である。
書き下し文
①近づきて匝(めぐ)る者は貴(たか)く売らん、故に財は竭(つ)く。役(えき)は、急ぎ丘(きゅう)に及ぶことに則る。

②匝(めぐ)りて近づく者の貴たること売るに、財(た)ちて竭(つ)けしむ故あり。及ぶこと急(せ)けば、丘(きゅう)に役(えき)することに則る。

③貴を匝(めぐ)りて近づかんとする者は売るなり、財は竭(つ)きれば故あり。丘(きゅう)の急に及べば役(えき)せしむに則る。

④貴の近づく者の匝(めぐ)ること売れば、財の竭(つ)くす故たらん。丘(きゅう)に及べば役(えき)を急(せ)くに則るなり。
<語句の注>
・「近」は①②接近する、③親しむ、④寵愛する、の意味。
・「匝」は①②③④ぐるりと一周する、の意味。
・「者」は①②③④助詞「もの」、の意味。
・「貴」は①値段が高い、②③④禄位の高い人、の意味。
・「売」は①商う、②他人に故意に顕示する、③利益のために裏切る、④わざとひけらかす、の意味。
・「故」は①だから、②悪事、③災い、④原因、の意味。
・「財」は①財貨、②首をはねる、③④財貨、の意味。
・「竭」は①すっかりなくなる、②失う、③すっかりなくなる、④(限界まで全てを)出し尽くす、の意味。
・「則」は①②③④模範とする、の意味。
・「急」は①急いで、②迫る、③生活上の困難、④迫る、の意味。
・「及」は①到達する、②肩を並べる、③迫る、④到達する、の意味。
・「丘」は①村落、②小さな土山、③④村落、の意味。
・「役」は①戦争、②人や動物をこき使う、③公用の労役に服させる、④労役、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「近師者貴賣。貴賣則財竭、財竭則以急丘役」、新訂孫子(岩波)は「近於師者貴賣。貴賣則財竭、財竭則以急丘役」一方、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「近帀者貴◇◇◇◇則◇及丘役」であるため5文字が欠落とし、この5文字を埋める。まず、「近帀者貴◇」の◇は「賣」で欠落を埋める。次に「則◇及丘役」は「急」の文字が入ると仮定する。この段階で「近帀者貴賣◇◇◇則急及丘役」、残り3文字の欠落は孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)で共通して記述され、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」には記述されていない「財竭」が入ると仮定、「貴賣」と「財竭」には因果関係があるため、最後1文字は「故」を暫定的に入れて原文の編集を行う。結果的に四通りの解読文が成立したことで、欠落箇所に補った漢字は適当だと判断した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「匝」の“ぐるりと一周する”は、続く「貴く売らん」が「高い値段で売るだろう」と解読できることから「商人」がぐるり一周するように取り囲んでいると解釈でき、その取り囲んでいる対象は話の流れより「大軍十万(=師)」又は単に“軍隊”と考察できる。結果、「匝る者」で「(大軍十万の)回りを囲む商人」と解読。

・「丘」の“村落”は、其二3-5②「」の“地区”である「敵国の町、村、里、集落」の一つ“集落”と同意と言える。但し、複数の解読文を成立させる都合上、“集落”だけが登場しているに過ぎないため、解読文としては「敵国の町、村、里、集落」とする。

<②について>
・「匝りて近づく者」の直訳は“ぐるりと一周して接近する者”となる。つまり、自軍の①「大軍十万」を偵察した上で接近してくる敵の間者と推察。結果、「大軍十万をぐるりと一周してから接近してくる者」と解読。

・「財ちて竭けしむ故」の直訳は“首をはねて失わせる悪事”とある。これは自軍の将軍を殺害する間者の企みと考察し、「将軍の首をはねて殺害する悪事」と補って解読した。

・「及」で“肩を並べる”意味を採用すれば、前半部分の「禄位の高い人物であることを故意に顕示する」ことが「将軍と肩を並べる」ことを求めているとわかる。結果、「将軍」と補った。

・「丘」の“小さな土山”は、其七6-7①「小さな土山を背にする敵軍に出向いて迎撃してはならない」とある。逆を言えば、小さな土山は敵軍と戦う場所であり、命を失う可能性が高い戦地となる。つまり、敵が送り込んだ間者の疑いがある者は「死地」で戦わせるのだとわかる。結果、「丘に役する」は「命懸けの戦地となる小さな土山でこき使う」と解読した。

<③について>
・「貴」の“禄位の高い人”は、「陣地にした町、村、里、集落」で親しくしようとして寄ってくる人民であるため、将軍に限らないと考察して「上級武将」とした。④も同様に解読。
なお、この親しくしようとする人民は「者」で表現されているが、「陣地にした町、村、里、集落」の人民であることがわかるように「陣地にした町、村、里、集落において」と補った。

・「丘」の“村落”は、到達した後に陣地にした①「敵国の町、村、里、集落」と考察し、「陣地にした町、村、里、集落」と解読。④も同様に解読。

<④について>
・「匝」の“ぐるりと一周する”は、上級武将が寵愛する者達を自分の周りに侍らせることと考察し、「侍らせている」と解読した。

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