原の中に力の屈きれば、家に於いてする虚しき内たり、生なる之は費らうことに百めるなり、十の六は其れ去らん。

其二3-7

屈力中原、内虛於家、百生之費、十去其六。

lì qū zhōng yuán、neì xū yú jiā、bǎi hēng zhī fèi、shí qù qí liù。

解読文

①広い平野の真ん中で兵士達の士気が尽き果てれば、家族を想って上辺だけの心となり、服従していない兵士達は士気が殺がれて離反することを励み努力するのであり、六割の兵士達がこのような心境になって軍隊を離れるだろう。

②兵士達の士気が尽き果てれば被害を受ける原因となり、兵士達の内心は敵国にびくびくすることになり、生存しようとする多くの兵士達は無駄口が多くなり、兵士達の十分の一は敵軍の奇策部隊を率いる間者によって自軍を離れるだろう。

③軍隊に腰を折り曲げている下僕が充満すれば、広い平野にある大きな丘を重んじて野営する場所として、全ての消耗した兵士達を保養するのであり、このように軍隊を離れようと考えた六割の兵士達と敵国に寝返ろうとした兵士達にその考えを捨てさせれば、軍隊は完全な状態となる。

④悪口を言って兵士達を寝返らせようとする下僕は、自軍内部と親しく交流する間者であり、自軍に虚弱な状態が生じる原因となるため抑えつけて捕虜にして、保養して冗舌に変わるように励み努めれば、敵の間者の任務を殺すと同時に敵将軍の考えていた計画を殺して自国と敵国を完全な状態に保つだろう。
書き下し文
①原(はら)の中に力の屈(つ)きれば、家に於(お)いてする虚しき内たり、生なる之は費(さか)らうことに百(つと)めるなり、十の六は其れ去らん。

②力屈(つ)きれば中(あ)たる原(もと)たり、内は家に虚たり、生きんとする百なるものは費なるものに之(ゆ)き、十は其の六に去らん。

③屈(かが)める力(りき)の中(み)ちれば、原(はら)にある虚を内(うち)にして家すること於(な)して、百(およ)そ費やす之を生(やしな)うなり、其れ六は去らせしめば十たり。

④中(あ)てんとする力(りき)は内たり、虚たらしむ原(もと)と於(な)すに屈して家として、生(やしな)いて費なるに之(ゆ)くことに百(つと)めれば、其の六を去りて十たらん。
<語句の注>
・「屈」は①②尽き果てるさま、③腰を折り曲げる、④抑えつける、の意味。
・「力」は①②精神の働き、③④下僕、の意味。
・「中」は①区切られた空間の真ん中、②被害を受ける、③充満する、④悪口を言って他人を罪に落とす、の意味。
・「原」は①広い平野、②原因、③広い平野、④原因、の意味。
・「内」は①心、②内部、③重んじる、④其十二2-2①「内」、の意味。
・「虚」は①うわべだけの、②(やましさや自信のなさから)びくびくしたさま、③大きな丘、④其五1-4①「虚」、の意味。
・「於」は①在る、②~に対して、③~とする、④~である、の意味。
・「家」は①家族、②国家、③住居のある場所、④私有する、の意味。
・「百」は①励み努力する、②多くの、③全て、④励み努力する、の意味。
・「生」は①服従しないさま、②生存する、③④生育する、の意味。
・「之」は①彼ら、②変わる、③彼ら、④変わる、の意味。
・「費」は①背く、②言葉が無駄に多い、③消耗する、④冗舌なさま、の意味。
・「十」は①数の名、②十分の一、③④完全なさま、の意味。
・「去」は①②離れる、③捨てる、④殺す、の意味。
・「其」は①このように、②敵の代名詞、③このように、④敵の代名詞、の意味。
・「六」は①数の名、②陰の喩え、③数の名、④陰の喩え、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「屈力中原、内虛於家、百姓之費、十去其六。」と「生」を「姓」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「力」の“精神の働き”は、其七6-2②「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器であり、昼間の緩んだ士気は敵を侮るのであり、夕暮れ時の殺がれた士気は既に敗北した状態になる」で記述される「士気」と考察し、「兵士達の士気」と解読。②も同様に解読。

・「之」の“彼ら”は、士気が殺がれて家族の元に帰りたい兵士達と考察。結果、「兵士達」と解読。但し、この兵士達は其七6-2②「夕暮れ時の殺がれた士気は既に敗北した状態」に兵士達が陥ったと言えるため、「生なる之は費らう」で「従していない兵士達は士気が殺がれて離反する」と解読した。

・「十の六」は「六割」の意味であり、兵士達の人数と考察して「六割の兵士達」と解読。

<②について>
・「家」の“国家”は、びくびくする相手となるため「敵国」と解読。

・「内」の“心”は、自軍兵士達が敵国にびくびくしている心境であるため「兵士達の内心」と解読。

・「六」の“陰の喩え“は、「陰」の意味が其七4-2①「知るを難くすること陰の如く」で使用される喩え表現であり、その意味は「奇策部隊の出撃する場所と時機の識別を難しくさせる様子はまるで曇り空から変化していく天気を正確に識別できない様子に等しい」である。これは奇策部隊が出現するのか、出現しないのかを敵軍が判別できない状況を表している記述であり、この句では”奇策部隊の間者“を指す。結果、「奇策部隊を率いる間者」とわかりやすく解読した。

<③について>
・「腰を折り曲げている下僕」は、其九4-13①「敵陣営において、下僕が急いで走り、武器を並べている理由は、敵将軍が自軍とせめぎ合うことを決めたからである」に基づけば、下僕に武器等を運ぶ役割があると推察できる。また、其一3-2①「民と下僕はどちらの国が軍事訓練をできているか」より、軍隊は人民と下僕で構成されていることもわかる。さらに、其九4-13③「下僕は束縛せず気ままにさせておき、軍隊は陣列をつくれば待機しておくのである」とあるため、軍隊の陣列を担うのは人民だとわかる。
つまり、武器等の重さが負担になって、人民よりも先に下僕が疲れて腰が折れ曲がった状態になるのであり、軍隊の陣列を構成する人民が疲れ果てる前に保養させる目安になるのだと考察できる。

・「広い平野にある大きな丘を重んじる」の「大きな丘」は、其七6-7①「きちんと整った敵の正攻法部隊が出現した時に、軍隊に従い守らせて使うお手本は、高い所に登っている敵軍に向かって行ってはならない」に基づけば、高い場所にあるため敵軍から攻め込まれづらく、また守りやすい場所だからこそ重んじて兵士達を保養する場所に選ぶのだと推察できる。

・「家」の“住居のある場所”は、敵国で行軍中の軍隊に合わせて「野営する場所」と解読した。

・「之」の“彼ら”は、野営で保養させる者達であるため「兵士達」と解読。

・「六」は、①「六」で記述された「六割の兵士達がこのように軍隊を離れる」意味と②「六」で記述された「兵士達の十分の一は敵国の間者となって自軍を離れる」の二つを積み上げていると考察し、「軍隊を離れようと考えた六割の兵士達と敵国に寝返ろうとした兵士達」と解読。なお、続く「去」の“捨てる”事柄は、“軍隊を離れる考え”と解釈し、使役形で「その考えを捨てさせる」と解読して冗長にならないようにした。

<④について>
・「中てんとする力」の直訳は“悪口を言って他人を罪に落とそうとする下僕”となる。まず、“罪に落とす”とは人を誤った方向に導くことであるため、この下僕は②「兵士達の十分の一は敵国の間者となって自軍を離れる」を実現させるための企てだと考察でき、“他人”とは自軍の兵士達を指すことがわかる。結果、「悪口を言って兵士達を寝返らせようとする下僕」と解読。

・「内」は、其十二2-2①「敵組織内部と親しく交流する間者」と解読。つまり、「悪口を言って兵士達を寝返らせようとする下僕」と確定する。ここでは話の流れをわかりやすくするため、「自軍内部と親しく交流する間者」と解読。
蛇足だが、其九4-13⑤「合戦を始める時間を聞いた後、下僕が逃げる要因は、敵が合戦を始める時間、戦術を自軍に申し述べることを約束した間者だからである」でも敵国の間者として働く下僕の記述がある。

・「虚」は、其五1-4①「兵を之いて加える所は、投げらる卵を以いて段える如くするなり、実と虚を是すればなり」の「虚」と考察。「戦略、戦術を使って敵軍を凌駕する道理は、自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破るのであり、充実して堅固な“実”と虚弱な“虚”の正確な判断をするからである」の解読文より、「虚たらしむ原」で「自軍に虚弱な状態が生じる原因」と解読。

・「家」の“私有する”は、「自軍内部と親しく交流する間者」である下僕を捕らえることと考察し、「捕虜にする」と解読した。

・「其の六を去りて十たり」は、「六」を②同様に「間者」と解読すれば“敵の間者を取り払って完全となる”、又は“敵の間者を殺して完全となる”と二通りの解釈が成立する。前者の解釈でも良いが、後者の解釈は、前者の解釈内容が含まれるため後者を採用した。
まず、「(間者を)保養して冗舌に変わるように励み努める」の記述を考慮すれば、「敵の実情」を知ることが目的の教えと推察できる。「敵の実情」を知る理由は、其七6-1①「敵全軍を統率する敵将軍からは考えていた計画を強制的に取るのが良い」の教えに基づいて、其八3-4⑧「大いに敵軍を調査するのであり、敵将軍の可愛がる者を殺害して心を痛めさせる戦術を行って自軍の立場を確固たるものにする」を実践することと推察できる。つまり、「去」の“殺す”には、「敵の間者の任務を殺す」意味だけでなく、「敵将軍の考えていた計画を殺す」が隠されていることがわかる(敵の間者の任務も、敵将軍が考えていた計画の一部と言えなくもない)。
この隠れた意味の解釈が適当と判断できる根拠は別にもあり、「十」の“完全なさま”の意味から、其三1-1①「自他を問わず、国家を完全な状態に保つことを上策」を説くと推察できる。全軍の権勢を掲げて「敵将軍の考えていた計画を殺す」ことを実践すれば、其三1-3①「戦うこと不くして人の兵を屈する」を実現できる記述が後半で頻出するため、「敵将軍の考えていた計画を殺す」ことは「自国と敵国を完全な状態に保つ」に繋がると解釈できる。結果、「敵の間者の任務を殺すと同時に敵将軍の考えていた計画を殺して自国と敵国を完全な状態に保つ」と解読した。

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