戦うことなくして人の兵を屈するは、之を善しみて善なる者なり。

其三1-3

不戰而屈人之兵、善之善者也。

bù zhàn ér qū rén zhī、bīng shàn zhī shàn zhě yĕ。

解読文

①せめぎ合うことなく敵軍を抑えつけるのは、完全な状態に保つことを大切にする、思いやりのある、優れた将軍である。

②大いに敵軍とせめぎ合えば兵士達は尽き果てるのであり、災いする者達に妥当な処理をして扱う将軍は、軍隊を立派に整えるのである。

③軍隊を立派に整える将軍は、戦争が無ければ軍隊に編制する人民達を大切にして服従させるのであり、その人民達を兵士として熟練させるのである。

④軍隊の勢いで大いに優劣を争う将軍は、完全な状態に保つことを大切にして戦略、戦術を使うのであり、思いやりを大切にする将軍は敵軍を抑えつけるのである。
書き下し文
①戦うこと不(な)くして人の兵を屈するは、之を善(お)しみて善なる者なり。

②不(おお)いに戦えば而(すなわ)ち人は屈(つ)きるなり、兵する之は善(よ)くして之(もち)いる者は善(よ)くするなり。

③善(よ)くする者は、戦い不(な)ければ而(すなわ)ち兵に之(もち)いる人を善(お)しみて屈せしむなり、之を善せしむなり。

④不(おお)いに戦う而(なんじ)は、之を善(お)しみて兵を之(もち)いるなり、人(じん)を善(お)しむ者は屈するなり。
<語句の注>
・「不」は①無い、②大いに、③無い、④大いに、の意味。
・「戦」は①②せめぎ合う、③戦争、④優劣を争う、の意味。
・「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③条件関係を表す接続詞、④あなた、の意味。
・「屈」は①抑えつける、②尽き果てるさま、③服従する、④抑えつける、の意味。
・「人」は①他人、②③民衆、④思いやり、の意味。
・1つ目の「之」は①助詞「の」、②彼ら、③④使う、の意味。
・「兵」は①軍隊、②災いする、③軍隊、④戦略、戦術、の意味。
・1つ目の「善」は①大切にする、②妥当な処理をする、③④大切にする、の意味。
・2つ目の「之」は①代名詞、②使う、③④代名詞、の意味。
・2つ目の「善」は①優れているさま、思いやりのあるさま、②立派に整える、③熟練している、④大切にする、の意味。
・「者」は①②③④助詞「もの」、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は原文の記載なし、竹簡孫子の欠落と推測。そのため、原文は孫子(講談社)に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・2つ目の「之」は、其三1-1①「全」の「完全な状態に保つこと」を指示する代名詞と解読。

・「人の兵」の直訳は“他人の軍隊”となる。“他人”の意味から諸侯を含めて”相手軍“としても良いが、後述の句において”相手軍“として解読するような記述が無かったため「敵軍」と特定した。

・2つ目の「善」は、其三1-2①2つ目の「」と同様に“思いやりのあるさま”と“優れているさま”の掛け言葉として解読した。

<②について>
・「人」の“民衆”は、通常「人民」と解読しているが、ここでは敵軍とせめぎ合う話であるため「兵士達」と解読した。

・「兵する之」の「災いする者達」は、「大いに敵軍とせめぎ合う」ことを選択した者達と考察。また、其三1-1④「災いする者達」に含まれると考察。

・「災いする者達に妥当な処理をして扱う将軍は軍隊を立派に整える」は、其三1-2②「災いする者達を非難して妥当な処理を行い、自軍を立派に整える将軍」と同意と考察。

<③について>
・「兵に之いる人」の直訳は“軍隊に使う人民”となる。つまり、今は戦争が無くても、将来、軍隊に編制する人民と解釈できる。結果、「軍隊に編制する人民達」と解読。

・2つ目の「之」は、「人」の「軍隊に編制する人民達」を指示する代名詞と考察、冗長にしない目的で簡潔に「その人民達」と解読。

・2つ目の「善」の“熟練している”は、熟練する事柄は戦争のための軍事行動等と推察できる。結果、使役形で「兵士として熟練させる」と解読。

<④について>
・2つ目の「之」は、其三1-1①「全」の「完全な状態に保つこと」を指示する代名詞と解読。

・「戦」の“優劣を争う”は、其三1-2②「敵軍と優劣を争うことに励み努力して自軍の勢いを優勢にする」や其五5-4①「敵兵達に逃亡したい気持ちを生じさせる堅固な自軍で前進させた時、敵軍に危険を感じさせるやいなや敵兵達が恐れ震える理由は、軍隊に勢いが生じたからである」に基づき、「軍隊の勢い」と補った。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。