三軍の権を知らざる而をして、三軍を同に之かせしむも任せれば、則ち士とする軍は疑う矣。

其三4-5

不知三軍之權、而同三軍之任、則軍士疑矣。

bù zhī sān jūn zhī quán、ér tóng sān jūn zhī rèn、zé jūn shì yí yǐ。

解読文

①三つ目は、全軍の権勢を理解していない将軍を任用し、全軍を敵国の町、村、里、集落に赴かせても、その将軍の思い通りにさせれば、従事している兵士達は猜疑心を抱くのである。

②全軍の権勢を大いに理解している将軍は、敵国の町、村、里、集落を陣取れば何度も陣地を豊かにするお手本を使って厚く信用されるのである。従事している兵士達は猜疑心を抱くだろうか、いや、猜疑心は抱かないだろう。

③敵国の町、村、里、集落を陣取って何度も応変の措置を行うことを理解している将軍は、なるがままにさせる敵人民を集合させても全軍を編制するやいなや、足並みを揃えて軍隊に従事させるのである。

④多くの敵国の町、村、里、集落を陣地にして全軍の権勢を掲げることを理解している将軍は、敵人民を集結させて自軍に編制し、自軍の兵士達を模範とさせることで、なるがままにさせていた敵人民を統一するのである。
書き下し文
①三軍の権を知らざる而(なんじ)をして、三軍を同に之(ゆ)かせしむも任(まか)せれば、則ち士(こと)とする軍は疑(うたが)う矣(なり)。

②三軍の権を不(おお)いに知る而(なんじ)は、同を軍すれば三たび則(そく)を之(もち)いて任(まか)せらるるなる。士(こと)とする軍は疑(うたが)わん矣(や)。

③軍して三たび権を之(もち)いること不(おお)いに知る而(なんじ)は、任せる之を同(あつ)めしむも三を軍すれば、則ち疑(ぎょう)せしめて軍に士(こと)とせしむ矣(なり)。

④三たび軍して権を之(もち)いること不(おお)いに知る而(なんじ)は、士を疑(ぎょう)せしめて軍し、三軍に則(のっと)らせしめて、任せる之を同じくせしむ矣(なり)。
<語句の注>
・「不」は①~しない、②③④大いに、の意味。
・「知」は①②③④理解する、の意味。
・1つ目の「三」は①②「三軍」で“全軍”、③④何度も、の意味。
・1つ目の「軍」は①②「三軍」で“全軍”、③④陣取る、の意味。
・1つ目の「之」は①②助詞「の」、③④使う、の意味。
・「権」は①②権勢、③応変の措置、④権勢、の意味。
・「而」は①②③④あなた、の意味。
・「同」は①②地域の区画、③集合する、④統一する、の意味。
・2つ目の「三」は①「三軍」で“全軍”、②何度も、③其三4-5①2つ目の「三」等、④「三軍」で“全軍”、の意味。
・2つ目の「軍」は①「三軍」で“全軍”、②陣取る、③軍隊に編制する、④「三軍」で“全軍”、の意味。
・2つ目の「之」は①赴く、②使う、③④彼ら、の意味。
・「任」は①自由に思い通りにさせる、②厚く信用する、③④なるがままにさせる、の意味。
・「則」は①~ならば、②模範、③~するやいなや、④模範とする、の意味。
・3つ目の「軍」は①②兵士、③軍隊、④軍隊に編制する、の意味。
・「士」は①②③従事する、④男子の通称、の意味。
・「疑」は①②猜疑心を抱く、③凝り固まる、④集結する、の意味。
・「矣」は①必然的な判断、②反語を表す、③④必然的な判断、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は欠落しているため、孫子(講談社)の原文を採用した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・其三4-2①「軍事の災いとなる理由には三種類ある」の三つ目と解釈し、「三つ目は、」と補った。

・「全軍の権勢を理解していない将軍」とは、其七4-3①「敵里を奪い取れば多人数の正攻法部隊に割り当て、陣地を開拓して統治して兵糧と飼料を各部隊に配分するのであり、開拓した陣地を繋ぎ止めて全軍の権勢が生じれば、自軍が行動し始めた時、敵軍に危険を感じさせることができるのである」の基本戦略を理解しておらず、また、実践する知恵もない将軍と考察。
つまり、其三4-2①「軍事の災いとなる理由には三種類ある」の三つ目は、君主が「全軍の権勢を理解していない将軍」を任用してしまうことと解釈する。

・「同」の“地域の区画”は、其一2-5④「」の”地区”と同意と考察。結果、「敵国の町、村、里、集落」と解読。②も同様に解読。

・「全軍を敵国の町、村、里、集落に赴かせて、その将軍の思い通りにさせれば、陣取る兵士達は猜疑心を抱く」の理由は、其七4-3①「開拓した陣地を繋ぎ止めて全軍の権勢が生じれば、自軍が行動し始めた時、敵軍に危険を感じさせることができる」に繋がる行動を将軍が実行せず、勝手に振舞うことにあると解釈。

<②について>
・「敵国の町、村、里、集落を陣取れば何度も陣地を豊かにするお手本を使って厚く信用される」は、其二3-1④「自軍が産物をつくる技能に優れた者を長く留まらせれば、陣地にした町、村、里、集落を豊かにする存在となり、その人民を兵士の集まりとして手に入れるのである」に基づき、「陣地を豊かにする」と補った。

<③について>
・1つ目の「軍」の“陣取る”は、②2つ目の「軍」の「敵国の町、村、里、集落を陣取る」意味を積み上げていると考察し、「敵国の町、村、里、集落を陣取る」と解読。④も同様に解読。

・「応変の措置を行う」とは、例えば、其九4-23④「敵の軍事において軽視されている地方の敵里を統治下に置く将軍は、このように困らせる人民が存在しても刑罰を免除して、乱暴をしないで融通を利かせるのであり、穀物を耕作して家畜の馬を飼育するのである」と考察。なお、“このように”とは、其九4-23③「穀物で馬を飼育して筋肉をつけさせて、軍事上の都合を無視して馬を商品として掲示する敵里の者は、自軍に大々的に販売しても刑罰を免れている」を指す。

・2つ目の「之」の“彼ら”は、其九4-23③「穀物で馬を飼育して筋肉をつけさせて、軍事上の都合を無視して馬を商品として掲示する敵里の者」等を指すと考察し、「(敵国の町、村、里、集落の)敵人民」と解読。④も同様に解読。

・2つ目の「三」は、解読文①1つ目の「三」の「全軍」の意味を積み上げていると考察し、「全軍」と解読。

・「疑せしむ」の “凝り固まらせる”は、自軍になるがままにさせる敵人民を編制して軍隊をまとめて足並みを揃えさせることと考察し、「足並みを揃えさせる」と解読。

<④について>
・1つ目の「三」の“何度も”は、敵国の町、村、里、集落を陣取ることを“何度も”行うため、多くの敵国の町、村、里、集落を陣取ることと解釈。また、続く全軍の権勢を掲げる記述は、多くの敵国の町、村、里、集落を陣地にした状態を前提とした内容である。結果、「多くの敵国の町、村、里、集落を陣地にする」と解読。

・「権」は、②「権」の「全軍の権勢」の意味を積み上げていると考察し、「全軍の権勢」と解読。

・「三軍」は“全軍”の意味だが、ここでは話の流れに合わせて「自軍の兵士達」と言い換えた。

・「自軍の兵士達を模範とさせて、なるがままにさせていた敵人民を統一する」は、其九5-5⑦「将軍を信頼する志願者が集まった新参の兵士達は、古参の行動を模範として処罰されること無く、大いに力を尽くすのである」に関連する記述と考察。そして、其九5-5⑦の“処罰されること無く大いに力を尽くす”とは、其一3-2④「処罰の内容と褒美の品を熟知して豊かな生活を手に入れるために努力する」から類推すれば、褒美の品を目当てにして努力することと考察できる。つまり、古参の兵士達が賞罰制度によって豊かになっていく様子を見て、なるがままにさせていた敵人民も豊かになるために努力するようになり、その結果、なるがままにさせていた敵人民を統一できるのだと解釈する。
なお、孫子兵法が推奨する賞罰制度は、其九4-26⑤「自軍が兵士達の過ちによって行き詰まれば、規律に従って罰金を取るのである」で説かれているが、処罰方法が「罰金」であれば貧しくなるだけで済む。逆に手柄を挙げれば「賞金(=褒美)」が手に入って挽回する余地がある。

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