故に善なる者の戦いは、奇しき勝ちは無く、智とさるる名は無く、勇ましき功は無く、其の勝る故を貸さず。

其四3-5

故善者之戰、無奇勝、無智名、無勇功、故其勝不貸。

gù shàn zhě zhī zhàn、wú qí shèng、wú zhì míng、wú yŏng gong、gù qí shèng bù dài。

解読文

①だから、思いやりのある優れた将軍の戦争は、普通の人民が記憶している正しい方法を超越した勝利は無く、聡明な将軍と思われる立派な評判は無く、兵士達に勇猛な手柄は無く、敵軍が優勢になる原因を与えない。

②かえって良い方法を軽んずる将軍の戦争は、意表をついても敵軍を打ち破ることは無く、名声が聞こえていても知恵は無く、手柄があっても兵士達は衰えるのであり、このように誤って戦う前から大いに敗北した状態となる。

③思いやりのある優れた将軍は、戦略、戦術を使って敵軍とせめぎ合うことが無い。忍んでいる奇策部隊を無視させるのであり、言葉で表現する知恵がない兵士達を切れ味の鋭い武器となった士気で充実した堅固な軍隊にするのであり、敵軍が既に滅ぼされた状態になる戦略、戦術を大いに施すのである。

④敵軍が既に滅ぼされた状態になる戦略、戦術を大切にする将軍は、仮に敵将軍にあらゆる手立てを尽くした戦略、戦術があったとしても抑えて、敵軍を恐れ震えさせるのである。仮に立派な評判の戦略、戦術があったとしても、仮に兵士達を切れ味の鋭い武器となった士気で充実した堅固な軍隊になっていても、将軍が戦略、戦術を誤ることが無ければ敵軍は既に滅ぼされた状態になるのである。
書き下し文
①故に善なる者の戦いは、奇(めずら)しき勝ちは無く、智とさるる名は無く、勇ましき功は無く、其の勝(まさ)る故(ゆえ)を貸さず。

②故(もと)より善を無(なみ)する者の戦いは、奇なるも勝つこと無く、名あるも智は無く、功あるも勇は故(ふ)るなり、其れ貸(たが)えて不(おお)いに勝(しょう)たり。

③善なる者は、故を之(もち)いて戦うこと無(な)し。勝(た)える奇を無(なみ)せしむなり、名づける智の無き勇は功たるなり、其の勝(しょう)たる故を不(おお)いに貸すなり。

④故を善(お)しむ者は、無(も)し奇あるも勝ちて、之を戦(おのの)かせしむなり。無(も)し名の智あるも、無(も)し勇を功たるも、故を貸(たが)うこと不(な)ければ其の勝(しょう)たるなり。
<語句の注>
・1つ目の「故」は①だから、②かえって、③④たくらみ、の意味。
・「善」は①優れているさま、思いやりのあるさま、②良い方法、③優れているさま、思いやりのあるさま、④大切にする、の意味。
・「者」は①②③④助詞「もの」、の意味。
・「之」は①②助詞「の」、③使う、④代名詞、の意味。
・「戦」は①②戦争、③せめぎ合う、④(恐れや寒さのために)震える、の意味。
・1つ目の「無」は①(事物の存在を否定する)無い、②軽んずる、③(事物の存在を否定する)無い、④仮に~としても、の意味。
・「奇」は①通常とは異なり優れたさま、②人の意表をつくさま、③其五1-3①「奇」、④あらゆる手立てを尽くした策略、の意味。
・1つ目の「勝」は①勝利、②敵を打ち破る、③忍ぶ、④抑える、の意味。
・2つ目の「無」は①②(事物の存在を否定する)無い、③無視する、④仮に~としても、の意味。
・「智」は①賢いと思う、②③④知恵、の意味。
・「名」は①立派な評判、②名声が聞こえている、③言葉で表現する、④立派な評判、の意味。
・3つ目の「無」は①②③(事物の存在を否定する)無い、④仮に~としても、の意味。
・「勇」は①勇猛な、②③④兵士、の意味。
・「功」は①②手柄、③④(道具が)固く鋭い、の意味。
・2つ目の「故」は①原因、②衰える、③④たくらみ、の意味。
・「其」は①敵の代名詞、②このように、③④敵の代名詞、の意味。
・2つ目の「勝」は①越える、②③④既に滅ぼされたさま、の意味。
・「不」は①~しない、②③大いに、④無い、の意味。
・「貸」は①与える、②誤る、③施す、④誤る、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「故善者之戰、無奇勝、無智名、無勇功、故其勝不忒。」と「貸」を「忒」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「善」は、其三1-2①2つ目の「」と同様に“思いやりのあるさま”と“優れているさま”の掛け言葉として解読した。③も同様に解読。

・「奇しき勝ち」の直訳は“通常とは異なり優れた勝利”となる。これは其四3-1①「普通の人民が記憶している正しい方法を大いに超越した勝利」を指すと考察すれば、“通常”とは「普通の人民が記憶している正しい方法」となる。結果、「普通の人民が記憶している正しい方法を超越した勝利」と解読。

・「智とさるる名」の直訳は”賢いと思われる立派な評判“となる。この” 立派な評判“は、其四3-2①「せめぎ合って敵を打ち破る将軍は、中国全土が賛美すると言っても、思いやりのある優れた将軍ではないのである」の” 中国全土が賛美する“と同意であり、評判となる事柄は”将軍“だと解釈できる。結果、「賢い将軍と思われる立派な評判」と解読。
参考までに、「智」の”賢いと思われる“は、其四1-4①「敵国を戦争で負かすことができると説く戦略、戦術を賢いと思うが、実行することはできないのである」でも記述されており、「敵国を戦争で負かすことができると説く戦略、戦術」が賢く思われる要素になることがわかる。

・2つ目の「勝」の“越える”は、敵軍が自軍よりも優勢になる状態を指すと考察し、「(敵軍が)優勢になる」と解読。

<②について>
・「勝」の“既に滅ぼされたさま”は、既に敵に滅ぼされた状態に等しいことと解釈し、「戦う前から敗北した状態」と解読。

<③について>
・「戦」の“優劣を争う”は、其三6-1⑧「戦」の「軍隊の勢いで優劣を争う」の意味を積み上げていると考察し、「軍隊の勢いで優劣を争う」と解読。

・「功」の“(道具が)固く鋭い”の“固く”は、其五1-4①「戦略、戦術を使って敵軍を凌駕する道理は、自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破るのであり、充実して堅固な“実”と虚弱な“虚”の正確な判断をするからである」の「充実して堅固な“実”」を指すと考察。一方、“鋭い”は、其七6-2②「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器」を指すと考察。結果、「切れ味の鋭い武器となった士気で充実した堅固な軍隊」と解読。④も同様に解読。

<④について>
・1つ目の「故」の“たくらみ”は、③2つ目の「故」の「敵軍が既に滅ぼされた状態になる戦略、戦術」を積み上げていると考察。結果、「敵軍が既に滅ぼされた状態になる戦略、戦術」と解読。

・「之」は、③「其」の「敵軍」を指示する代名詞と解読。

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