善なる者は敗れるに之らざる地に立ち、而して敵の敗を失わざるなり。

其四3-7

善者立於不敗之地、而不失敵之敗也。

shàn zhě lì yú bù baì zhī dì、ér bù shī dí zhī baì yĕ。

解読文

①思いやりのある優れた将軍は、軍隊を損なう事態に至らない場所に自軍を留め、そして、敵将軍の失敗を見逃さないのである。

②敵将軍の失敗を大いに見過ごす将軍は、ひたすら生存している兵士達を大切にし、本来獲物となるはずの敵部隊が出現する事態に至っても奇策部隊で打ち負かすことが無いのである。

③将軍が生存している兵士達を大切にして大いに指示に背く兵士達が出現した時は、高く険しい山に赴き、歯向かう兵士達に災いが起これば、災いが起きた事実とその理由に向き合って軍隊は常態となる。

④生存している兵士達を大切にする将軍が一人前になれば、軍隊を損なう事態に至らない場所に赴いて、大いに獲物となる敵部隊を奇策部隊で打ち負かして大いに自軍に寝返らせ、敵軍を敗北に至らせるのである。
書き下し文
①善なる者は敗(やぶ)れるに之(いた)らざる地に立ち、而(しか)して敵の敗を失わざるなり。

②敵の敗を不(おお)いに失う而(なんじ)は、地(た)だ立つ者を善(お)しみ、於(う)あるに之(いた)るも敗(やぶ)ること不(な)きなり。

③而(なんじ)の立つ者を善(お)しみて不(おお)いに敗(やぶ)る於(う)あるに、地に之(ゆ)きて不(おお)いに、敵する之に敗あれば失すること不(な)きなり。

④善(お)しむ者は立てば、地に之(いた)りて、不(おお)いに於(う)を敗(やぶ)りて不(おお)いに失(そむ)けしめ、敵を敗に之(いた)らしむなり。
<語句の注>
・「善」は①優れているさま、思いやりのあるさま、②③④大切にする、の意味。
・「者」は①②③④助詞「もの」、の意味。
・「立」は①留める、②③生存する、④一人前となる、の意味。
・「於」は①~に、②③④カラス、の意味。
・1つ目の「不」は①~しない、②無い、③④大いに、の意味。
・1つ目の「敗」は①損なう、②打ち負かす、③背く、④打ち負かす、の意味。
・1つ目の「之」は①②ある地点や事情に達する、③④赴く、の意味。
・「地」は①其一2-5①「地」、②ひたすら、③④場所、の意味。
・「而」は①並列の関係を表す接続詞、②③あなた、④順接の関係を表す接続詞、の意味。
・2つ目の「不」は①~しない、②大いに、③無い、④大いに、の意味。
・「失」は①②見逃す、③常態でなくなる、④離背する、の意味。
・「敵」は①②敵、③歯向かう、④敵、の意味。
・2つ目の「之」は①②助詞「の」、③彼ら、④ある地点や事情に達する、の意味。
・2つ目の「敗」は①②失敗、③災い、④敗北、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「善戰者、立於不敗之地、而不失敵之敗也。」と「戰」が入るが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「善」は、其三1-2①2つ目の「」と同様に“思いやりのあるさま”と“優れているさま”の掛け言葉として解読した。

<②について>
・「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」と考察。本来は、敵将軍が戦術を失敗して出撃させてしまった“獲物の敵部隊”を奇策部隊が攻め取るはずだが、「敵将軍の失敗を大いに見過ごす将軍」はこの敵部隊を獲物と認識できず、逆に自軍を損なう事態に陥るのだと考察できる。結果、「本来獲物となるはずの敵部隊」と解読。

・1つ目の「敗」の“打ち負かす”の主語として、「本来獲物となるはずの敵部隊」を攻め取るはずの「奇策部隊」を補った。④も同様に補う。

<③について>
・「於」の“カラス”は其五3-2①「獲物の鳥」だが、ここでは敵軍の獲物となり得る自軍の兵士達と考察。結果、簡潔に「兵士達」と解読。

・「将軍が生存している兵士達を大切にして大いに指示に背く兵士達が出現」は、其十4-1②「人民を可愛がる病気の隊長が、戦地の型「険」に該当する高く険しい山があることをはっきり伝えた上で山中の川を目指せば、兵士達は必ず反対するが同意して切実な様子で遠く離れた山中の川に出かけるのである」で記述される「人民を可愛がる病気」に該当すると考察。

・「地」は、其十4-1②「戦地の型「険」に該当する高く険しい山」を指すと考察。結果、「高く険しい山」と簡潔に解読。

・「敵する之」の“歯向かう彼ら”は、「於」の「大いに指示に背く兵士達」を指すと考察。結果、「歯向かう兵士達」と解読。

・「失すること不き」の直訳は”常態でなくなることが無い“となる。否定と否定が重なるため、「(軍隊が)常態になる」と解読。

・「歯向かう兵士達に災いが起これば、災いが起きた事実とその理由に向き合って軍隊は常態となる」は、其十4-1③「親しく付き従う兵士達に対して、急に若い女性を犯すように乱暴に扱って高く険しい山で兵士が死亡すれば、その死亡を皆に急ぎ知らせて死体を埋葬し、隊長は生存した仲間達と“死亡事故が起きた事実とその理由”に向き合う」に基づき、「災いが起きた事実とその理由に向き合って」と補った。

<④について>
・「善」の“大切にする”は、②③「善」の「生存している兵士達を大切にする」意味を積み上げていると考察し、「生存している兵士達を大切にする」と解読。

・「地」は、①「地」の「軍隊を損なう事態に至らない場所」意味を積み上げていると考察し、「軍隊を損なう事態に至らない場所」と解読。

・「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」と考察。結果、「獲物となる敵部隊」と解読。

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