三軍の衆を、畢く使いて適を受ける可くして敗れること无きは、奇と正の是すればなり。

其五1-3

三軍之衆、可使畢受適而无敗、奇正是也。

sān jūn zhī zhòng、kĕ shǐ bì shòu shì ér wú baì、qí zhèng shì yĕ。

解読文

①全軍の多くの兵士達を、全て働かせて敵兵を取得することができ、負けることが無い要因は、奇策部隊と正攻法部隊が正確な判断をするからである。

②全軍の正攻法部隊は多人数部隊であり、敵軍に向き合って力を出し尽くさせても打ち負かすこと無く、敵部隊の注意を正攻法部隊に向かわせて誘導するのであり、奇策部隊は正確な判断をして武力で打ち負かすのである。

③全軍から奇策部隊を用いる時は、敵の正攻法部隊から獲物となる敵部隊が出現するに至れば、自軍の正攻法部隊を軽んずる敵部隊を誘導して全て武力で打ち負かして兵士数を増やすことができるのである。

④全軍を動かす群臣は、獲物となった敵部隊を攻め取る奇策部隊を用いるのであり、自軍で攻め取った敵兵を受け入れて自国の待遇に満足させることができれば自国から離反することが無いのであり、攻め取った敵兵から敵軍の戦略、戦術に関する実情を得て、敵将軍のあらゆる手立てを尽くした戦略、戦術を予期して敵軍と向き合うに至るのである。
書き下し文
①三軍の衆を、畢(ことごと)く使いて適を受ける可くして敗(やぶ)れること无(な)きは、奇と正の是(ぜ)すればなり。

②三軍の之は衆なり、可(あ)たりて畢(つ)くせ使(し)むも敗(やぶ)ること无(な)く、而(なんじ)に適(ゆ)かしむに受(さず)けるなり、奇は是(ぜ)して正(う)つなり。

③三軍より之を使うに、正に奇ある是(ゆ)けば、而(なんじ)を无(なみ)する適を受(さず)けて畢(ことごと)く敗(やぶ)りて衆(おお)くする可きなり。

④三軍を之(もち)いる衆の、畢(あみ)を使うなり、受けて適(たの)しめば而(すなわ)ち敗(やぶ)ること无(な)きなり、奇を正(あらかじ)めして可(あ)たるに是(ゆ)くなり。
<語句の注>
・「三」は①②③④「三軍」で“全軍”、の意味。
・「軍」は①②③④「三軍」で“全軍”、の意味。
・「之」は①助詞「の」、②③代名詞、④使う、の意味。
・「衆」は①②多くの人々、③数を増やす、④群臣、の意味。
・「可」は①~できる、②向き合う、③~できる、④向き合う、の意味。
・「使」は①働かせる、②人や事物に対してある行為をさせる、③④用いる、の意味。
・「畢」は①全て、②出し尽くす、③全て、④長い柄の鳥網、の意味。
・「受」は①受け継ぐ、②③与える、④入れる、の意味。
・「適」は①敵、②心が向かう、③敵、④満足する、の意味。
・「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③あなた、④条件関係を表す接続詞、の意味。
・「无」は①②存在しない、③軽んずる(「無」より)、④存在しない、の意味。
・「敗」は①負ける、②③打ち負かす、④背く、の意味。
・「奇」は①②人の意表をつくさま、③端数、④あらゆる手立てを尽くした策略、の意味。
・「正」は①正式であるさま、②討伐する、③正式であるさま、④予期する、の意味。
・「是」は①②正確な判断、③④至る、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「三軍之衆、可使畢受敵而无敗者、奇正是也。」と「適」を「敵」とし、「者」が入るが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「受」の“受け継ぐ”は、攻め取った敵兵を、敵から自軍が受け継ぐことと解釈できるため、其二4-1⑧「取得する」と同意と考察して言い換えた。

・「奇」の“人の意表をつくさま”は、部隊の特徴を表現しており、敵の意表をついて攻め取る奇策部隊を指すと考察し、形容詞だが「奇」一字で「奇策部隊」と解読した。

・「正」の“正式であるさま”が部隊の特徴を表現するのであれば、“正規軍”と解読するのが素直な解釈と言える。しかし、孫子兵法における「奇正」は部隊の属性を問うのではなく、その役割に着眼していると考察する。そこで「正」に“公正で正直なさま”の意味があることを踏まえると、「奇策部隊」の“奇策”に対して“正攻法”と解釈できる。結果、自軍の“正規軍”については「正攻法部隊」と解読することで統一する。③も同様に解読。

<②について>
・「之」は、①「正」の「正攻法部隊」を指示する代名詞と解読。

・「衆」の“多くの人々”は、其五1-1①「衆」等同様に「多人数部隊」と解読

・「畢」の“出し尽くす”は、敵軍が“出し尽くす”のであり、

・「受」の“与える“は、敵部隊の注意を正攻法部隊に向かわせた状態で、その敵部隊を奇策部隊に与えると考察。つまり、敵部隊の注意を正攻法部隊に向かわせたまま、奇策部隊が隠れている場所まで誘導していくことと言い換えることができる。結果、「誘導する」と解読。③も同様に解読。

・「正」の“討伐する”は、奇策部隊が“武力で敵部隊を撃つ”ことと考察。結果、「武力で打ち負かす」と解読した。

<③について>
・「之」は、①「奇」の「奇策部隊」を指示する代名詞と解読。

・「无」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“軽んずる”意味を採用した。

・「敗」の“打ち負かす”は、②「正」の「武力で撃つ」と同意であるため、表記を合わせるため「武力で打ち負かす」と言い換えた。

・「奇」の“端数”は、敵の多人数部隊である正攻法部隊から出現した“端数”であるため、例えば其九4-10②「強く命令して退却する敵は、しんがり部隊を差し出して速く走るのである」で記述される“しんがり部隊”を指す。この“しんがり部隊”は、奇策部隊が攻め取る敵部隊であることは後半の句で頻出するため、一般化するために其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の“獲物の鳥“に該当すると解釈して「獲物となる敵部隊」と解読。

<④について>
・「畢」の“長い柄の鳥網”は、“鳥”の意味より、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の“獲物の鳥”が連想できる。また、“長い柄の鳥網”は“獲物の鳥”を捕らえる“道具”であり、“獲物の鳥”を獲物となる敵部隊と解釈すれば、“道具”は敵部隊を攻め取る「奇策部隊」を指すことがわかる。結果、「獲物となった敵部隊を攻め取る奇策部隊」と解読できる。

・「受」の“入れる”は、奇策部隊で攻め取った敵兵を自軍に加えることと考察し、「自軍で攻め取った敵兵を受け入れる」と補って解読。

・「適」の“満足する”は、例えば其二4-1⑤「価値のある金品を利点として敵を寝返らせる奇策部隊の間者は、歯向かう敵に価値のある金品を選ばせるのである」に基づけば、価値ある金品で攻め取った敵兵を満足させるのだと考察できる。また、其一3-1③「攻め取った敵兵と対面した時に、自国の真心のある法規や決まりの真価を認めさせれば、その敵兵は利害損得を考えて、敵軍の戦略、戦術に関する実情を差し出すだろう」に基づけば、自国の真心のある法規や決まりで攻め取った敵兵を満足するとも考察できる。結果、使役形で一般化して「自国の待遇に満足させる」と解読。

・「敵将軍のあらゆる手立てを尽くした戦略、戦術を予期して敵軍と向き合う」にある敵将軍の戦略、戦術を予期できる理由は、其一3-1③「攻め取った敵兵と対面した時に、自国の真心のある法規や決まりの真価を認めさせれば、その敵兵は利害損得を考えて、敵軍の戦略、戦術に関する実情を差し出すだろう」に基づけば、攻め取った敵兵から敵軍の戦略、戦術に関する実情を得るためと考察できる。結果、「攻め取った敵兵から敵軍の戦略、戦術に関する実情を得て」と補った。

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