兵を之いて加える所は、投げらる卵を以いて段える如くするなり、実と虚を是すればなり。

其五1-4

兵之所加、如以段投卵、實虚是也。

bīng zhī suǒ jiā、rú yǐ xiá toú luǎn zhě、shí xū shì yĕ。

解読文

①戦略、戦術を使って敵軍を凌駕する道理は、自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破るのであり、充実して堅固な“実”と虚弱な“虚”の正確な判断をするからである。

②軍隊を充実させて堅固な“実”の状態にする正しい方法は、卵が孵化しないと見なせば身を寄せて育てるに等しく未成熟な軍隊だと見なせば親身になって指導し、自軍に虚弱な“虚”が生じているのであれば真実を究明して乗り越えるのである。

③本来あるべき状態から軍隊に虚弱な“虚”を生じさせる要因は、卵のような形をしたものを孵化していない卵と考えて身を寄せるに等しく自国に服従していない人民を未成熟な兵士と考えて親身になって指導して自軍に編制するからであり、自国に服従していない人民が集まれば反抗心を静めて自国に服従させるのである。

④軍隊を充実させて堅固な“実”の状態にする正しい方法を用いた軍隊は勢いを増して、固い木槌で打たれると相手に考えさせて脆い卵を払いのけさせるに等しく固い自軍に打ち破られると敵将軍に考えさせて脆い敵軍を後退させるのであり、自軍の士気をどんどん旺盛にして敵軍をびくびくさせるに至るのである。
書き下し文
①兵を之(もち)いて加える所は、投げらる卵を以(おも)いて段(きた)える如くするなり、実と虚を是(ぜ)すればなり。

②兵に之あらしむ所は、段と以(おも)えば投(とう)じて卵(らん)する如くし、虚あれば是(ぜ)を実にして加えるなり。

③所より兵に之あらしむは、卵(らん)なるものを段と以(おも)いて投(とう)ずる如くして加えればなり、実すれば虚(むな)しくして是(ただ)すなり。

④所を之(もち)いる兵は加えて、段(きた)えられると以(おも)わしめて卵を投(とう)ぜしむ如くするなり、実(み)ちて虚(きょ)たらしむに是(ゆ)くなり。
<語句の注>
・「兵」は①戦略、戦術、②③④軍隊、の意味。
・「之」は①使う、②③代名詞、④使う、の意味。
・「所」は①道理、②正しい方法、③本来あるべき状態、④正しい方法、の意味。
・「加」は①凌駕する、②乗り越える、③上に別の物を重ねる、④増やす、の意味。
・「如」は①②③④等しくする、の意味。
・「以」は①認める、②見なす、③④考える、の意味。
・「段」は①槌(つち)で打つ、②③卵がかえらない、④槌(つち)で打つ、の意味。
・「投」は①ある目標に向けて放る、②③身を寄せる、④払いのける、の意味。
・「卵」は①動物の卵、②育てる、③卵のような形の、④動物の卵、の意味。
・「実」は①内部が充実していて固いさま、②究明する、③病気の要素が集まる、④一杯になる、の意味。
・「虚」は①②虚弱である、③(気を)静める、④(やましさや自信のなさから)びくびくしたさま、の意味。
・「是」は①正確な判断、②真実、③正しくする、④至る、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「兵之所加、如以碫投卵者、實虚是也。」と「段」を「碫」とし、「者」が入るが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「投げらる卵を以いて段える如くする」の直訳は“ある目標に向けた投げられた卵を目にとめて槌で打つに等しくする”となる。まず、“ある目標”とは“自分の方向“と解釈できる。次に、”槌“は部首が木ヘンであるため、わかりやすく「木槌」と言い換える。この「木槌」は”卵“と比して相当に固いため自軍の喩えであり、相対的に”卵“は敵軍の喩えだと容易くわかる。つまり、”自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しくする“と補足の上、解釈できる。
そして、“木槌”と“卵”を軍隊に置き換えた解読文を加えると「自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破る」となる。

・「実」の“内部が充実していて固いさま”は、「固い木槌、固い軍隊」を表現していると考察し、形容詞だが「実」一字で「充実して堅固な“実”」と解読した。

・「虚」の“虚弱である”は、「脆い卵、脆い軍隊」を表現していると考察し、形容詞だが「虚」一字で「虚弱な“虚”」と解読した。②も同様に解読。

<②について>
・「之」は、①「実」の「充実して堅固な“実”」を指示する代名詞と解読。

・「段と以えば投じて卵する如くする」の直訳は“卵が孵化しないと見なせば身を寄せて育てるに等しくする”となる。“孵化しないと見なした卵”は“未成熟な軍隊、兵士”と仮定すれば、“身を寄せて育てる”とは“親身になって指導する”と解釈できる。結果、「卵が孵化しないと見なせば身を寄せて育てるに等しく未成熟な軍隊だと見なせば親身になって指導する」と解読。

<③について>
・「之」は、①「虚」の「虚弱な“虚”」を指示する代名詞と解読。

・「卵なるものを段と以いて投ずる如くする」の直訳は“卵のような形をしたものを孵化していない卵と考えて身を寄せるに等しくする”となる。“卵のような形をしたもの”は身を寄せてもヒヨコになり得ない物体だが、これを軍隊に置き換えるならば“成熟することがない軍隊”となる。この“成熟することがない軍隊”は、親身に指導や軍事訓練をしても成熟しないと推察できるのであり、その要因として考え得ることは例えば其十三4-6③「自国に仕返しするべきであると心に覚えた敵兵達」に該当する元敵兵を軍隊に編制している状態と考察できる。この解釈を一般化すれば「自国に服従していない人民」と言える。結果、「卵のような形をしたものを孵化していない卵と考えて身を寄せるに等しく自国に服従していない人民を未成熟な兵士と考えて親身になって指導する」と解読。

・「加」の“上に別の物を重ねる”は、“別の物”を「自国に服従していない人民」を自国人民で編制した軍隊に加えることと解釈した上で、解読文が冗長にならないように「自軍に編制する」と解読した。

・「実すれば虚しくして是す」の直訳は“病気の要素が集まれば気を静めて正しくする”となる。“病気の要素”は「自国に服従していない人民」とすれば、“気”は其十三4-6③「自国に仕返しするべきであると心に覚えた敵兵達」を指すと解釈できるが一般化して「反抗心」と解読。そして、“正しくする”は其十三4-6③「大いに自国に仕返しするべきであると心に覚えた敵兵達は諸侯が治める他国に亡命するのであり、生け捕りにしても融通性がない敵兵が存在すれば、大いに年貢等を免除して考え方を改めさせるのである」に基づけば、「(年貢等の免除によって)自国に服従させる」と言い換えることができる。結果、「自国に服従していない人民が集まれば反抗心を静めて自国に服従させる」と解読。

<④について>
・「所」の“正しい方法”は、②「所」の「軍隊を充実させて堅固な“実”の状態にする正しい方法」の意味を積み上げていると考察し、「軍隊を充実させて堅固な“実”の状態にする正しい方法」と解読。

・「加」の“増やす”は、「軍隊を充実させて堅固な“実”の状態にする正しい方法」を実践した結果で生じる変化として「軍隊の勢い」を増やすと考察。埶篇であることを考慮すれば、冒頭から“軍隊に勢いを生み出すための教えが段階的に説明”されているのだと解釈できる。結果、「(軍隊の)勢いを増す」と解読。

・「段えられると以わしめて卵を投ぜしむ如くする」は、解読文①同様に解釈すれば、“固い木槌で打たれると相手に考えさせて脆い卵を払いのけさせるに等しくする”となる。つまり、固い木槌で打たれたら脆い卵が割れてしまうため、卵を動かして打たれないように避けさせるのだと解釈できる。結果、「固い木槌で打たれると相手に考えさせて脆い卵を払いのけさせるに等しく固い自軍に打ち破られると敵将軍に考えさせて脆い敵軍を後退させる」と解読。

・「実」の“一杯になる”は、其四4-5②「敵兵達を恐れ震えさせる将軍は自軍を優勢にしてから敵軍を思うままに操るのであり、あぜ道にある水の流れを停滞させて充満して溢れるに等しくどんどん自軍の士気が旺盛になれば整った敵軍は虚を生じるのである」の「あぜ道にある水の流れを停滞させて充満して溢れる」状態にすることを指すと考察。結果、「実」の“一杯になる”は、「自軍の士気をどんどん旺盛にしていく」と解読できる。

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