正を環る奇の相て生ずるに、端を毋せしむ環を之いる如くするなり。孰する能は、之を窮めるなり。

其五2-9

奇正環相生、如環之毋端。孰能窮之。

qí zhèng huán xiàng shēng、rú huán zhī wú duān。shú néng qióng zhī。

解読文

①正攻法部隊の周囲を取り囲んでいる奇策部隊が戦況を観察して出撃する時は、先端を無視させる輪を用いるに等しく隠れている奇策部隊の出撃準備を無視させる正攻法と奇策の移り変わりを用いるのである。熟練した奇策部隊は、正攻法と奇策の移り変わりを究極まで追求したのである。

②正攻法部隊の周囲を取り囲んで制止している奇策部隊は、周囲をじっくり見ていない敵部隊を取り囲んだ状態をつくり、容易く攻め取れる状態に至らせて行き詰まらせることができた時、一斉に出撃するのである。

③奇策部隊が敵部隊の周囲を取り囲んで一斉に出撃した時、正攻法部隊が形勢逆転のきっかけを無くすようにその奇策部隊の周囲を取り囲めば、誰が力を出し尽くすまで戦うことができるだろうか。

④奇策部隊と正攻法部隊は力を合わせて敵部隊の周囲を取り囲んで生け捕りにするのであり、敵人民について詳しく研究し尽くした将軍は、攻め取った敵兵達が離れていく原因が存在しないようにして豊かにさせるのである。
書き下し文
①正を環(めぐ)る奇の相(み)て生ずるに、端(はし)を毋(なみ)せしむ環(かん)を之(もち)いる如くするなり。孰(じゅく)する能は、之を窮(きわ)めるなり。

②環(めぐ)りて正(とど)む奇は、端(たん)すること毋(な)き之を環(めぐ)るに如(ゆ)き、孰(に)るに之(いた)らしめて能(よ)く窮(きわ)まらしむに、相い生ずるなり。

③奇の環(めぐ)りて相い生ずるに、正は之(ゆ)く端(はし)毋(な)き如く環(めぐ)れば、孰(たれ)か能(よ)く窮(きわ)まるに之(いた)らん。

④奇と正は相い環(めぐ)りて正たらしむなり、之を窮(きわ)める能は、環(かん)に之(いた)る端(たん)毋(な)きに如(ゆ)きて孰(じゅく)せしむなり。
<語句の注>
・「奇」は①②③④其五1-3①「奇」、の意味。
・「正」は①其五1-3①「正」、②制止する、③④其五1-3①「正」、の意味。
・1つ目の「環」は①②③④周囲を取り囲む、の意味。
・「相」は①観察する、②③一緒に、④力を合わせて、の意味。
・「生」は①②③出現する、④生け捕り、の意味。
・「如」は①等しくする、②至る、③~のようである、④~のようにする、の意味。
・2つ目の「環」は①ドーナツ状又は輪状のもの、②③周囲を取り囲む、④ドーナツ状又は輪状のもの、の意味。
・1つ目の「之」は①使う、②彼ら、③変わる、④ある地点や事情に達する、の意味。
・「毋」は①無視する(「無」より)、②~しない、③④存在しない、の意味。
・「端」は①物の末、又は先の部分、②じっくり見る、③きっかけ、④原因、の意味。
・「孰」は①熟する、②食物を加熱して食べごろにする、③不特定の人物を表す代名詞、④熟する、の意味。
・「能」は①有能な人、②③~することができる、④有能な人、の意味。
・「窮」は①究極まで追求する、②行き詰まったさま、③出し尽くしたさま、④詳しく研究し尽くす、の意味。
・2つ目の「之」は①代名詞、②③ある地点や事情に達する、④彼ら、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「奇」は、其五1-3①「奇」の「奇策部隊」と同意と解読。②③④も同様に解読。

・「正」は、其五1-3①「正」の「正攻法部隊」と同意と解読。③④も同様に解読。

・「毋」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“無視する”意味を採用した。②も同様に解読。

・「端を毋せしむ環を之いる如くする」の直訳は“先端を無視させる輪を用いるに等しくする”となる。この“先端”は、其五2-3③「始」の「はじまり」を言い換えた表現と考察。つまり、“先端”とは其五2-3③「植物が芽生える準備」であり、「隠れている奇策部隊が出撃する準備」の喩えと解釈できる。
次に、“輪”は其五2-3①「冬が訪れて、さらに春が訪れる要因は、太陽と月が規則正しく動くからである」で記述された、太陽と月の循環を指すと考察。つまり、“輪”とは其五2-8①「正攻法と奇策の移り変わり」を指すと解釈できる(太陽は「正攻法部隊」、月は「奇策部隊」)。
これら解釈をまとめると「先端を無視させる輪を用いるに等しく隠れている奇策部隊の出撃準備を無視させる正攻法と奇策の移り変わりを用いる」と解読。

・「能」の“有能な人”は、正攻法と奇策の移り変わりに熟練している者であるため、「奇策部隊」と解読。

・2つ目の「之」は、2つ目の「環」の「正攻法と奇策の移り変わり」の意味を指示する代名詞と解読。

<②について>
・1つ目の「之」の“彼ら”は、奇策部隊が攻め取る相手と考察し、「敵部隊」と解読。

・「孰」の“食物を加熱して食べごろにする”の“食べごろ”は、奇策部隊が獲物となった敵部隊を攻め取りやすい時期と考察。結果、「孰るに之らしむ」で「容易く攻め取れる状態に至らせる」と解読。

・「相」の“一緒に”は、奇策部隊の兵士達が揃って出撃することと考察し、「一斉に」と言い換えた。③も同様に解読。

<③について>
・1つ目の「環」の“周囲を取り囲む”は、②2つ目の「環」は「周囲をじっくり見ていない敵部隊を取り囲んだ状態をつくる」の意味を積み上げていると考察した上で、「敵部隊の周囲を取り囲む」と簡潔に解読。

・「之く端毋き」の直訳は“変わるきっかけが存在しない”となる。これは、奇策部隊に取り囲まれた敵部隊が優勢に変わるきっかけを無くすことと考察し、「形勢逆転のきっかけを無くす」と解読。

・2つ目の「環」の“周囲を取り囲む”は、敵部隊を取り囲んでいる奇策部隊の周囲を正攻法部隊が取り囲むことであり、取り囲んだ敵部隊の活路を断たせる目的と考察。結果、「その奇策部隊の周囲を取り囲む」と解読。

<④について>
・「環に之る端毋きに如くする」の直訳は“輪になる兆候が存在しないようにする”となる。この“輪”は、其五5-3②④「円」の「正しさが厳格過ぎれば人民の心は自国から離れていく」と「兵士達の心が自軍から離れていくならば慣れ合いの感情が広まっている」の意味を指すと考察。“輪になる”とは、“慣れ合いが広まる“と”厳格過ぎる“の二通りに解釈することもできるが、この文意においては攻め取った敵兵が”離れていく“事態を防ぐ意味が主と考察。結果、「攻め取った敵兵達が離れていく兆候が存在しないようにする」と解読。

・「孰」の“熟する”は、攻め取った敵兵が豊かになることと考察し、使役形で「豊かにさせる」と解読。

・2つ目の「之」の“彼ら”は、攻め取った敵部隊の兵士達と同意だが、ここでは将軍が事前に調査した敵人民と考察。結果、「敵人民」と解読。

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