埶ありて任する者は、民をして戦げしむなり、木と石の転ぶ如くするなり。

其五5-2

任埶者、戰民也、如轉木石。

rèn yì zhě、zhàn mín yĕ、rú zhuǎn mù shí。

解読文

①道理を探求して身につけた技術を使う将軍は、人民を使って羊の集まりを導くように軍隊を動かすのであり、丸太や石がころがり落ちるに等しく軍隊に勢いを生じさせて動かすのである。

②軍隊の勢いを利用する将軍は、人民を使って敵軍と優劣を争わせるのであり、石を丸太にころがり落とすに等しく勢いを生じさせた堅固な自軍で脆い敵軍に向かって前進させるのである。

③敵軍と優劣を争わせる将軍は、人民に責任や重みに堪えさせる技術があるのであり、木の葉であっても石に変えるに等しく一人ひとりは脆い人民であっても勢いを生じさせた堅固な軍隊に変えるのである。

④人民に責任や重みに堪えさせる技術がある将軍は、敵軍を恐れ震えさせるのであり、石が丸太の周囲を回るに等しく勢いを生じさせた堅固な軍隊で脆い敵軍の周囲を取り囲むのである。

⑤敵軍を恐れ震えさせる将軍は、攻め取った敵兵に豊かさを保証して自軍の兵士数を増やしていくのであり、丸太を石に変えるに等しく脆い軍隊を勢いある堅固な軍隊に変えるのである。

⑥攻め取った敵兵に豊かさを保証して自軍の兵士数を増やしていく将軍は、敵軍を揺れ動かすのであり、大きな丸太が向かってきても方向を変えるに等しく脆い敵大軍が向かってきても勢いを生じさせた堅固な自軍を避けさせるのである。

⑦敵軍を揺れ動かす将軍は、人民に任務に対する責任感を持たせるのであり、拍子木が鳴っても音が響かない物に等しく雑音が耳に入らないほど任務に集中させるのである。

⑧人民に任務に対する責任感を持たせれば、羊の集まりを導くように軍隊を動かすのであり、石を丸太にころがり落とすに等しく勢いを生じさせた堅固な自軍で脆い敵軍に向かって前進させるのである。
書き下し文
①埶(げい)ありて任する者は、民をして戦(そよ)げしむなり、木と石の転(ころ)ぶ如くするなり。

②埶(せい)を任する者は、民をして戦わしむ者なり、石を木に転(ころ)ばしむ如くするなり。

③戦わしむ者は、民に任(た)えしむ埶(げい)あるなり、木たるも石に転じる如くするなり。

④民に任(た)えしむ埶(げい)ある者は、戦(おのの)かしむなり、石の木を転(めぐ)る如くするなり。

⑤戦(おのの)かしむ者は、民に任して埶(う)えるなり、木を石に転ずる如くするなり。

⑥民に任して埶(う)える者は、戦(そよ)げしむなり、石なる木あるも転(めぐら)す如くするなり。

⑦戦(そよ)げしむ者は、民に任(にん)を埶(う)えるなり、木あるも石たるものに転ずる如くするなり。

⑧民の任(にん)を埶(う)えれば、戦(そよ)げしむなり、石を木に転(ころ)ばしむ如くするなり。
<語句の注>
・「任」は①②使用する、③④責任や重みを堪える、⑤⑥保証する、⑦⑧責任、の意味。
・「埶」は①技、②勢い、③④技、⑤⑥⑦⑧栽培する、の意味。
・「者」は①②③④⑤⑥⑦助詞「もの」、⑧仮定表現の助詞、の意味。
・「戦」は①揺れ動く、②③優劣を争う、④⑤(恐れや寒さのために)震える、⑥⑦⑧揺れ動く、の意味。
・「民」は①②③④⑤⑥⑦⑧庶民、の意味。
・「也」は①②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
・「如」は①②③④⑤⑥⑦⑧等しくする、の意味。
・「転」は①②ころがり落ちる、③内容を変える、④(円を描くように)回る、⑤内容を変える、⑥方向を移し変える、⑦内容を変える、⑧ころがり落ちる、の意味。
・「木」は①②丸太の棒、③木の葉、④⑤⑥丸太の棒、⑦拍子木、⑧丸太の棒、の意味。
・「石」は①②③④⑤石、⑥大きい、⑦音が響かないさま、⑧石、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「與勢者、其戰人也、如轉木石。」と「任埶」を「與勢」し、「其」が入り、「民」を「人」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

・この句について詳しく解説したページがあります。
孫子の名言「勢を任ずる者は、其の人を戦わしむるや木石を転ずるが如し」の間違い

<①について>
・「埶」の“技”は、其五5-1⑥2つ目の「埶」の「道理を探求して身につけた技術」の意味を積み上げていると考察し、「道理を探求して身につけた技術」と解読。

・「戦」の“揺れ動く”は、其十一5-5⑤「羊の集まりを導くように軍隊を動かす」を指すと考察。結果、使役形で「羊の集まりを導くように軍隊を動かす」と解読。⑧も同様に解読。

・「木」と「石」について、「民をして戦げしむ」とあることから、「木」と「石」は「民」の喩えとして用いられていることがわかる。
そして、其五1-4①「戦略、戦術を使って敵軍を凌駕する道理は、自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破るのであり、充実して堅固な“実”と虚弱な“虚”の正確な判断をするからである」の虚実の教えに基づけば、堅固な「石」が「自軍、堅固な軍隊」を指し、相対的に脆い「木」は「敵軍、脆い軍隊」を指すことがわかる。
なお、火攻篇の其十三2-1①「お手本は、敵里等の内部で巧みに仕掛けた火災を生じさせた時、すぐさま正攻法部隊が敵里等の外側から内部に突入するのである」等とあるように、燃える「木」は「火災を仕掛けやすい相手」でやはり敵を指し、燃えない「石」は「火災を仕掛けても効き目がない相手」で自軍を指すと考察できることより、この解釈は適当と判断できる。

・「木と石の転ぶ如くする」の直訳は“丸太や石がころがり落ちるに等しくする”となる。丸太と石は、いずれも区別なく、ころがり落ちる時は「勢い」が生じて衝突した対象に危害を与えるのであり、この特徴が軍隊の在り方を喩えていると解釈すれば、「丸太や石がころがり落ちるに等しく軍隊に勢いを生じさせて動かす」と解読できる。

<②について>
・「石を木に転ばしむ如くする」の直訳は“石を丸太にころがり落とすに等しくする”となる。堅固な「石」が「自軍、堅固な軍隊」を指し、相対的に脆い「木」は「敵軍、脆い軍隊」を指す解釈に基づけば、「石を丸太にころがり落とすに等しく勢いを生じさせた堅固な自軍で脆い敵軍に向かって前進させる」と解読できる。⑧も同様に解読。

<③について>
・「木たるも石に転じる如くする」の直訳は“木の葉であっても石に変えるに等しくする”となる。この「木の葉」は、軍隊ではなく一人の人民(兵士)を喩えた表現と解釈。①「解読の注」の解釈を前提にすれば、一人ひとりは脆い人民であっても、大勢を集めて②「石」の「勢いを生じさせた堅固な軍隊」に変えることで“責任や重みに堪えさせる”ことができるのだと考察。結果、「木の葉であっても石に変えるに等しく一人ひとりは脆い人民であっても勢いを生じさせた堅固な軍隊に変える」と解読する。

<④について>
・「石の木を転る如くする」の直訳は“石が丸太の周囲を回るに等しくする”となる。これは、脆い敵軍の周囲を堅固な自軍で取り囲むことと解釈。また、「石」は、③「石」の「勢いを生じさせた堅固な軍隊」の意味を積み上げていると考察し、「石が丸太の周囲を回るに等しく勢いを生じさせた堅固な軍隊で脆い敵軍の周囲を取り囲む」と解読。

<⑤について>
・「民に任して埶える」の直訳は“人民に保証して栽培する”となる。これは其五4-6④「獲物となった敵部隊を攻め取り、そして、生きたまま敵を取得する間者が、攻め取った敵兵達に諫言した時、自国の豊かな生活に感動させれば寝返るのである」を指すと考察し、「攻め取った敵兵に豊かさを保証して自軍の兵士数を増やしていく」と解読。⑥も同様に解読。

・「木を石に転ずる如くする」の直訳は“丸太を石に変えるに等しくする”となる。堅固な「石」が「自軍、堅固な軍隊」を指し、相対的に脆い「木」は「敵軍、脆い軍隊」を指す解釈に基づき、「石」は④「石」の「勢いを生じさせた堅固な軍隊」を積み上げていると考察すれば、「丸太を石に変えるに等しく脆い軍隊を勢いある堅固な軍隊に変える」と解読できる。

<⑥について>
・「石なる木あるも転す如くする」の直訳は“大きな丸太が向かってきても方向を変えるに等しくする”となる。“進む方向を変える”は敵軍に自軍を避けさせることと解釈、また「石」の「勢いを生じさせた堅固な軍隊」が省略されていると考察し、「大きな丸太が向かってきても方向を変えるに等しく脆い敵大軍が向かってきても勢いを生じさせた堅固な自軍を避けさせる」と解読。

<⑦について>
・「任を埶える」は、其五5-1④「任を埶える」同様に解釈して「任務に対する責任感を持たせる」と解読。⑧も同様に解読。

・「木あるも石たるものに転ずる如くする」の直訳は“拍子木が鳴っても音が響かない物に等しくする”となる。つまり、雑音が耳に入らないほど任務に集中させることと考察し、「拍子木が鳴っても音が響かない物に等しく雑音が耳に入らないほど任務に集中させる」と解読。

<⑧について>
・特に無し。

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