故より我の戦うこと欲すれば、適の塁を高くして溝を深くすと雖も、不いに我を戦かしめて与すること得ざるは、其の所に攻めしめて必ず救えばなり。

其六3-3

故我欲戰、雖高壘深溝、適不得不與我戰者、攻其所必救也。

gù wǒ yù zhàn、suī gaō leǐ shēn goū、shì bù deǐ bù yŭ wǒ zhàn zhě、gōng qí suǒ bì jiù yĕ。

解読文

①かえって、自国が侵略戦争を仕掛けることを望めば、たとえ敵国が砦を盛大にして城を守る川を深くしても、しかしながら大いに自国を恐れ震えさせてあしらうことが出来ないであろう理由は、実となった要所を守ることだけに専念させて必ず足止めするからである。

②自国の将軍は、同盟を結んだ諸侯にわずかに高い所で揺れ動くことだけを望むのであり、敵国は得意になること無く、軍営の周囲に巡らした囲いを整えて周到に諸侯を隔てても、自軍が侵略戦争を仕掛ける行動には対処しないのである。同盟を結んだ諸侯の援護部隊を出現させて、敵国の意識を必ずその諸侯に対する防衛対策に集中させるのである。

③戦争が起こって自軍が敵軍を恐れ震えさせることを望めば、敵軍が軍営の周囲に巡らした囲いを高くして堀を深くしても、しかしながら勢いある自国の大軍をあしらうことができずに敵軍が恐れ震える理由は、実となった要所を守ることだけに専念させて必ず足止めするからである。

④自国の将軍は、敵軍を劣勢にさせて軍隊の勢いで優劣を争うことを望むのであり、時間をかけて自軍の兵士数を増やしながら士気を旺盛にして敵軍と比較にならない軍隊に仕上げても、敵軍を大いに得意にさせて自軍に恐れ震えること無く待たせる理由は、敵将軍に実となった要所の堅固さを肯定させることを時間が援助するからである。
書き下し文
①故(もと)より我の戦うこと欲すれば、適の塁(るい)を高くして溝(こう)を深くすと雖(いえど)も、不(おお)いに我を戦(おのの)かしめて与(くみ)すること得ざるは、其の所に攻(おさ)めしめて必ず救えばなり。

②我は、故に雖(た)だ高(こう)に戦(そよ)ぐのみを欲するなり、適は得ること不(な)く、塁(るい)あらしめて深く溝(こう)するも、我の戦うことに与(くみ)せざるなり。救(きゅう)あらしめて、其の所を必ず攻(おさ)めしむなり。

③故ありて我の戦(おのの)かしむこと欲すれば、適の塁(るい)を高くして溝(こう)を深くすと雖(いえど)も、不(おお)いなる我を与(くみ)すること得ざりて戦(おのの)くは、其の所に攻(おさ)めしめて必ず救えばなり。

④我は故(ふ)らしめて戦うこと欲するなり、深くして溝(みぞ)を塁(かさ)ねて高くすと雖(いえど)も、適は不(おお)いに得せしめて我に戦(おのの)くこと不(な)く与(とも)にせしむは、其の所の攻(かた)きを必せしむこと救えばなり。
<語句の注>
・「故」は①かえって、②旧交、③事変、④衰える、の意味。
・1つ目の「我」は①自国、②私、③自分の側、④私、の意味。
・「欲」は①②③④(ある状態や事態の実現を)望む、の意味。
・1つ目の「戦」は①戦をする、②揺れ動く、③(恐れや寒さのために)震える、④優劣を争う、の意味。
・「雖」は①たとえAであったとしても、しかしながらBであろう、②わずかに~だけ、③④たとえAであったとしても、しかしながらBであろう、の意味。
・「高」は①盛大なさま、②高い所、③地平からの距離が大幅にあるさま、④立派で衆に抜きんでているさま、の意味。
・「塁」は①砦、②③軍営の周囲に巡らした囲い、④積み重ねる、の意味。
・「深」は①水面から水底までの距離が大きい、②周到に、③上下にあるいは内外に距離が大きい、④(時間が)長く経っているさま、の意味。
・「溝」は①城を守る川、②隔てる、③堀、④小さい水路、の意味。
・「適」は①②③④敵、の意味。
・1つ目の「不」は①~しない、②無い、③~しない、④大いに、の意味。
・「得」は①~できる、②得意になる、③~できる、④得意になる、の意味。
・2つ目の「不」は①大いに、②~しない、③大いに、④無い、の意味。
・「与」は①あしらう、②対処する、③あしらう、④待つ、の意味。
・2つ目の「我」は①自国、②③④自分の側、の意味。
・2つ目の「戦」は①(恐れや寒さのために)震える、②戦をする、③④(恐れや寒さのために)震える、の意味。
・「者」は①重文で因果関係を表す助詞、②助詞「こと」、③④重文で因果関係を表す助詞、の意味。
・「攻」は①②③専念して従事する、④堅固なさま、の意味。
・「其」は①②③④敵の代名詞、の意味。
・「所」は①居所、虚実の代名詞、②思い、③④居所、虚実の代名詞、の意味。
・「必」は①②③きっと、④肯定する、の意味。
・「救」は①制止する、②援護兵、③制止する、④援助する、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②断定の語気、③④因果関係を表す助詞、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「故我欲戰、◇◇◇◇◇、適不得不與我戰者、攻其所必救也。」と五字欠落、孫子(講談社)の原文は欠落箇所を省略、新訂孫子(岩波)の原文は「故我欲戰、敵雖高壘深溝、不得不與我戰者、攻其所必救也」。其六3-4と対句の関係にあると考察できるため、中國哲學書電子化計劃の五字欠落を、新訂孫子(岩波)の「雖高壘深溝」で補った。また、孫子(講談社)は「適」を「敵」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・1つ目の「戦」の“戦をする”は、自国から敵国に侵略して戦争を仕掛けている文意であるため、「侵略戦争を仕掛ける」と補って解読。

・「其の所に攻めしめて必ず救う」の直訳は“敵を居所に専念させて従事させて必ず制止する”となる。この“居所”は“砦を盛大にして城を守る川を深くする”ことによって実の状態になった場所と考察できるため、”専念させて従事させる“は敵軍に実となった要所を”守ることだけに専念させる“ことと解釈できる。結果、「実となった要所を守ることだけに専念させて必ず足止めする」と解読。なお、「実」の意味は、「所」に“居所”だけでなく、“虚実の代名詞“の意味が込められていると考察した。

<②について>
・1つ目の「我」の“私”は、文意より自軍の将軍を指すと考察。結果、「自国の将軍」と解読。④も同様に解読。

・「故」の“旧交”は、其五5-4⑧「」と同様に「同盟を結んだ諸侯」と解読。

・2つ目の「我」の“自分の側”は、軍隊における“自分の側”と考察し、「自軍」と解読。④も同様に解読。

・2つ目の「戦」の”戦をする“は、①1つ目の「戦」と同意と考察し、「侵略戦争を仕掛ける」と解読。

・「救」の“援護兵”は、同盟を結んだ諸侯が動かした援護部隊であるため、「同盟を結んだ諸侯の援護部隊」と補って解読。

・「其の所を必ず攻めしむ」の直訳は“敵の思いを必ず専念させて従事させる”となる。これは、同盟を結んだ諸侯が高い所に出現したことで、敵国はその諸侯に対する防衛対策に専念することと考察。結果、「敵国の意識を必ずその諸侯に対する防衛対策に集中させる」と解読。

<③について>
・1つ目の「我」の“自分の側”は、軍隊における“自分の側”と考察し、「自軍」と解読。

・「不いなる我」は、1つ目の「我」の解読に従えば、“大いなる自軍”となる。“大いなる”は、“大きさ”と“偉大さ”の意味が含まれているため、単に兵士数が多い大軍を表現するだけでなく、充実した勢いがある状態も指すと推察。結果、「勢いある自国の大軍」と解読。

・「其の所に攻めしめて必ず救う」は、①の解釈より類推して「実となった要所を守ることだけに専念させて必ず足止めする」と解読できる。

<④について>
・1つ目の「戦」の“優劣を争う”は、其五5-4④「荒々しい軍隊の勢いで優劣を争って敵軍を劣勢にさせる優れた将軍は思いやりの才能がある」等の意味を積み上げていると考察し、「軍隊の勢いで優劣を争う」と解読。

・「故」の“衰える”は、1つ目の「戦」の「軍隊の勢いで優劣を争う」に合わせて、使役形で「敵軍を劣勢にさせる」と解読。

・「深くして溝を塁ねて高くす」の直訳は“時間をかけて小さい水路を積み重ねて立派で衆に抜きんでた状態にする”となる。
この“小さい水路”は、其四4-5②「千に於いてする水」の「あぜ道にある水の流れ」と同意と考察すれば、其四4-5②「敵兵達を恐れ震えさせる将軍は自軍を優勢にしてから敵軍を思うままに操るのであり、あぜ道にある水の流れを停滞させて充満して溢れるに等しくどんどん自軍の士気が旺盛になれば整った敵軍は虚を生じるのである」の意味より、「どんどん自軍の士気を旺盛にする」ことと解釈できる。
次に、“小さい水路”を其四4-4⑤2つ目の「洫」の「耕作地の用水路」と同意と考察すれば、其四4-4⑤「赤い顔料と耕作地にある用水路の水の重さを量らせるに等しく兵士数が減るしかない敵軍とどんどん兵士数が増える自軍を比較させれば敵軍は士気が殺がれると考えるのである」より、「どんどん兵士数を増やす」の意味があることも解釈できる。
ここまでの解釈内容をまとめると“時間をかけて自軍の兵士数を増やしながら士気を旺盛にして立派で衆に抜きんでた状態にする”となる。
最後に“立派で衆に抜きんでた状態”は、敵軍との比較した結果であるため“敵軍と比較にならない軍隊”と言い換えた。結果、「時間をかけて自軍の兵士数を増やしながら士気を旺盛にして敵軍と比較にならない軍隊に仕上げる」と解読。

・「其の所」は、①の解釈より類推して「実となった要所」と解読できる。

・「其の所の攻きを必せしむこと救う」は“実となった要所の堅固さを肯定させることを援助するからである”となる。この“援助する”は、敵軍と比較にならない軍隊に仕上げていく“時間”によって、要所を攻める手掛かりが無く足止めされている状態だと勘違いさせることと考察。また、勘違いさせる相手は、その要所を任された敵将軍と考察。結果、「敵将軍に実となった要所の堅固さを肯定させることを時間が援助するからである」と補って解読。

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