故の善を将う者は、人を刑めて刑めること无せして、則ち我は槫して適を分かれしむなり。

其六4-1

故善將者、刑人而无刑、則我槫而適分。

gù shàn jiāng zhě、xíng rén ér wú xíng、zé wǒ tuán ér shì fēn。

解読文

①戦略、戦術の良い方法を実行する将軍は、自軍を整えて治めて敵軍には整え治めることを蔑ろにさせるやいなや、自軍を集合させて敵兵達に軍隊を離れて逃亡させるのである。

②自軍を整え治める将軍は、必ず、生きたまま敵を取得する間者を連れて行くのであり、敵軍に間者が所属する奇策部隊を無視させることに成功した時、苦痛から逃げ出す道理を使って敵兵達を自軍の側に集めるように逃亡させるのである。

③敵軍に間者が所属する奇策部隊を無視させることに成功した将軍は、思いやりのある褒賞の決まりに賛美して苦痛から逃げ出さずに服従することをお手本にして、敵兵達に苦痛から逃げ出す道理を働かせるのである。逃亡させた敵兵達を自国に服従させれば、自軍は兵士数を増やすことが出来るのである。

④自国に服従させた元敵兵達を大切にして自軍を整え治める将軍は、真心のある法規や決まりに鞭打つ処罰を存在させないのである。将軍が自らを正しいと考えて厳格過ぎた結果、元敵兵達の心が自国から離れていけば、戦闘に参加させること無く落ち着かせて必ず元敵兵達を平穏にさせて嬉しく思わせるのである。
書き下し文
①故の善を将(おこな)う者は、人を刑(おさ)めて刑(おさ)めること无(なみ)せして、則ち我は槫(たん)して適を分かれしむなり。

②人を刑(おさ)める而(なんじ)は、故(もと)より善(よ)き者を将(ともな)うなり、无(なみ)せしむこと刑(な)るに、則(そく)をなして適を我に槫(たん)する而(ごと)く分かれしむなり。

③无(なみ)せしむこと刑(な)る而(なんじ)は、人(じん)ある則(そく)に善(よみ)して将(したが)うことに刑(のっと)りて故なせしむなり。分かれるもの適(したが)わしめば、我は而(よ)く槫(たん)するなり。

④将(したが)わしむ者を善(お)しみて人を刑(おさ)める而(なんじ)は、則(そく)に刑は无(な)かしむなり。而(なんじ)は我して槫(たん)なれば、適ならしめて故(もと)より分(ぶん)とせしむなり。
<語句の注>
・「故」は①たくらみ、②必ず、③道理、④必ず、の意味。
・「善」は①良い方法、②優れているさま、③賛美する、④大切にする、の意味。
・「将」は①する、②連れて行く、③④服従する、の意味。
・「者」は①②助詞「もの」、③助詞「こと」、④助詞「もの」、の意味。
・1つ目の「刑」は①②整え治める、③手本にする、④整え治める、の意味。
・「人」は①②民衆、③思いやり、④民衆、の意味。
・1つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③④あなた、の意味。
・「无」は①蔑ろにする(「無」より)、②③無視する(「無」より)、④存在しない、の意味。
・2つ目の「刑」は①整え治める、②③成功する、④仕置き(死刑を含む重大な身体的仕置きを指し、罰よりも重い)、の意味。
・「則」は①~するやいなや、②道理、③④決まり、の意味。
・「我」は①②③自分の側、④自らを正しいとする、の意味。
・「槫」は①②集める、③集まる、④円い、の意味。
・2つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②~のように、③~できる、④あなた、の意味。
・「適」は①②敵、③順応する、④ゆったりと落ち着いているさま、の意味。
・「分」は①②③離れる、④嬉しく思う、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「故善將者、形人而无形、則我專而敵分。」と「刑」を「形」とし、「槫」を「專」とし、「適」を「敵」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「人」の”民衆“は、自国の人民だが文意より「自軍」と解読。②④も同様に解読。

・「无」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“蔑ろにする”意味を採用した。

・「我」の“自分の側”は、軍隊における“自分の側”と考察し、「自軍」と解読。②③も同様に解読。

・「分」の“離れる”は、集合した自軍に恐れた敵兵が“離れる”ため逃亡することと考察。結果、使役形で「敵兵達に軍隊を離れて逃亡させる」と補って解読。

<②について>
・「善き者」の直訳は“優れた者”となる。将軍が必ず戦地に連れて行く存在であるため、其十二5-6②「五種類の間者を軍隊に編制して戦争に赴かせて、何度も敵の実情を調べさせて、敵軍に虚を生じさせることを頼りにする」より「五種類の間者」となる。但し、ここでは奇正の戦術に関する内容になっているため、敢えてわかりやすく其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」に限定する。結果、「生きたまま敵を取得する間者」と解読。

・「无」は漢字「無」と同じと解釈。ここでは「無」の“無視する”意味を採用した。③も同様に採用。

・「无せしむこと刑る」の直訳は“無視させることに成功する”となる。これは、其六2-6③「周到に行き届いて隠れている奇策部隊に対して、偵察にきた敵部隊に、大いに無視させることに成功する」を指すと考察。「生きたまま敵を取得する間者」は奇策部隊に配属されることを踏まえて、「敵軍に間者が所属する奇策部隊を無視させることに成功する」と補って解読。③も同様に解読。

・「則」の“道理”は、文意より其十一5-5⑦「羊が苦痛から逃げ出す道理」を利用し、逃亡する敵兵達を自軍の方に集めるように誘導するのだと考察。結果、「苦痛から逃げ出す道理」と解読。

・「分」の“離れる”は、①「分」の「敵兵達に軍隊を離れて逃亡させる」と同様に解釈し、簡潔に「逃亡させる」と解読。

<③について>
・「人ある則」の”思いやりのある決まり“となる。文意より其十一5-5⑥「兵士達を力づける道理を理解した将軍は、駆り立てれば慰労するのであり、強要すれば褒美の品を贈呈する」を指すと考察できるため、「思いやりのある褒賞の決まり」と補って解読。

・「将」の“服従する”は、「苦痛から逃げ出す道理」が働くにも関わらず、兵士達に任務を強要して服従させることと考察。結果、わかりやすく「苦痛から逃げ出さずに服従する」と補って解読。

・「故」の“道理”は、②「則」の「苦痛から逃げ出す道理」と同意と考察。この道理は敵軍に働くため、「故なせしむ」で「敵兵達に苦痛から逃げ出す道理を働かせる」と補って解読。

・「分かれるもの適わしむ」の直訳は“離れる者を順応させる”となる。この“離れる者”を敵軍から逃亡させた敵兵達を指すと考察すれば、“順応させる“は奇策部隊が攻め取って自国に服従させることを指すと解釈できる。結果、「逃亡させた敵兵達を自国に服従させる」と解読。

・「槫」の“集まる”は、攻め取った敵兵達を自国に服従させることで自軍の兵士数を増やすことと考察。結果、「兵士数を増やす」と解読。

<④について>
・「将わしむ者」の直訳は“服従させた者”となる。これは解読文③の自国に服従させた敵兵達と考察し、「自国に服従させた元敵兵達」と解読。

・「則」の“決まり”は、其一2-7①「法」の「法規やお手本」と同意であり、ここでは特に其十一7-7②「好き勝手にする敵人民にも真心のある法規や決まりを与えて誠実に実行すれば、自国に対する思いを厚くするのである」等で記述される「真心」の表現が適当と判断し、「真心のある法規や決まり」と解読。

・2つ目の「刑」の“仕置き(死刑を含む重大な身体的仕置きを指し、罰よりも重い)”は、其九4-26②「行き詰まっている敵の隊長は、一つひとつの罪状を数え挙げて責めてから鞭打つのである」で記述された「鞭打つ」ことを指すと考察。結果、「鞭打つ処罰」と解読。

・「槫」の“円い”は、文字通り「まるい」形状を表現しているのではなく、其五5-3②「円なれば則ち行くなり」の「正しさが厳格過ぎれば人民の心は自国から離れていくのである」の意味を積み上げていると考察。結果、「我して槫なる」で「自らを正しいと考えて厳格過ぎた結果、元敵兵達の心が自国から離れていく」と解読。

・「適」の“ゆったりと落ち着いているさま”は、其五5-3④「静」の“落ち着き安定する”と同意と考察すれば、其五5-3④「静まれば則ち安んずるなり」の「戦闘が無く落ち着き安定しているならば兵士達は平穏である」を指すと考察できる。つまり、自国に寝返らせた元敵兵達を戦闘に参加させないことで平穏な状態にさせるのだと解釈できる。結果、使役形で「戦闘に参加させること無く落ち着かせて元敵兵達を平穏にさせる」と解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。