以て、吾が度ること之いれば、越人は兵に之るも雖だ多きのみ、亦た奚ぞ勝ること益と於して𢦏することあらん。

其六4-10

以吾度之、越人之兵雖多、亦奚益於勝𢦏。

yǐ wú dù zhī、yuè rén zhī bīng suī duō、yì xī yì yú shèng zāi。

解読文

①そして、私が基準として従う戦略、戦術のお手本を使えば、越国の人民は戦争になってもただ兵士数が多いにすぎず、いったいどうして兵士数が多いことを利点として自軍を損なうことがあるだろうか、いや自軍を損なうことはできない。

②基準として従う戦略、戦術のお手本を採用する時、将軍は、敵軍の正攻法部隊と奇策部隊の規模を測った上で戦略、戦術を使って、ただ兵士数が多いにすぎない敵兵達を散るように逃亡させるのであり、敵軍の下僕も同じく敵軍から溢れ出て獲物となった時、奇策部隊が打ち破って敵軍の兵士数を減らすのである。

③奇正の戦術を使って奇策部隊が獲物となった敵兵達を攻め取る時は、防御している正攻法部隊を投入して敵兵達を散るように逃亡させるのである。たとえ敵軍の兵士数が多かったとしても、しかしながら、ただ少しずつ敵軍の下僕を獲物にして奇策部隊が打ち破って敵軍の兵士数を減らすだけである。

④その上、陣地にした敵里等に赴いて、私の生活水準の限度を詳らかにして自軍が必要とする生計の数目に従わせる制度を使えば、元敵人民はただこの制度を伝え広めるだけにすぎないが自軍の兵士数をさらに増やすのである。ただ敵国から降伏してきた敵人民と下僕を自軍に加えるだけであり、敵軍の兵士数を減らして敵国を抑えるのである。
書き下し文
①以て、吾が度(のっと)ること之(もち)いれば、越人(えつひと)は兵に之(いた)るも雖(た)だ多きのみ、亦(ま)た奚(なん)ぞ勝(まさ)ること益と於(な)して𢦏(さい)することあらん。

②之を以(もち)いるに、吾は度(はか)りて兵を之(もち)いて、雖(た)だ多きのみ人は越(ち)らしむなり、奚(けい)も亦(ま)た益(あふ)れて於(う)たるに、勝ちて𢦏(さい)するなり。

③兵を之(もち)いて以(な)すに、吾(ふせ)ぐ之を度(たく)して人を越(ち)らしむなり。多きと雖(いえど)も、亦(ま)た益(ますます)奚(けい)を於(う)たらしめて勝ちて𢦏(さい)するのみ。

④以て、人に之(ゆ)きて、吾が度(たく)を之(もち)いれば、兵の雖(た)だ越(ひろ)めるのみも多(ま)すなり。亦(ま)た於(う)と奚(けい)を益(ま)すのみ、𢦏(さい)して勝つなり。
<語句の注>
・「以」は①そして、②採用する、③事を行う、④その上、の意味。
・「吾」は①②私、③防御する、④私、の意味。
・「度」は①基準として従う、②長さ・大きさ・量などを測る、③投げ入れる、④制度、の意味。
・1つ目の「之」は①使う、②代名詞、③彼ら、④使う、の意味。
・「越」は①国名、②③散るように消える、④伝え広める、の意味。
・「人」は①住民、②民衆、③不特定の人、④俗世間、の意味。
・2つ目の「之」は①ある地点や事情に達する、②③使う、④赴く、の意味。
・「兵」は①戦争、②戦略、戦術、③戦術、④戦士、の意味。
・「雖」は①ただ~にしかすぎない、②~も同じく、③たとえAであったとしても、しかしながらBであろう、④ただ~にしかすぎない、の意味。
・「多」は①②③数量がおびただしい、④余計に多くする、の意味。
・「亦」は①いったい(反語の語調を強める働き)、②~も同じく、③④ただ~だけである、の意味。
・「奚」は①反語を表す副詞、②③④しもべ、の意味。
・「益」は①長所、②水が溢れ出る、③少しずつ、④加える、の意味。
・「於」は①~とする、②③④カラス、の意味。
・「勝」は①越える、②③敵を打ち破る、④抑える、の意味。
・「𢦏」は①②③④損なう、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「以吾度之、越人之兵雖多、亦奚益於勝哉。」と「𢦏」を「哉」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「吾」の“私”は、孫武を指すと考察。④も同様に考察。

・「度」の“基準として従う”は、其四4-2①「度」の「戦略、戦術のお手本は、第一に基準として従う」の意味を積み上げていると考察。結果、「度ること」で「基準として従う戦略、戦術のお手本」と解読。

・「勝」の“越える”は、越国の兵士数が自軍よりも多いことを指すと考察。「兵士数が多い」と解読。

<②について>
・1つ目の「之」は、①「度」の「基準として従う戦略、戦術のお手本」を指示する代名詞と解読。

・「度」の“長さ・大きさ・量などを測る”は、其四4-2⑤「度」の「正攻法部隊と奇策部隊の規模を測る」の意味を積み上げていると考察。話の流れに合わせて「敵軍の正攻法部隊と奇策部隊の規模を測る」と解読。

・「越」の“散るように消える”は、兵士数が多いだけの敵軍に対して、兵士達が散るように逃亡させることと考察。これは、其六4-1②「苦痛から逃げ出す道理を使って敵兵達を自軍の側に集めるように逃亡させるのである」に類似した戦術を実行するものと推察できる。結果、使役形で「散るように逃亡させる」と解読。③も同様に解読。

・「奚」の“しもべ”は、其九4-13③「下僕は束縛せず気ままにさせておき、軍隊は陣列をつくれば待機しておくのである」で記述された「下僕」を指すと考察。結果、「(敵軍の)下僕」と解読。③④も同様に解読。
なお、文意から其四4-5③「人民で編制した軍隊の周りに奴隷を束縛することなく配置させる」の「奴隷」を指すと考察できる。この「奴隷」と「下僕」を同一視しても良いか判断しかねるため、ここでは「下僕」とした。

・「於」の“カラス”は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」と考察。結果、ここでは簡潔に「獲物」と解読。③も同様に解読。

・「勝」の“敵を打ち破る”は、敵軍から溢れ出た「獲物」を奇策部隊が武力で攻め取ることと考察。結果、「奇策部隊が打ち破る」と補って解読。③も同様に解読。

・「𢦏」の“損なう”は、敵軍を完全な状態から不完全にすることと考察。文意では敵兵を攻め取って敵軍の兵士数を減らしていることを考慮して「敵軍の兵士数を減らす」と解読。③④も同様に解読。

<③について>
・「兵」の“戦術”は、文意から奇正の戦術に限定されたと解釈できるため、「奇正の戦術」と解読。

・「以」の“事を行う”は、②「奇策部隊が打ち破って敵軍の兵士数を減らす」を指すと考察。ここでは視点を変えて「奇策部隊が獲物となった敵兵達を攻め取る」と解読。

・1つ目の「之」の“彼ら”は、解読文②で登場した「奇策部隊」が隠れている場所に獲物となった敵兵達を誘導していく正攻法部隊と考察。結果、「正攻法部隊」と解読。

<④について>
・「度」の“制度”は、其四4-3⑦「度」の「たびたび生活水準の限度を詳らかにして自軍が必要とする生計の数目に従わせる制度」を指すと考察。結果、「生活水準の限度を詳らかにして自軍が必要とする生計の数目に従わせる制度」と解読。

・「人」の“俗世間”は、其五2-1②「」の“俗世間の人”と同意と考察。結果、其五2-1②「凡」の「陣地にした敵里等」と解読。

・「兵」の“戦士”は、「生活水準の限度を詳らかにして自軍が必要とする生計の数目に従わせる制度」を他の敵里等に広めてくれる「陣地にした敵里等」の人民と考察。結果、「元敵人民」と解読。

・「多」の“余計に多くする”は、「生活水準の限度を詳らかにして自軍が必要とする生計の数目に従わせる制度」の噂を聞いて自国に寝返る敵人民が出現し、さらに自軍の兵士数を増やすのだと考察。結果、「自軍の兵士数をさらに増やす」と解読。

・「ただ敵国から降伏してきた敵人民と下僕を自軍に加えるだけ」は、其九6-1⑥「人間として扱われることに憧れる奴隷は、流れてきた真心のある法規や決まりを心に留め、やはり主人である人民にその法規や決まりを伝えるだろう」及び其九6-1⑦「広まった真心のある法規や決まりによって敵国の人民を教え導けば、その人民は奴隷と共に降服してくるのである」に基づいて解読。なお、「於」の“カラス”は「獲物」だが、自ら降伏してきた敵人民を指すと解釈し、「真心のある法規や決まり」は「生活水準の限度を詳らかにして自軍が必要とする生計の数目に従わせる制度」を指すと解釈している。

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