水の行くに、高を辟けて下に走るなり、兵の勝つに、実を辟けて虚を撃つなり。

其六6-2

水行、辟高而走下、兵勝、辟實擊虛。

shuǐ xíng、pì gaō ér zǒu xià、bīng shèng、pì shí jī xū。

解読文

①水が流れる時は、高い位置をかわして低い位置に向かって行くのであり、自軍が敵軍を抑える時は、充実して堅固な敵軍をかわして虚弱で脆い敵軍を攻めるのである。

②水が高い位置から集中して低い位置に向かって行けばほどなく水没させるのであり、堅固な自軍が集中して脆い敵軍を攻めれば、敵軍は既に滅ぼされた状態になって災いする。

③水没させることが広まれば、低い位置から走って逃げて高い所に逃れようとするのであり、敵軍より優勢になった堅固な自軍で攻めれば、敵軍は大きな丘に逃れて堅固な態勢を整えようとする。

④その高い所から水を氾濫させて流せば人は逃れようとして低い位置に走って逃げるのであり、その大きな丘から攻める堅固な自軍が出現して勢いが盛大であれば獲物となる敵兵達が出現して逃亡するのである。

⑤脆い敵軍を高い所に招いて堅固な自軍を出現させて、獲物となる下僕が出現した時、水没させるように奇策部隊と正攻法部隊で獲物となった敵下僕を取り囲む奇正の戦術を実行するのであり、奇正の戦術によって敵下僕を打ち破って攻め取れば、その敵下僕はびくびくして自軍に対して恐れ慎むのである。

⑥価値ある金品を与える行為と真心のある法規や決まりがあれば攻め取った敵下僕を屈伏させるのであり、謙虚な姿勢で担ぎ上げて対応することで敵国から離反させれば、自国に服従して自軍の兵士となる。

⑦開墾して盛大にどんどん豊かにさせる政策を実行すれば元敵里等の人民は自国に心からつき従うのであり、敵国の里等を奪い取っても謙虚な姿勢で収穫をいっぱいにすれば、その人民は残らず自軍の兵士となる。

⑧どんどん陣地が増える戦略を実行して敵国の里等を盛大にして軍隊を出せば敵軍を追い払うのであり、虚弱な“虚”である敵国の里等を奪い取って自軍が充実して堅固な“実”の状態に達する汙直の計を使えば、敵軍より優勢になるのである。
書き下し文
①水の行くに、高を辟(さ)けて下に走るなり、兵の勝つに、実を辟(さ)けて虚を撃つなり。

②高より辟(あつ)めて下に走れば行(ゆくゆく)水にするなり、実の辟(あつ)めて虚を撃てば、勝(しょう)たりて兵するなり。

③水にすること行えば、下より走りて高に辟(さ)けんとするなり、勝(まさ)る兵の撃てば、虚に辟(さ)けて実たらんとする。

④高より水せしめて行(や)れば辟(さ)けんとして下に走るなり、虚より撃つ実ありて勝(しょう)なれば兵ありて辟(さ)けるなり。

⑤高に辟(め)して下して走(そう)あるに水にすること行うなり、兵に勝ちて撃(げき)すれば、実は虚なりて辟(さ)けるなり。

⑥水にする行いと高き辟(へき)あれば而(すなわ)ち走(そう)を下らしむなり、虚なりて勝(た)えて辟(おさ)めて撃たしめば、実りて兵たり。

⑦辟(ひら)いて高く水を行えば而(すなわ)ち下は走るなり、辟(へき)を撃つも虚なりて実(み)たせば勝(あ)げて兵たり。

⑧水を行いて辟(へき)を高くして下せば走らせるなり、虚なりて辟(へき)を撃ちて実たる兵なせば勝(まさ)るなり。
<語句の注>
・「水」は①無味無色透明の液体(水)、②③水没させる、④水の氾濫、⑤水没させる、⑥潤す、⑦⑧水の流れ、の意味。
・「行」は①流れる、②ほどなく、③広まる、④行かせる、⑤実行する、⑥行為、⑦⑧実行する、の意味。
・1つ目の「辟」は①かわす、②集中する、③④逃れる、⑤招く、⑥法律、⑦開墾する、⑧辺鄙な所、の意味。
・「高」は①②④⑤高い所、⑥尊い、⑦⑧盛大なさま、の意味。
・「而」は①順接の関係を表す接続詞、②あなた、④⑤順接の関係を表す接続詞、⑥⑦条件関係を表す接続詞、⑧順接の関係を表す接続詞、の意味。
・「走」は①②自分の方から向かっていく、③④走って逃げる、⑤⑥下僕、⑦心からつき従う、⑧追い払う、の意味。
・「下」は①②③④低い位置、⑤軍隊を出す、⑥屈伏する、⑦庶民、⑧軍隊を出す、の意味。
・「兵」は①軍隊、②災いする、③軍隊、④戦士、⑤戦術、⑥⑦戦士、⑧戦略、の意味。
・「勝」は①抑える、②既に滅ぼされたさま、③越える、④盛大な、⑤敵を打ち破る、⑥担ぎ上げる、⑦残らず、⑧越える、の意味。
・2つ目の「辟」は①かわす、②集中する、③④逃れる、⑤憚る、⑥処理する、⑦⑧辺鄙な所、の意味。
・「実」は①②③④其五1-4①「実」、⑤種、⑥実がなる、⑦いっぱいになる、⑧其五1-4①「実」、の意味。
・「撃」は①②③④攻める、⑤強奪する、⑥断ち切る、⑦⑧強奪する、の意味。
・「虚」は①②其五1-4①「虚」、③④大きな丘、⑤(やましさや自信のなさから)びくびくしたさま、⑥⑦謙虚なさま、⑧其五1-4①「虚」、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「水行、辟高而走下、兵勝、辟實擊虛。」と2つの「辟」を「避」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「実」は其五1-4①「実」の「充実して堅固な“実”」と同意と考察。わかりやすく「充実して堅固な敵軍」と解読。

・「虚」は其五1-4①「虚」の「虚弱な“虚”」と同意と考察。其五1-4①「卵」の「脆い敵軍」の意味を踏まえ、わかりやすく「(虚弱で)脆い敵軍」と解読。②も同様に解読。

<②について>
・「実」は其五1-4①「実」の「充実して堅固な“実”」と同意と考察。話の流れに合わせて「堅固な自軍」と解読。③も同様に解読。

<③について>
・「勝」の“越える”は、自軍が敵軍よりも優勢になった状態を指すと考察し、「敵軍より優勢になる」と解読。⑧も同様に解読。

・「兵」の“軍隊”は、②③「実」の「堅固な自軍」を指すと考察。結果、「堅固な自軍」と解読。

・「実」は其五1-4①「実」の「充実して堅固な“実”」と同意と考察。話の流れに合わせて「堅固な態勢」と解読。

<④について>
・「勝」の“盛大な”は、大きな丘から攻めていく充実して堅固な自軍の勢いに関する表現と考察。結果、「勢いが盛大」と解読。

・「兵」の“戦士”は、其六4-10③「奇正の戦術を使って奇策部隊が獲物となった敵兵達を攻め取る時は、防御している正攻法部隊を投入して敵兵達を散るように逃亡させる」の敵兵達と考察。結果、「獲物となる敵兵達」と解読。

<⑤について>
・「下」の“軍隊を出す”は、「堅固な自軍」を出現させることと考察。結果、「堅固な自軍を出現させる」と解読。

・「走」の“下僕”は、其六4-10③「少しずつ敵軍の下僕を獲物にして奇策部隊が打ち破って敵軍の兵士数を減らす」に基づき、「獲物となる下僕」と解読。

・「水」の“水没させる”は、其六6-1⑥「水」の「兵士達を水没させるように奇策部隊と正攻法部隊で獲物となった敵部隊を取り囲む奇正の戦術は成功するのである」の意味を積み上げていると考察。結果、「水にすること」で「水没させるように奇策部隊と正攻法部隊で獲物となった敵下僕を取り囲む奇正の戦術」と解読。

・「兵」の“戦術”は、「水」を「水没させるように奇策部隊と正攻法部隊で獲物となった敵下僕を取り囲む奇正の戦術」と解読していることから「奇正の戦術」と解読。

・「撃」の“強奪する”は、獲物となった敵下僕を奇策部隊が攻め取ることと考察。結果、「攻め取る」と解読。

・「実」の“種”は、其五2-7③「嘗」の“秋の収穫祭”を、自国に寝返った敵人民が服従して自軍の兵士に育ったことの喩えと解釈していることに基づけば、いずれは(自軍の兵士となる)攻め取った敵下僕を指すと考察できる。ここでは話の流れに合わせて「その敵下僕」と解読。

<⑥について>
・「水にする行い」の直訳は“潤す行為”となる。これは、其二4-1⑤「価値のある金品を利点として敵を寝返らせる奇策部隊の間者は、歯向かう敵に価値のある金品を選ばせるのである」に基づき、攻め取った敵下僕に対して価値ある金品を与える行為と考察。結果、「価値ある金品を与える行為」と解読。

・「高き辟」の直訳は“尊い法律”となる。これは其一2-7①「法」の「法規やお手本」と同意と解釈。ここでは特に其十一7-7②「好き勝手にする敵人民にも真心のある法規や決まりを与えて誠実に実行すれば、自国に対する思いを厚くするのである」等で記述される「真心」の表現が適当と判断し、「真心のある法規や決まり」と解読。

・「撃」の“断ち切る”は、攻め取った敵下僕と敵国の関係を断ち切らせることと考察。結果、「敵国から離反させる」と解読。

・「実」の“実がなる”は、⑤「実」の“種”が生育したことと考察。自国に寝返った敵下僕が服従して自軍の兵士に育ったと解釈し、「自国に服従する」と解読。

<⑦について>
・「水を行う」の直訳は“水の流れを実行する”となる。この“水の流れ”が其四4-4⑧1つ目の「洫」の“耕作地の用水路”で説かれた「どんどん豊かさが増えていく政策」を指すと考察。結果、「どんどん豊かにさせる政策を実行する」と解読できる。

・「下」の“庶民”は、⑥までの敵下僕から敵国の人民に話が広がったと解釈できる。また、軍争によって敵国から奪い取って陣地に対する統治の教えでもあるため、其四4-1③「財産や衣食に欠乏している敵里等を陣地にして扶養すれば敵人民が友好的になる道理をお手本」を使うとわかる。結果、「元敵里等の人民」と解読。

・「辟を撃つ」の直訳は“辺鄙な所を強奪する”となる。「下」の“庶民”が「元敵里等の人民」と解読できることを踏まえると、“辺鄙な所”は其一2-5④「地」の「敵国の町、村、里、集落」を指すと解釈できる。また、この「敵国の町、村、里、集落」は、侵略戦争における軍争によって自軍が奪い取って陣地する地区である。結果、話の流れに合わせて「敵国の里等を奪い取る」と解読。

・「実」の“いっぱいになる”は、開墾して実りが多くて収穫がいっぱいになることと解釈できる。結果、「収穫をいっぱいにする」と解読。

<⑧について>
・「水を行う」の直訳は“水の流れを実行する”となる。この“水の流れ”が其四4-4⑧2つ目の「洫」の“耕作地の用水路”で説かれた「どんどん陣地が増える自国」を指すと考察。結果、話の流れに合わせて「どんどん陣地が増える戦略を実行する」と解読できる。

・1つ目と2つ目の「辟」の“辺鄙な所”は、⑦2つ目の「辟」と同意と考察し、「敵国の里等」と解読。

・「虚」は其五1-4①「虚」の「虚弱な“虚”」と同意と考察。結果、「虚なる」で「虚弱な“虚”である」と解読。

・「実」は其五1-4①「実」の「充実して堅固な“実”」と同意と考察。結果、「実」で「充実して堅固な“実”の状態」と解読。

・「兵」の“戦略”は、冒頭の「どんどん陣地が増える戦略」より、侵略戦争を仕掛けた自軍が敵国から陣地を奪っていく軍争に関する内容になっていることに着眼すると汙直の計を指すと解釈できる。結果、「汙直の計」と解読。
なお、「汙直の計」の概要は、同盟を結んだ諸侯に進路妨害させて敵軍を直進させず、敵軍が遠回りしている間に自軍は「敵国の里等」に直進して奪い取って陣地にしていく戦略です。これは次の軍争篇に向けた伏線になっていると推察できます。

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