之を争いて軍すること難きは、直に迂なりて為めること以わしむに、利なりて患いを以むこと為せばなり。

其七1-2

軍爭之難者、以汙為直、以患為利。

jūn zhēng zhī nán zhě、yǐ wū wèi zhí、yǐ huàn wèi lì。

解読文

①敵国の里を奪い合って陣取ることが難しい理由は、陣地にする敵里を経由して自国による統治をその人民に認めさせる時、巧みに敵軍からの攻撃を制止する必要があるからである。

②先を争って敵里に陣取る将軍は、気持ちが通じ合う諸侯に文書を届けて分岐路にある瞿地に布陣させ、敵軍の進路を妨害してその前進を制止するのであり、敵将軍を思い悩ませて留まらせた状態で順調に敵里を奪い取って統治し、多くの陣地を手に入れるのである。

③先を争って敵里に陣取る戦略を責める将軍は、この戦略を恥と考えて公正な態度を装うが、自軍に損害を出す事態に至れば、その有用さを学習するだろう。

④陣地にした元敵里の人民を自軍に編制して兵士数で差を出す将軍は、勢いが最高潮に達した正攻法部隊の大軍によって敵軍を恐れさせるのであり、戦うことなく相手を抑えつけて完全な状態に保てる道理によって戦争を終えた時、敵国に勝利して自国が統治するのである。
書き下し文
①之を争いて軍すること難きは、直に迂(う)なりて為(おさ)めること以(おも)わしむに、利なりて患(うれ)いを以(や)むこと為(な)せばなり。

②争いて之に軍する者は、為(つく)りて直にあらしめ、汙(う)たらしめて以(や)めるなり、患(うれ)えしめて以(や)めしめて利(よろ)しく為(な)して難(だ)たり。

③争いて之に軍すること難(なじ)る者は、汙(う)と以(おも)いて直なるを為(な)すも、患(わずら)わすに以(およ)べば利ありと為(まな)ばん。

④之を軍して争(へだ)たる者は、汙(う)を以て難(おそ)れ為(しめ)むなり、直なりて患(うれ)いを以(や)むに、利して為(おさ)めるなり。
<語句の注>
・「軍」は①②③陣取る、④軍隊に編制する、の意味。
・「争」は①奪い合う、②③先を争って、④差が出る、の意味。
・「之」は①②③④代名詞、の意味。
・「難」は①難しい、②植物が盛んに茂るさま、③責める、④恐れをなす、の意味。
・「者」は①重文で因果関係を表す助詞、②③④助詞「もの」、の意味。
・1つ目の「以」は①認める、②留める、③考える、④~によって、の意味。
・「汙」は①曲がっているさま、②滞って流れない水、③恥、④池、の意味。
・1つ目の「為」は①統治する、②文章を書く、③装う、④~させる、の意味。
・「直」は①②思いのかなう場所、③公正なさま、④道理があるさま、の意味。
・2つ目の「以」は①留める、②③押し及ぶ、④終える、の意味。
・「患」は①攻撃、②思い悩む、③害を与える、④紛争、の意味。
・2つ目の「為」は①必要がある、②行う、③学習する、④統治する、の意味。
・「利」は①巧みなさま、②順調なさま、③有用なさま、④勝利、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は軍爭之難者、以◇為直、以患為利」と一字欠落。欠落箇所は孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を参考にした。但し、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)で記述されている「迂」は、他句では「汙」とされるため、ここでも「汙」と補った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

・この句について詳しく解説したページがあります。
孫子の名言「人に後れて発するも人に先んじて至る者は、迂直の計を知る者なり」の間違い

<①について>
・「之」は、其七1-1②「凡」の「敵里等」を指示する代名詞と解読。つまり、其一2-5④「地」の「敵国の町、村、里、集落」を指すと考察。以降、軍争篇では「里」が主体となった記述であることを考慮して「敵国の里」と解読。

・「直」の“思いのかなう場所”は、陣地にすることで敵軍を恐れさせる利を得られる「敵国の里等」を指すと考察。結果、ここでは「陣地にする敵里」と解読。

・「汙」の “曲がっているさま”は、敵の本拠地に向かう最短の進路に対して、敵里に至る進路は曲がっていることと解釈できる。つまり、其七1-1②「敵里等を経由する」と同意と考察。結果、「(敵里)を経由する」と解読。

・「患」の“攻撃”は、敵里を経由する時に敵軍から受ける攻撃を指すと考察。結果、「敵軍からの攻撃」と解読。

<②について>
・「之」は、①「直」の「陣地にする敵里」を指示する代名詞と考察。ここでは簡潔に「敵里」と解読。③も同様に解読。

・「為りて直にあらしむ」の直訳は“文章を書いて思いのかなう場所に出現させる”となる。この“文章を書く”は其十一1-4②「自軍が上手くいく筋道と利益で誘う内容もまた文書に書く将軍は、気持ちが通じ合う諸侯の軍隊を分岐路にある瞿地に布陣させて、敵軍の進路を妨害してその前進を制止するのであり、先を争って敵里に陣取るのである」を実現することであり、“思いのかなう場所”は其九5-6④「気持ちが通じ合う諸侯と連合して分岐路にある瞿地に至らせて留めた時、敵軍の進路を妨害することで自軍が敵里を陣地にする戦略を援助して、その上、自軍の武力を強大にする」の記述より、「分岐路にある瞿地」を指すと考察できる。結果、「気持ちが通じ合う諸侯に文書を届けて分岐路にある瞿地に布陣させる」と解読。

・「汙たらしめて以める」の直訳は“滞って流れない水にさせて留める”となる。“滞って流れない水”は、「水」は主として兵士(人民)の喩えであることから里に守りに向かう敵軍と解釈。また、この水が滞る理由は、分岐路にある瞿地に諸侯が詰まりの原因となっており、敵軍の前進を制止しているのだと解釈できる。結果、「敵軍の進路を妨害してその前進を制止する」と解読。

・2つ目の「為」の“行う”は、①1つ目の「為」の「自国による統治」を指すと考察。結果、「敵里を奪い取って統治する」と解読。

・「難」の“植物が盛んに茂るさま”は、話の流れより“植物”を陣地にした敵里の喩えと解釈すると、沢山の陣地を得た状態と考察できる。結果、「多くの陣地を手に入れる」と解読。

<③について>
・「患」の“害を与える”は、敵里に陣取る戦略を恥と考えた将軍が自軍に損害を出すことと考察。結果、「自軍に損害を出す」と解読。

<④について>
・「之」は、①「直」の「陣地にする敵里」を指すと解釈するが、統治した後のその人民に対する記述であるため「陣地にした元敵里の人民」と解読。

・「争」の“差が出る”は、其七1-1③「争」の「兵士数に差が出る」の意味を積み上げていると考察。結果、話の流れに合わせて「兵士数で差を出す」と解読。

・「汙」の“池”は、大量の水が蓄積された場所と解釈すれば、其四4-5⑥「積水の如き千なる於」の「蓄積した大水と同様に軍隊の勢いが最高潮になった兵士数の非常に多い軍隊」の意味を積み上げていると考察できる。また、“兵士数の非常に多い軍隊”は兵士数が非常に多い正攻法部隊と解釈できることを踏まえて、簡潔に「勢いが最高潮に達した正攻法部隊の大軍」と解読。

・「直」の“道理があるさま”の“道理”は、話の流れより其七4-4④「戦うことなく相手を抑えつけて完全な状態に保てる道理」を指すと考察。結果、「戦うことなく相手を抑えつけて完全な状態に保てる道理がある」と解読。

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