故を是すも、甲を絭して趨ること利れば、日も夜も処らず、道を倍して行を兼ねるなり。百里にして利りて争えば、則ち上将を禽にせらる。

其七2-3

是故、絭甲而趨利、日夜不處、倍道兼行、百里而爭利、則禽上將。

shì gù、juǎn jiǎ ér qū lì、rì yè bù chù、bèi daò jiān xíng、bǎi lǐ ér zhēng lì、zé qín shàng jiāng。

解読文

①武器や食糧を乗せた荷車を投げ捨てる悪事を是正しても、鎧を身体に縛り付けて早足で駆けて敵里に陣取ることを強く求めれば、夜明けから暮れ時まで止まらず、行き先を二倍にすることで行軍の進み具合を二倍にするのである。早足で駆けて、百里先の敵里に陣取ることを強く求めて先を争うならば、上級武将は捕虜にされる。

②自軍の兵士達が疲労した状態に至れば、拘束している兵士達は上級武将に褒美の品を催促し、毎日、軍隊と共に過ごすこと無く隙を見て夜行する兵士が出現し、軍律に背いた上に去ってゆくのである。上級武将は捕虜にされてやっと、自分から我先にと褒賞の品を強く求める者が多かったことを憂い悲しむのである。

③将軍が、拘束している兵士達に逃亡のたくらみがあると正確な判断をすれば、より一層、急いで敵里に陣取ることを強く求めて、夜明けから深夜まで止まらず、行軍の進み具合を倍以上にしろと説くのである。上級武将の側近が、憂い悲しんで誤りを正させようと励み努力しても、敵里に陣取ることを強く求める上級武将は捕虜にされる道理である。

④逃亡のたくらみを正して自軍で拘束する時は、上級武将に褒美の品を催促する兵士達が出現すれば、毎日、暮れ時には共に過ごすのであり、裏切って逃亡しそうな兵士の働きが抜きんでて優れていることを語るのである。将軍が先を争って敵里に陣取ることに励み努力する時は、おだてあげれば逃亡しそうな兵士を確保できる道理を利点として用いて、逃亡しそうな兵士を敵里まで連れて行くのである。
書き下し文
①故を是(ただ)すも、甲を絭(けん)して趨(はし)ること利(むさぼ)れば、日も夜(や)も処(お)らず、道を倍(ばい)して行(こう)を兼ねるなり。百里にして利(むさぼ)りて争えば、則ち上将を禽(とりこ)にせらる。

②故(ふ)るに是(ゆ)けば、絭(けん)する甲は而(なんじ)に利を趨(うなが)し、日に処(お)ること不(な)くして夜するものあり、道に倍(そむ)いて、兼ねて行くなり。上将の禽(とりこ)にせらるば、則ち而(なんじ)より争いて利(むさぼ)るもの百たること里(うれ)うなり。

③而(なんじ)の絭(けん)する甲に故ありと是すれば、倍(ますます)趨(すみ)やかに利(むさぼ)りて、日も夜(よ)も処(お)らず、行(こう)を兼(けん)たらしめと道(い)うなり。将の上は、里(うれ)えて争(いさ)めんとして百(つと)むも、利(むさぼ)るものは禽(とりこ)にせらる則(そく)なり。

④故を是(ただ)して絭(けん)するに、而(なんじ)に利を趨(うなが)す甲あれば、日に夜(や)に処(お)るなり、倍(そむ)かんとするものの行(おこな)いは兼ねること道(い)うなり。而(なんじ)の争いて里に百(つと)むに、上げれば禽(とりこ)にする則(そく)を利として、将(ともな)うなり。
<語句の注>
・「是」は①正しくする、②至る、③正確な判断、④正しくする、の意味。
・「故」は①悪事、②衰える、③④たくらみ、の意味。
・「絭」は①②③④縛り付ける、の意味。(参照:漢字辞典オンライン)
・「甲」は①兵士が身につける革又は金属製の防護用具(鎧)、②③④一般の兵士、の意味。
・1つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③④あなた、の意味。
・「趨」は①早足で駆ける、②催促する、③急いで、④催促する、の意味。
・1つ目の「利」は①利益を強く求める、②富、③利益を強く求める、④富、の意味。
・「日」は①夜明けから暗くなるまでの間、②おり、③夜明けから暗くなるまでの間、④毎日、の意味。
・「夜」は①暮れ時、②夜行する、③深夜、④暮れ時、の意味。
・「不」は①~しない、②無い、③④~しない、の意味。
・「処」は①とまる、②共に生活する、③とまる、④共に生活する、の意味。
・「倍」は①二倍にする、②もとる、③さらにまして、④裏切る、の意味。
・「道」は①行き先、②規律、③説く、④語る、の意味。
・「兼」は①(時間や距離を)倍にする、②その上、③倍以上の数量のさま、④人より優れる、の意味。
・「行」は①進み具合、②去ってゆく、③進み具合、④行動、の意味。
・「百」は①数の名、②(数が)多い、③④励み努力する、の意味。
・「里」は①長さの単位、②③憂い悲しむ、④住民の集落(里)、の意味。
・2つ目の「而」は①順接の関係を表す接続詞、②あなた、③順接の関係を表す接続詞、④あなた、の意味。
・「争」は①先を争う、②我先にと、③誤りを正させる、④先を争う、の意味。
・2つ目の「利」は①②③利益を強く求める、④利益あるものとして用いる、の意味。
・「則」は①~ならば、②~してやっと、③④道理、の意味。
・「禽」は①②③捕虜、④捕らえる、の意味。
・「上」は①②等級や品質が高い、③傍、④低い所から高い所へ至る、の意味。
・「将」は①②③軍隊などを率いる長、④連れて行く、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「是故卷甲而趨利、日夜不處、倍道兼行、百里而爭利、則擒三將軍」と「絭」を「卷」とし、「上將」を「三將軍」とし、「禽」を「擒」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「故を是す」の直訳は“悪事を正しくする”となる。これは、其七2-2④「武器や食糧を乗せた荷車を投げ捨てる兵士はいなくなる」を指すと考察。結果、「武器や食糧を乗せた荷車を投げ捨てる悪事を是正する」と解読。

・1つ目の「利」の“利益を強く求める”は、其七2-2①「利」同様に「敵里に陣取ることを強く求める」と解読。③も同様に解読。

・2つ目の「利」の“利益を強く求める”は、1つ目の「利」の「鎧を身体に縛り付けて早足で駆けて敵里に陣取ることを強く求める」の意味を積み上げていると考察。結果、「早足で駆けて敵里に陣取ることを強く求める」と解読。

・「上将」の直訳は“等級や品質が高い軍隊の長”となる。敵里を奪い取りに向かった軍隊の長であり、全軍を率いる将軍の部下と解釈できる。結果、「上級武将」と解読。②も同様に解読。

<②について>
・「故」の“衰える”は、①「昼間も深夜も止まらず、行き先を二倍にすることで軍隊の進み具合を二倍にする」によって、自軍の兵士達が疲れることと考察。結果、「自軍の兵士達が疲労する」と解読。

・1つ目の「而」の“あなた”は、話の流れより①②「上将」の「上級武将」を指すと考察。結果、「上級武将」と解読。④も同様に解読。

・1つ目の「利」の“富”は、其七2-1②「将軍が兵士達を褒美の品で誘ったとしても、敵里に陣取ることを成し遂げさせた時は各部隊の到着時間に差が出て、到達しない部隊も出現するのが道理である」に関連すると考察し、「褒美の品」と解読。④も同様に解読。

・「日」の“おり”は、疲労した兵士達が夜行する機会であり、その目的は軍隊からの逃亡と考察できる。結果、「隙を見て」と解読。

・2つ目の「利」の“利益を強く求める”の“利益”は、1つ目の「利」の「褒賞の品」を指すと考察。結果、「褒賞の品を強く求める」と解読。

・2つ目の「而」の“あなた”は、話の流れより①②「上将」の「上級武将」を指すと解釈できる。しかし、主語が「上級武将」の回想の文になっているため、ここでは「自分」と解読した。

<③について>
・「故」の“たくらみ”は、②「軍隊で共に生活すること無く隙を見て夜行する兵士が出現し、軍律に背いた上に去ってゆく」を指すと考察。結果、簡潔に「逃亡のたくらみ」と補って解読。④も同様に解読。

・「将」の“軍隊などを率いる長”は、①②「上将」の「上級武将」の意味を積み上げていると考察。結果、「上級武将」と解読。

・「上」の“傍”は、「上級武将」の傍らにいる者と考察。結果、「側近」と解読。

・2つ目の「利」の“利益を強く求める”は、1つ目の「利」の「敵里に陣取ることを強く求める」と同意と考察。結果、話の流れに合わせて「利るもの」で「敵里に陣取ることを強く求める上級武将」と解読。

<④について>
・「倍」の“裏切る”は、「逃亡のたくらみ」を企てている者と考察。結果、「倍かんとするもの」で「裏切って逃亡しそうな兵士」と解読。

・「行」の“行動”は、「裏切って逃亡しそうな兵士」の軍事上の行動と考察。結果、「働き」と解読。

・「兼」の“人より優れる”は、話の流れに合わせて「抜きんでて優れている」と言い換えた。

・「百」の“励み努力する”は、「敵里に陣取ること」と考察できるため、「陣取ることに励み努力する」と補って解読。

・「上げれば禽にする則」の直訳は“低い所から高い所へ至れば捕らえる道理”となる。これは、「裏切って逃亡しそうな兵士の働きが抜きんでて優れていることを語る」ことによって、逃亡しそうな兵士を確保できる道理と考察。つまり、“低い所から高い所へ至る”とは、おだてあげることと解釈できる。結果、「おだてあげれば逃亡しそうな兵士を確保できる道理」と解読。

・「将」の“連れて行く”は、逃亡しそうな兵士を敵里まで連れて行くことと考察。結果、「逃亡しそうな兵士を敵里まで連れて行く」と補って解読。

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