険有りて、旁らに軍するに、潢なる井、葭より葦、小さき林、翳の澮に阻るなり。伏して匿せしむ可き者は、謹んで之を索めるも復すなり、姦に之いんとする所は処るなり。

其九3-3

軍旁有險阻、潢井、葭葦、小林、翳澮。可伏匿者、謹復索之、姦之所處也。

jūn páng yoǔ xiǎn zǔ、huáng jǐng、jiā wĕi、xiǎo lín、yì huì。kě fú nì zhě、ǐn fù suǒ zhī、jiān zhī suǒ chù yĕ。

解読文

①山川が危険で交通困難な難所が存在して、その傍で駐屯する時は、水が深く広がった井戸に似た場所、生えたばかりのアシよりも大きく成長したアシ、副次的に人が寄り集まる場所、樹木等に覆われた日陰にある谷間の流れを頼みにするのである。慎んで軍隊を潜み隠れさせることができる将軍は、用心深く難所の傍を探求しても元の状態に戻すのであり、敵が間者を使うであろう場所は落ち着かせるのである。

②敵が間者を使うであろう場所を落ち着かせる時、集落の溜池、紙やむしろを作って生えたばかりのアシ、わずかに群がって生えている樹木、集落で使われていない用水路を利点として、待ち伏せして潜み隠れる敵間者が存在すれば、用心深く網を使って覆うのであり、自軍を驚かす敵間者を遮って思いのままに駐屯するのである。

③思いのままに駐屯して自軍が険しい場所を占有した時、守りを堅固にする将軍は、集落の溜池をすっきり整えて成長したアシで紙やむしろを作り、生えたばかりのアシが寄り集まった場所や集落で使われていない用水路に少人数の奇策部隊を覆い隠して利点とするのである。敵軍の襲撃が起こった時、守りを堅固にする将軍は厳密に防いで敵軍を尽き果てさせるのであり、その敵軍が引き返そうとする時に奇策部隊が出現して留まらせるのである。

④堅固に守る自軍は集合して敵軍を退けるのであり、補佐する奇策部隊は大きく成長したアシの中にある生えたばかりのアシにいて敵軍を侮らせるのであり、驚かせるように引き返そうとする敵軍を遮ってその敵兵達を攻め取り、敵軍の兵士数を減らして自軍は用水路の水のようにどんどん兵士数を増やすのである。攻め取った敵兵達を従わせることができても偽って仕返ししようとする敵兵が存在すれば、その敵兵は孤立させて慎重に扱うのであり、自国に仕返ししようとする元敵兵は正しい方法を使って落ち着かせるのである。
書き下し文
①険(けん)有りて、旁(かたわ)らに軍するに、潢(こう)なる井、葭(か)より葦(い)、小さき林、翳(えい)の澮(かい)に阻(よ)るなり。伏して匿(かく)せしむ可き者は、謹(つつし)んで之を索(もと)めるも復(かえ)すなり、姦に之(もち)いんとする所は処(お)るなり。

②姦に之(もち)いんとする所の処(お)るに、井の潢(こう)、葦(い)する葭(か)、小(やや)林、翳(えい)される澮(かい)を可として、伏して匿(かく)れる者あれば、謹(つつし)んで索(さく)を之(もち)いて復(ふく)するなり、険なる有を阻(はば)みて旁(みだ)りに軍するなり。

③旁(みだ)りに軍して阻(そ)を有(たも)つに、険たる者は、潢(こう)は井たりて葦(い)して、葭(か)の林、翳(えい)される澮(かい)に小さき伏(ふく)を匿(かく)して可とするなり。姦あるに、之は謹(つつし)みて索(さく)たらしむなり、復(かえ)さんとする所に之ありて処(お)らしむなり。

④軍は林たりて翳(えい)するなり、旁(ほう)する有は葦(い)の葭(か)にありて小(しょう)とせしむなり、険なりて阻(はば)みて潢(こう)し、井(せい)して澮(かい)なり。伏せしむ可きも匿(とく)して復(むく)いんとする者あれば、之を索(さく)たらしめて謹(つつし)むなり、姦は所を之(もち)いて処(お)るなり。
<語句の注>
・「軍」は①②③駐屯する、④軍隊、の意味。
・「旁」は①わき、②③思いのままに、④補佐、の意味。
・「有」は①事物が存在する、②存在、③占有する、④存在、の意味。
・「険」は①山川が危険で交通困難な難所、②人を驚かすようなさま、③守りが堅固であるさま、④人を驚かすようなさま、の意味。
・「阻」は①頼みにする、②遮る、③険しい場所、④遮る、の意味。
・「潢」は①水が深く広大なさま、②③溜池、④紙を黄色に染める、の意味。
・「井」は①井戸に似たもの、②集落、③すっきり整ったさま、④井戸から水を汲む、の意味。
・「葭」は①②③④生えたばかりのアシ、の意味。
・「葦」は①大きく成長したアシ、②③水辺に生え茎で紙やむしろを作る、④大きく成長したアシ、の意味。
・「小」は①副次的な、②わずかに、③少ない、④侮る、の意味。
・「林」は①人又は事物の寄り集まる場所、②群がって生えている樹木、③人又は事物の寄り集まる場所、④群がって生えている樹木、の意味。
・「翳」は①樹木などによって覆われてできる日陰、②③捨てる、④退ける、の意味。
・「澮」は①溝、②③④田畑間の用水路、の意味。
・「可」は①~できる、②③長所、④~できる、の意味。
・「伏」は①慎んで~する、②待ち伏せする、③伏兵、④従わせる、の意味。
・「匿」は①②潜み隠れる、③覆い隠す、④よこしま、の意味。
・「者」は①②③④助詞「もの」、の意味。
・「謹」は①②用心深く、③厳密に防ぐ、④慎重に扱う、の意味。
・「復」は①元の状態に戻す、②覆う、③引き返す、④仕返しする、の意味。
・「索」は①探求する、②各種の網、③尽き果てたさま、④他から離れ孤立したさま、の意味。
・1つ目の「之」は①代名詞、②使う、③④代名詞、の意味。
・「姦」は①②悪事、③外部から企てられた乱、④国に背く人物、の意味。
・2つ目の「之」は①②使う、③代名詞、④使う、の意味。
・「所」は①②場所、③時、④正しい方法、の意味。
・「処」は①②落ち着かせる、③留まる、④落ち着かせる、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「軍行有險阻潢井葭葦小林翳薈可伏匿者、謹復索之。姦之所處也。」と「旁」を「行」、「澮」を「薈」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。なお、「葦」は竹簡孫子の原文では「𥯤」だが漢辞海に掲載されておらず、ネット検索でも不明。そのため異体字の「葦」を採用した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「険」の「山川が危険で交通困難な難所」は、其七3-2①「山と林にある、険なる阻」の「高くそびえた山と樹木が群がる林にある川等が危険で交通困難な険しい場所」の険しい場所と同じと考察。

・「葦」は漢辞海の“なりたち”を参照すれば「大きく成長したアシ」とわかり、「葭」の“生えたばかりのアシ”との違いがわかる。結果、「葦」は「大きく成長したアシ」と解読。

・「澮」の“溝”は、ここでは谷間の流れを指すと考察。わかりやすく「谷間の流れ」と解読。

・1つ目の「之」は、「旁」の自軍が駐屯する「(山川が危険で交通困難な難所の)傍」を指示する代名詞であり、その場所には「水が深く広がった井戸に似た場所、生えたばかりのアシと大きく成長したアシ、副次的に人が寄り集まる場所、覆い隠された田畑間の用水路」がある。ここでは「難所の傍」と簡潔に解読した。

・「姦に之いる所」の直訳は“悪事に使う場所”となる。これは其一2-5③「間者が隠れて出現する場所」を指すと考察。結果、「敵が間者を使う場所」と言い換えた。②も同様に解読。

<②について>
・「翳される澮」の直訳は“捨てられた田畑間の用水路”となる。これは、近辺にある集落が使っていない用水路と解釈できる。結果、「集落で使われていない用水路」と解読。③も同様に解読。

・「葦する葭」の「紙やむしろを作って生えたばかりのアシ」は、成長したアシを使って紙やむしろを作った結果、そこに生えたばかりのアシだけが残っている状態と考察。③「生えたばかりのアシが寄り集まった場所」も同様に解釈する。

・「匿れる者」の直訳は“潜み隠れる者”となる。「敵が間者を使うであろう場所を落ち着かせる」の記述を踏まえれば、この“者”は敵間者と解釈できる。結果、「潜み隠れる敵間者」と解読。

・「険なる有」の直訳は“人を驚かすような存在”となる。これは「待ち伏せして潜み隠れる敵間者」を指すと考察。結果、「自軍を驚かす敵間者」と解読。

<③について>
・「葦」の“水辺に生え茎で紙やむしろを作る”は、「葦」が“大きく成長したアシ”であることを踏まえて、「葦する」で「成長したアシで紙やむしろを作る」と補って解読。

・「伏」の“伏兵”は、生えたばかりのアシが寄り集まった場所と集落で使われていない用水路に“隠れている”兵士であるため、「奇策部隊」と解読。

・「姦」の“外部から企てられた乱”は、険しい場所を占有した自軍に敵軍が襲撃してくることと考察。結果、「敵軍の襲撃」と解読。

・1つ目の「之」は、「者」の「守りを堅固にする将軍」を指示する代名詞と解読。

・2つ目の「之」は、「伏」の「奇策部隊」を指示する代名詞と解読。

<④について>
・「軍」の“軍隊”は、③「守りを堅固にする将軍」から類推すれば、「堅固に守る自軍」と補って解読できる。

・「林」の“群がって生えている樹木”は、其七4-2①「林」で記述された「自軍がゆっくりと穏やかに行軍する時は樹木が群がった林のように集合して大軍十万をまとめる」の「集合」を指すと考察。結果、「林たり」で「集合する」と解読。

・「有」の“存在”は、「堅固に守る自軍」を補佐する者であるため、③「少人数の奇策部隊」を指すと考察。結果、「奇策部隊」と解読。

・「阻」の“遮る”は、③「敵軍が引き返そうとする時に奇策部隊が出現して留まらせる」と同意と解釈。結果、「引き返そうとする敵軍を遮る」と補って解読。

・「潢」の“紙を黄色に染める”の“黄色”は、「修士論文:日中基本色彩語の比喩的意味拡張に関する研究—黒、白、赤、青、黄色のメタファー表現を中心に—(著:宮城教育大学 郭麗)」に参考にすると「皇帝」や「権力」の意味に拡張して解読することができる。つまり、奇策部隊が攻め取った敵兵達を自国の権力に染めることと解釈できる。結果、話の流れに合わせて「その敵兵達を攻め取る」と解読。

・「井」の“井戸から水を汲む”は、“井戸”を敵軍全体とし、“水”を敵兵と解釈すれば、水を汲み上げて井戸の水量を減らす行為は、敵軍の兵士数を減らす喩えと考察できる。結果、「敵軍の兵士数を減らす」と解読。

・「澮」の“田畑間の用水路”は、其四4-4⑤2つ目の「洫」の「耕作地の用水路」を指すと考察。其四4-4⑤「赤い顔料と耕作地にある用水路の水の重さを量らせるに等しく兵士数が減るしかない敵軍とどんどん兵士数が増える自軍を比較させれば敵軍は士気が殺がれる」に基づき、「どんどん兵士数を増やす」と解釈。結果、「自軍は用水路の水のようにどんどん兵士数を増やす」と解読。

・1つ目の「之」は、「者」の「仕返ししようとする敵兵」を指示する代名詞と考察。結果、冗長にならないように「その敵兵」と解読。

・「姦」の“国に背く人物”は、「仕返ししようとする敵兵」と同意と考察。結果、「自国に仕返ししようとする元敵兵」と解読。

・「所」の“正しい方法”は、其十三4-6⑤「他国に亡命しようとする元敵兵達は、大いに年貢等を免除する利点を繰り返して労わって自国に封じる」や其三1-1②「完全な状態に保つことをお手本にして兵士に力を尽くさせる概略は、停留している敵軍の小隊を打ち破っても、施して怪我が治れば自軍に所属させるのであり、背こうとすれば中隊の真ん中に配置して前進するのである」で記述された元敵人民を配置させる場所を指すと考察。ここでは簡潔に「正しい方法」とそのまま解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。