敵を遠くせしむ而は人に挑むなり、人を之に進めしめんと欲すれば、其の所たらんと居く者を易せしめて利しきなり。

其九3-5

敵遠而挑人、欲人之進者、其所居者易利也。

dí yuǎn ér tiāo rén、yù rén zhī jìn zhě、qí suǒ jū zhě yì lì yĕ。

解読文

①堅固に守る自軍によって敵軍を遠く離れさせた将軍は兵士達にけしかけるのであり、今にも自軍を前進させそうであれば、敵軍を本来あるべき状態に立て直そうと考える敵将軍を惑わせて都合が良いのである。

②本来あるべき状態に立て直そうと考える敵将軍を惑わせる将軍が、兵士達の欲しがる礼物を使えば自軍は勢いを生じるのであり、その自軍を避ける敵軍からは敵兵達が逃亡するのである。

③兵士達の欲しがる礼物を使う将軍は、逃亡した敵兵達の気を引いて敵軍から自国に寝返らせるのであり、時間をかければ敵将軍に事態を軽視させて都合が良いのである。

④敵将軍に事態を軽視させる将軍は、思いやりによって敵組織内部と親しく交流する間者を使うことで巧みに敵将軍を考えていた計画に固執させるのであり、敵将軍の可愛がる者を掠め取れば敵軍を撤退させるのである。
書き下し文
①敵を遠くせしむ而(なんじ)は人に挑(いど)むなり、人を之に進めしめんと欲すれば、其の所たらんと居(お)く者を易(えき)せしめて利(よろ)しきなり。

②所たらんと居(お)く其の易(えき)せしむ者の、人の欲する進(しん)を之(もち)いれば利あるなり、而(なんじ)より遠(とお)ざかる敵は人を挑(は)ねるなり。

③人の欲する進(しん)を之(もち)いる者は、人に挑(いど)みて敵より遠(とお)ざけしむなり、所を居(きょ)すれば其の易(あなど)らしめて利(よろ)しきなり。

④其の易(あなど)らしむ者は、人(じん)に進める者を之(もち)いて利なりて其の所に居(お)かしむなり、人の欲を挑(ぬす)めば而(すなわ)ち敵を遠くせしむなり。
<語句の注>
・「敵」は①②③④戦争や競争で対抗する相手、の意味。
・「遠」は①隔たりが大きい、②避ける、③疎遠にする、④隔たりが大きい、の意味。
・「而」は①あなた、②③順接の関係を表す接続詞、④条件の関係を表す接続詞、の意味。
・「挑」は①けしかける、②外側に弾く、③気を引く、④掠め取る、の意味。
・1つ目の「人」は①②③民衆、④ある種の職能を持つ特定の人、の意味。
・「欲」は①今にも~しそうである、②③(事物を)欲しがる、④願望、の意味。
・2つ目の「人」は①②③民衆、④思いやり、の意味。
・「之」は①代名詞、②③④使う、の意味。
・「進」は①前進する、②③礼物、④(優れた人材を)推挙する、の意味。
・1つ目の「者」は①②仮定表現の助詞、③④助詞「もの」、の意味。
・「其」は①②③④敵の代名詞、の意味。
・「所」は①②本来あるべき状態、③時、④思い、の意味。
・「居」は①②思う、③経る、④固定する、の意味。
・2つ目の「者」は①②助詞「もの」、③仮定表現の助詞、④助詞「もの」、の意味。
・「易」は①②惑う、③④軽視する、の意味。
・「利」は①都合が良い、②勢い、③都合が良い、④巧みなさま、の意味。
・「也」は①②③④断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「敵遠而挑戦、欲人之進者、其所居者易利也。」と「人」を「戦」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「遠」の“隔たりが大きい”は、其九3-4①②「堅固に守る自軍」から敵軍が離れて距離を置くことと考察。結果、使役形で「遠く離れさせる」と解読。また、其九3-3から続いている話の流れがわかるように「堅固に守る自軍によって」と補った。

・1つ目の「人」の“民衆”は、将軍がけしかける相手として「兵士達」と解読。

・2つ目の「人」の“民衆”は、けしかけた「兵士達」全体を前進させることを踏まえて「自軍」と解読。

・「之」は、「敵」の「敵軍」を指示する代名詞と解読。

・「其の所たらんと居く」の直訳は“敵を本来あるべき状態にしようと思う”となる。これは、敵将軍が、堅固に守る自軍に対して遠く離れた軍隊の立て直したいと考えることと考察。結果、「敵軍を本来あるべき状態に立て直そうと考える」と解読。

<②について>
・「所たらんと居く」は、①「其の所たらんと居く」同様に解釈し、「本来あるべき状態に立て直そうと考える」と解読。

・「人を挑ねる」の直訳は“民衆を外側に弾く”となる。これは、自軍を避ける敵軍から敵兵達が逃亡していくことと考察できる。結果、「敵兵達が逃亡する」と解読。③も同様に解釈。

<③について>
・1つ目の「人」の“民衆”は、②1つ目の「人」で記述された「敵兵達が逃亡する」の意味を積み上げていると考察。結果、「逃亡した敵兵達」と補って解読。

・「遠」の“疎遠にする”は、「逃亡した敵兵達」を敵軍から自国に寝返らせることと考察。結果、使役形で「自国に寝返らせる」と解読。

・「所を居する」の直訳は“時を経る”となる。これは、敵将軍を侮らせるために、逃亡した敵兵達を自国に寝返らせる戦術を、時間をかけて行うことと考察。結果、「時間をかける」と解読。

<④について>
・「易」の“軽視する”は、②「易」で記述された「敵将軍に事態を軽視させて都合が良い」の意味を積み上げていると考察。結果、使役形で「敵将軍に事態を軽視させる」と補って解読。

・「所に居かしむ」の直訳は“思いに固定させる”となる。“思い”は、其七6-1①「敵全軍を統率する敵将軍からは考えていた計画を強制的に取るのが良い」の考えていた計画を指すと考察すれば、考えていた計画に固執させることと解釈できる。結果、「考えていた計画に固執させる」と解読。

・「進める者」の直訳は“推挙した者”となる。これは、敵将軍に事態を軽視させるために敵組織内部に送り込む間者と推察すれば、其十二2-8④「脇道から敵組織内部に入り込む間者は、妾が従わせた敵役人のつてで優れた人物として官職につくのであり、自軍の将軍が考えている方針や戦略、戦術に上手く適合させる存在となるのである」の役割を担う間者と考察できる。つまり、其十二2-2①「敵組織内部と親しく交流する間者」が該当する。結果、「敵組織内部と親しく交流する間者」と解読。

・「人の欲を挑む」の直訳は“ある種の職能を持つ特定の人の願望を掠め取る”となる。これは、話の流れより其八3-4⑧「敵将軍の可愛がる者を殺害して心を痛めさせる戦術を行って自軍の立場を確固たるものにするのである。敵全軍を統率する敵将軍から考えていた計画を取り除けば、敵全軍を撤退させる」を実行することと考察できる。結果、「敵将軍の可愛がる者を掠め取る」と解読。なお、敵将軍の可愛がる者を掠め取る者は、其十二2-2①「敵将軍の可愛がる者を殺害する間者」だが、同一人物が「敵組織内部と親しく交流する間者」と兼任した可能性がある。

・「敵を遠くせしむ」は、①「敵を遠くせしむ」同様に“敵軍を遠く離れさせる”と解釈できるが、其八3-4⑧「敵将軍の可愛がる者を殺害して心を痛めさせる戦術を行って自軍の立場を確固たるものにするのである。敵全軍を統率する敵将軍から考えていた計画を取り除けば、敵全軍を撤退させる」を実行している前提を踏まえれば、敵軍を撤退させるからこそ遠く離れていくのだと考察できる。結果、簡潔に「敵軍を撤退させる」と解読した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。