衆樹の動くは、来ればなり。

其九4-1

衆樹動者、來也。

zhòng shù dòng zhě、laí yĕ。

解読文

①数多く広がった立ち木が揺れている要因は、敵が近くまで来襲していることにある。

②近くまで来襲した敵兵達は、敵軍が動員できる敵兵達を増やすのである。

③敵軍を増員する敵兵達は、穀物を輸送してきて敵軍を感動させる者達である。

④穀物を輸送してきて感動させる要因は、穀物が敵軍隊を養うことにあるのである。

⑤敵軍隊を養うのは、いつも後から来る敵兵達である。

⑥後から来る敵兵達は、普通の人民達を動員しているのである。

⑦普通の人民達は約束された未来に心を揺さぶられるのである。

⑧心を揺さぶられた敵兵達は、自軍に付き従わせて養い育てて、その敵兵達が輸送していた穀物で自軍も養うのである。
書き下し文
①衆樹の動くは、来(きた)ればなり。

②来(きた)る者は、動かす樹を衆(おお)くすなり。

③衆(おお)くする樹は、来(らい)ありて動かす者なり。

④来(らい)に動かすは、衆を樹(う)えればなり。

⑤衆を樹(う)うは、動(ややもす)れば来(らい)なる者なり。

⑥来(らい)なる者は、衆(おお)き樹を動かすなり。

⑦衆は樹(た)てらる来(らい)に動かされる者なり。

⑧動かされる者は、衆に来(き)たして樹(う)えるなり。
<語句の注>
・「衆」は①数が多い、広い、②③数を増やす、④⑤軍隊、⑥普通の、⑦多くの人々、⑧軍隊、の意味。
・「樹」は①②③立ち木、④⑤養い育てる、⑥立ち木、⑦確立させる、⑧養い育てる、の意味。
・「動」は①揺れる、②動員する、③④感動させる、⑤いつも、⑥動員する、⑦⑧心を揺さぶる、の意味。
・「者」は①因果関係「也」に対応した置き字、②③助詞「もの」、④因果関係「也」に対応した置き字、⑤⑥⑦⑧助詞「もの」、の意味。
・「来」は①②近くに及ぶ、③④穀類の穂、⑤⑥後から来るさま、⑦未来、⑧こちら側に付き従わせる、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③断定の語気、④因果関係を表す助詞、⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文に従った。
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・立ち木が揺れる場面から、来襲した敵軍は林など立ち木が数多く広がっている場所を目立たないように進んでいると推察し、「衆」は“数が多い”と“広い”の掛け言葉と解釈した。結果、「衆樹」で「数多く広がった立ち木」と解読。

<②について>
・「樹」の“立ち木”は、其五5-2①「埶ありて任する者は、民をして戦げしむなり、木と石の転ぶ如くするなり」から続く記述を読み解くと、堅固な「石」が「自軍、堅固な軍隊」を指し、相対的に脆い「木」は「敵軍、脆い軍隊」を指すと考察できる。結果、話の流れに合わせて簡潔に「敵兵達」と解読。③も同様に解読。

<③について>
・「来あり」は直訳すれば“穀類の穂を持っている”となるが、この敵兵達は解読文⑤で後から敵軍に合流していると解釈できるため、話の流れに合わせて「穀物を輸送してきた」と解読した。④も同様に解読。

・「動」の“感動させる”相手は、穀物を運んでもらった敵軍であるため「敵軍」と補った。

<④について>
・「衆を樹う」は直訳すると“軍隊を養い育てる”となる。文意は輸送された穀物によって飢えを凌ぐことができるようになったと解釈できため、「穀物が敵軍隊を養う」と補って解読。⑤も同様に解読。
敵軍は食糧が乏しくなって飢える危機が迫っていたため、穀物が届いて感動しているのだと推察。この敵軍の状況は、食糧と兵士数が乏しくなって、食糧と兵士を追加投入したと推察できる。そのため、其二3-3①「常日頃、思いやりを持って軍隊を治める将軍は、兵役は重ねて徴用することなく、兵糧を重ねて輸送させない」に反する行為であるため、敵将軍は優れた戦略を採用していないと解釈できる。

<⑤について>
・この記述から、④「解読の注」で解説した“敵将軍は優れた戦略を採用していない”解釈は適当と判断でき、さらに、国から食糧等を輸送させて軍隊を維持していた将軍が多かったのではないかと推察できる。

<⑥について>
・「樹」の“立ち木”は、②③「樹」同様に「敵兵達」と解釈するが、ここでは話の流れに合わせて、その属性である「人民達」と解読した。
なお、穀物を輸送してくる敵兵達は普通の人民であり、特別に武力を備えていることもなく、特別に豊かな生活をしているわけでもないと解釈できる。つまり、解読文①で立ち木が数多くある場所を進んでくる理由は、普通の人民には大した武力がないため、人目を避けて戦闘を回避しようとする心理が働いて選ぶ進路ではないか、と推察できる。

<⑦について>
・「衆」の“多くの人”は、⑥の「普通の人民達」と同意であるため「普通の人民達」と言い換えた。

・「樹」の“確立させる”事柄は「未来」であるため、未来の生活を保障する意味だと解釈できる。その意味を簡潔に表現して「約束された未来」と解読。

・この記述によって、穀物を輸送してきた敵兵達を取得するとわかり、其二4-1①「敵する之を取りて利ある者は貨うなり」の教えを実践するのだと解釈できる。

<⑧について>
・「衆」の“軍隊”は、敵兵達を付き従わせる軍隊であるため「自軍」と解読。

・「樹」の“養い育てる”対象は、話の流れから二種類ある。一つ目は、取得した輸送してきた敵兵達であり、⑦で記述したように人民達の生活を保障することと解釈。二つ目は、その敵兵達が輸送していた穀物によって、自軍の兵士達を養うことと解釈。結果、「(敵兵達を)養い育てて、その敵兵達が輸送していた穀物で自軍も養う」と解読した。

・其九4-6「卑而廣者、徒來也」と類似した内容の印象だが教えの趣旨が異なる。其九4-6「卑而廣者、徒來也」は敵将軍が戦略に疎いことを見抜くための教えであり、この其九4-1は其二4-1①「敵する之を取りて利ある者は貨うなり」の一例を具体的に示していると考察する。

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