走の奔りて兵を陳ねるは、期なればなり。

其九4-13

奔走陳兵者、期也。

bèn zoǔ chén bīng zhě、qī yĕ。

解読文

①敵陣営において、下僕が急いで走り、武器を並べている理由は、敵将軍が自軍とせめぎ合うことを決めたからである。

②戦術を使う将軍は、疾走する馬を走らせ、戦術を広布して勝算が高いと期待させるのである。

③下僕は束縛せず気ままにさせておき、軍隊は陣列をつくれば待機しておくのである。

④急いで走って、合戦を始める時間を軍隊に広布する走り使いが出現するのである。

⑤合戦を始める時間を聞いた後、下僕が逃げる要因は、敵が合戦を始める時間、戦術を自軍に申し述べることを約束した間者だからである。

⑥自軍の将軍は筆を走らせて急いで使者を赴かせて、敵に災いがあることを申し述べて敵将軍と会うことを約束するのである。

⑦急ぎ赴かせた使者は、敵の戦術について説明し尽くして走って逃げることを希望するのである。

⑧敵をくつがえして追い払えば、戦略、戦術を使う将軍は「敵が恐れをなして逃げた」と必ず広布するのである。
書き下し文
①走の奔(はし)りて兵を陳(つら)ねるは、期なればなり。

②兵なす者は奔(ほん)を走らせて陳(の)べて期せしむなり。

③走は奔(ほしいまま)にして、兵は陳すらば期すなり。

④奔(はし)りて期を兵に陳(し)く走なる者あるなり。

⑤走の奔(はし)るは、兵を陳(の)べること期す者なればなり。

⑥走らせて奔(はし)らせしめて兵すること陳(の)べて期すなり。

⑦奔(はし)らしむものは、兵を陳(の)べて走(はし)ること期すなり。

⑧奔(ほん)して走らさば、兵なす者は期して陳(の)べるなり。
<語句の注>
・「奔」は①急いで走る、②疾走する馬、③束縛せず気ままにさせる、④急いで走る、⑤逃げる、⑥急ぎ赴く、⑦急ぎ赴く、⑧くつがえす、の意味。
・「走」は①下僕、②(馬を)走らせる、③下僕、④走り使い、⑤下僕、⑥(筆を)はしらせる、⑦走って逃げる、⑧追い払う、の意味。
・「陳」は①列をなして並べる、②広布する、③陣列をつくる、④申し述べる、⑤⑥申し述べる、⑦出し尽くす、⑧広布する、の意味。
・「兵」は①武器、②戦術、③④軍隊、⑤戦術、⑥災いする、⑦戦術、⑧戦略、戦術、の意味。
・「者」は①因果関係「也」に対応した置き字、②助詞「もの」、③仮定表現の助詞、④⑤助詞「もの」、⑥⑦助詞「こと」、⑧助詞「もの」、の意味。
・「期」は①決める、②期待する、③待つ、④約束した時間、⑤約束する、⑥会うことを約束する、⑦希望する、⑧必ず、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「下僕が急いで走り、武器を並べている」は、敵軍に関する記述であるため「敵陣営において」と補った。

・「期」の“決める”の内容は、文意から敵将軍が自軍とせめぎ合うことを決めたと考察できる。結果、「敵将軍が自軍とせめぎ合うことを決める」と補って解読。

<②について>
・「兵なす者」は直訳すれば“戦術を用いる者”であり、「戦術を使う将軍」と解読できる。

・「陳」の“広布する”は、解読文③で軍隊が陣列をつくる記述があるため、将軍が使う戦術を伝えると解釈。結果、「戦術を広布する」と解読。

・「期」の“期待する”は、戦術を聞いた兵士達が勝てると期待することと考察。使役形で「勝算が高いと期待させる」と補って解読。

<③について>
・主たる陣列をつくる兵士達は人民で構成されており、その軍隊は動かず待機しておく必要があるが、下僕は自由に動けることがわかる。

<④について>
・「期」の“約束した時間”は、話の流れから自軍に攻撃を開始する時間と考察・「合戦を始める時間」と解読。

<⑤について>
・「陳」の“申し述べる”の内容は、②「戦術を広布して勝算が高いと期待させる」の“戦術”と解釈すれば、話の流れを踏まえれば敵陣営において直前に伝えられた敵将軍の戦術と考察できる。つまり、「逃げる下僕」は自軍が予め仕込んでおいた間者と解釈。また、この「間者」は下僕という身分ではあるが、其十二2-2①「敵から寝返らせても敵と親しく交流する間者」と考察できる。

<⑥について>
・「走らせて奔らせしむ」の直訳は“筆を走らせて急ぎ赴かせる”となる。これは、話の流れから自軍の将軍が書状を書いて使者を送ると解釈できるため、「自軍の将軍は筆を走らせて急いで使者を赴かせる」と補って解読。

・「兵」の“災いする”は書状の内容であり、このまま合戦が始まれば敵に災いが訪れることを伝えると考察。話の流れに合わせて「敵に災いがある」と補って解読。

・「期」の“会うことを約束する”は、話の流れより「敵将軍と会うことを約束する」と補って解読。一連の記述にはないが、敵の戦略、戦術を上回る自軍の戦略、戦術が出来上がっている必要があると考察できる。

<⑦について>
・「奔」の“急ぎ赴く”は、自軍の将軍が派遣した使者を指すと考察。結果、「奔らしむもの」で「急ぎ赴かせた使者」と解読。

・「陳」の“出し尽くす”は、出す内容が敵の戦術であるため、「兵を陳べる」で「敵の戦術について説明し尽くす」と解読した。なお、敵将軍が、考えていた計画を全て無効にされて、このまま合戦が始まれば大敗すると悟れば、残された選択肢は「逃げる」ことしかない。つまり、この其九4-13の記述は、其八3-4⑧「敵全軍を統率する敵将軍から考えていた計画を取り除けば、敵全軍を撤退させる」に類似する内容と考察できる。

・参考として、⑤「合戦を始める時間」は、敵将軍が戦術を練り直す時間が全くない状況に追い込めることにあると推察。既に「合戦を始める時間」を軍全体に伝えた状況で、自軍との交渉が長引いている間に軍隊が動き出せば大損害を被って大敗するため、敵将軍は惑うことになる。

<⑧について>
・「戦略、戦術を使う将軍は「敵が恐れをなして逃げた」と必ず広布する」の理由は、其七6-1②「敵将軍から考えていた計画を強制的に取る利点は敵全軍を撤退させることである」の“考えていた計画を強制的に取る”の成功が大きな要因と思われるが、兵士達の士気を高める効果を期待して広布するのであろうと推察する。

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