半なるものの進むは、誘えばなり。

其九4-14

半進者、誘也。

bàn jìn zhě、yoù yĕ。

解読文

①敵の一部隊が前進する要因は、自軍を誘き出そうとすることにある。

②その一部隊は敵軍が差し出したおとり部隊であり、自軍をそそのかしているのである。

③自軍をそそのかしてくるおとり部隊は、意図的に勢力を削いで捧げられたのである。

④意図的に勢力を削いで捧げられたおとり部隊は、自軍を惑わすのである。

⑤この時、意図的に勢力を削いだおとり部隊を自軍から捧げれば、逆に、敵を惑わすのである。

⑥意図的に勢力を削いだ自軍のおとり部隊を敵軍の罠に飛び込ませて、敵の奇策部隊を誘き出すのである。

⑦意図的に勢力を削いだ自軍のおとり部隊は、自軍の獲物となった敵おとり部隊を誘導して奇策部隊が隠れている場所まで連れていくのである。

⑧奇策部隊が敵おとり部隊を攻め取った後、諫めの言葉を進上して教え導けば、攻め取った元敵兵達を隊列の真ん中に配置するのである。
書き下し文
①半なるものの進むは、誘えばなり。

②半なるものは進めらる者なり、誘うなり。

③誘う者は半にして進めらるなり。

④半にして進めらる者は誘うなり。

⑤半なるものを進めれば、誘うなり。

⑥半なるものを進めしめて、誘うなり。

⑦半なる者は進を誘うなり。

⑧進めて誘(いざな)えば、半にあらしむなり。
<語句の注>
・「半」は①②大きな欠片のさま、③④⑤⑥⑦不完全な、⑧真ん中、の意味。
・「進」は①前進する、②差し出す、③④⑤捧げる、⑥(外から内に)入る、⑦贈り物、⑧諫めの言葉を進上する、の意味。
・「者」は①因果関係「也」に対応した置き字、②③④助詞「もの」、⑤⑥仮定表現の助詞、⑦助詞「もの」、⑧仮定表現の助詞、の意味。
・「誘」は①おびき出す、②③そそのかす、④⑤惑わす、⑥おびき出す、⑦先になって案内する、⑧教え導く、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句にも八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「半」の“大きな欠片のさま”は、完全なものから欠けた一部分である。そのため、完全な状態である全軍から離脱した一部隊と考察できる。結果、「半なるもの」で「敵の一部隊」と解読。

・「誘」の“おびき出す”は、「敵の一部隊」が自軍を誘き出すために前進すると解釈できるため、未来形で「自軍を誘き出そうとする」と補って解読。

<②について>
・「半なるもの」は、①「半」同様に「敵の一部隊」と解釈するが、話の流れに合わせて「その一部隊」と解読。

・「進めらる者」の直訳は“差し出された者”となる。これは「敵の一部隊」と同意であり、敵軍が自軍から逃げきるために差し出したおとり部隊と考察。結果、「敵軍が差し出したおとり部隊」と解読。これは、其五4-5①「意図的に勢いを削いだおとり部隊に心を向かわせて追わせることを必ず実行する」を敵が仕掛けてきた記述と解釈できる。

<③について>
・「半」の“不完全な”とは、其五4-5①「意図的に勢いを削いだおとり部隊に心を向かわせて追わせることを必ず実行する」の記述から考察すれば、“勢いが無さそうに見える部隊”と考察できるため、「意図的に勢力を削いで」と解読した。④も同様に解読。

<④について>
・特に無し。

<⑤について>
・「半なるもの」の直訳は“不完全な者”となる。④「半」で記述された「意図的に勢力を削いで捧げられたおとり部隊」の意味を積み上げていると考察。但し、解読文④では敵軍が捧げてきたおとり部隊であるが、ここでは逆に自軍からおとり部隊を捧げる文意となっている。結果、「意図的に勢力を削いだおとり部隊」と解読。

・「進」の“捧げる”は、敵軍が捧げるおとり部隊に対して、逆に自軍から「意図的に勢力を削いだおとり部隊」を捧げる文意であることを踏まえ、「自軍から捧げる」と補って解読。

・「誘」の“惑わす”の相手は、自軍を惑わそうとした敵であるため、「逆に、敵を惑わす」と補って解読。

・解読文④との繋がりをわかりやすくするため、冒頭には「この時」と補った。

<⑥について>
・「半なるもの」は、⑤「半なるもの」の「意図的に勢力を削いだおとり部隊」と同意と考察。結果、話の流れに合わせて「意図的に勢力を削いだ自軍のおとり部隊」と解読。⑦も同様に解読。

・「進」の“(外から内に)入る”は、話の流れより、敵軍の罠に飛び込むことと考察。結果、使役形で「敵軍の罠に飛び込ませる」と解読。

<⑦について>
・「進」は“贈り物”は、④「意図的に勢力を削いで捧げられたおとり部隊」を指すと考察。贈り物と表現する理由は、其五3-2①「鷹が獲物の鳥に追いついて強奪する時は、周到に行き届いているのであり、獲物の鳥を傷つけて挫折させる要因は、攻め取る節目と時機が出現したからである」の「獲物の鳥」に該当すると解釈できるためである。結果、「自軍の獲物となった敵おとり部隊」と解読。

・「誘」の“先になって案内する”は、自軍のおとり部隊が「獲物となった敵おとり部隊」を奇策部隊が隠れている場所にまで誘導することと考察。結果、「誘導して奇策部隊が隠れている場所まで連れていく」と補って解読。

<⑧について>
・解読文⑦で「敵おとり部隊を誘導して奇策部隊が隠れている場所まで連れていく」までの記述だが、解読文⑧の文意は敵おとり部隊を攻め取った後の内容と考察できる。つまり、其五4-5②「敵軍に利と判断させる行動で心を揺さぶり、おとり部隊に心を向かわせて追わせることに成功する将軍は、偶然におとり部隊を出現させて敵部隊にどうしても追わせるのであり、予め移動させて隠れさせた奇策部隊は誘導されてきた獲物の敵部隊を必ず攻め取るのである」の教えが成功したと解釈。この話の流れを補うため、冒頭で「奇策部隊が敵おとり部隊を攻め取った後、」と補う。

・「半」の“真ん中”は、其三1-1②「完全な状態に保つことをお手本にして兵士に力を尽くさせる概略は、停留している敵軍の小隊を打ち破っても、施して怪我が治れば自軍に所属させるのであり、背こうとすれば中隊の真ん中に配置して前進するのである」から類推すれば、攻め取った敵おとり部隊の兵士達を隊列の真ん中に配置するのだと考察。結果、「半にあらしむ」で「攻め取った元敵兵達を隊列の真ん中に配置する」と解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。