郷の人の利あること見るも進めざるは、拳するも労たればなり。

其九4-17

郷人見利而不進者、勞拳也。

xiāng rén jiàn lì ér bù jìn zhě、laó quán yĕ。

解読文

①敵里の人民が利を得る理由を詳しく聞いても、里を陣地として差し出さない理由は、ひどく緊張した状態になっても、まじめに努めているからである。

②ひどく緊張した状態になってもまじめに努める敵里の人民は、自軍に対して、都合が良い敵国の見解を持っており、里を陣地として差し出さないのである。

③ひどく緊張した状態になった敵里の人民が疲れた時、将軍は大いなる礼物を敵里の人民に享受させる見解を利点として用いるのである。

④敵里の代表者を招いて対面し、将軍が大いなる礼物を利点として用いれば、その財力によって敵里の代表者を悩ませるのである。

⑤敵里の代表者に富を目視させて出し尽くすことが無ければ、まじめに里を守ろうとする考えを変えさせるのである。

⑥敵里の代表者にまじめに里を守ろうとする考えを変えさせれば、敵里の人民と会見して、将軍は大いに巧みな諫めの言葉を進上するのである。

⑦大いに巧みな諫めの言葉を進上できる将軍は、敵里の人民一人ひとりに状況を悟らせるのであり、ひどく残念がる人民達を慰労するのである。

⑧ひどく残念がる人民達を慰労すれば、将軍は敵里の代表者に提示した大いなる富を出し尽くして、人民達に思いやりを享受させるのである。
書き下し文
①郷の人の利あること見るも進めざるは、拳(けん)するも労たればなり。

②拳(けん)するも労たる者は、人に郷(む)かって利(よろ)しき見(けん)ありて進めざるなり。

③拳(けん)する者の労(つか)れるに、而(なんじ)は不(おお)いなる進(しん)を人に郷(う)けしむ見(けん)を利とするなり。

④郷(さと)の人を見て、而(なんじ)の不(おお)いなる進(しん)を利とすれば、拳(ちから)に労せしむなり。

⑤郷の人に、利を見らしめて進(つ)くすこと不(な)ければ、労(ろう)たらんこと拳(けん)たらしむなり。

⑥労(ろう)たらんこと拳(けん)たらしめば、郷の人を見て、而(なんじ)は不(おお)いに利なりて進めるなり。

⑦不(おお)いに而(よ)く利なりて進める者は、郷の人ごとに見(み)えしむなり、拳(けん)するものを労(ねぎら)うなり。

⑧拳(けん)するものを労(ねぎら)えば、而(なんじ)は不(おお)いに見える利を進(つ)くして、人(じん)を郷(う)けしむなり。
<語句の注>
・「郷」は①里、②~に対して、③享受する、④⑤⑥⑦里、⑧享受する、の意味。
・「人」は①住民、②民衆、③住民、④⑤特定の人、⑥民衆、⑦一人ひとりに、⑧思いやり、の意味。
・「見」は①詳しく聞く、②③見解、④招いて対面する、⑤目で見る、⑥会見する、⑦悟る、⑧(文章中に)提示している、の意味。
・「利」は①利益を得る、②都合が良い、③④利益あるものとして用いる、⑤富、⑥⑦巧みなさま、⑧富、の意味。
・「而」は①逆接の関係を表す接続詞、②順接の関係を表す接続詞、③④⑤⑥あなた、⑦~できる、⑧あなた、の意味。
・「不」は①②~しない、③④大いに、⑤無い、⑥⑦⑧大いに、の意味。
・「進」は①②差し出す、③④礼物、⑤諫めの言葉を進上する、⑤出し尽くす、⑥⑦諫めの言葉を進上する、⑧出し尽くす、の意味。
・「者」は①因果関係「也」に対応した置き字、②③助詞「もの」、④⑤⑥仮定表現の助詞、⑦助詞「もの」、⑧仮定表現の助詞、の意味。
・「労」は①②まじめに努めるさま、③体が疲れる、④悩む、⑤⑥まじめに努めるさま、⑦⑧慰労する、の意味。
・「拳」は①②③こぶしを握る、④力、⑤⑥曲がったさま、⑦⑧こぶしを握る、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「見利而不進者、勞倦也。」と「郷人」がなく「拳」を「倦」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「郷」の“里”は、其一2-5④「地」の「敵国の町、村、里、集落」を指すと考察。結果、「敵里」と解読。③④⑤⑥⑦⑧も同様に解読。

・「進」の“差し出す”は、其七4-3①「敵里を奪い取れば多人数の正攻法部隊に割り当て、陣地を開拓して統治して兵糧と飼料を各部隊に配分するのであり、開拓した陣地を繋ぎ止めて全軍の権勢が生じれば、自軍が行動し始めた時、敵軍に危険を感じさせることができるのである」の戦略を実行するために、敵里の人民に利を得られる理由を詳しく説明していると解釈すれば、「里を陣地として差し出す」と補って解読できる。②も同様に解読

・「拳」の“こぶしを握る”は、文意から里を陣地にしようとする自軍に対抗する様子を表現しており、“ひどく緊張している状態”と解釈。結果、「ひどく緊張した状態になる」と解読。②③も同様に解読。

<②について>
・「人」の“民衆”は、敵里の住民が対峙している相手であるため、「自軍」と解読。

・「利しき見」の“都合が良い見解”は、敵国にとって都合が良い意見を指すと考察。結果、「都合が良い敵国の見解」と解読。

<③について>
・特に無し。

<④について>
・「人」の“特定の人”は、招いて対面する相手であるため敵里の代表者と考察。結果、「代表者」と解読。⑤も同様に解読。

・「拳」の“力”は、話の流れより“大いなる礼物”によって示す財力と考察。結果、話の流れに合わせて「その財力」と解読。

<⑤について>
・「労たらんこと拳たらしむ」の直訳は“まじめに努めようとすることを曲げさせる”となる。つまり、里を自軍の陣地として差し出す考えに変わることと解釈できる。結果、「まじめに里を守ろうとする考えを変えさせる」と解読。⑥も同様に解読。

<⑥について>
・特に無し。

<⑦について>
・「見」の“悟る”は、敵里の人民一人ひとりに自分達の里が自軍の陣地になった状況を悟らせることと考察。結果、使役形で「状況を悟らせる」と解読。

・「拳」の“こぶしを握る”は、文意から“ひどく残念がる状態”と解釈。結果、「拳するもの」で「ひどく残念がる人民達」と解読。⑧も同様に解読。

<⑧について>
・「不いに見える利」の直訳は“提示している大いなる富”は、敵里の代表者に見せた⑤「富」を指すと考察。結果、「敵里の代表者に提示した大いなる富」と解読。

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