来たりて、委して謝するは、息みて休まらんことを欲すればなり。

其九4-28

來委謝者、欲休息也。

laí wĕi xiè zhě、yù xiū xī yĕ。

解読文

①敵軍から使者がやって来て贈り物を献上して休戦を申し入れる理由は、休戦して休息することを必要としているからである。

②一呼吸を置く程度の短期間だけでも休息したがる敵軍は、精彩を欠いた様子で使者がやって来て過ちを認めて詫びるのである。

③精彩を欠いた様子で庇護を望んで過ちを認めて詫びてくる敵軍には、自軍につき従わせてねぎらうのである。

④休戦した後、敵軍が休戦に応じた自軍に対して礼を言うことを積み重ねれば、平安と繁栄を望むのである。

⑤敵軍から使者がやって来て贈り物を献上して休戦を申し入れても、自軍からの申し出を受け入れなければ、休戦して逃亡したいのである。

⑥自軍からの申し出を受け入れない敵将軍は、逃亡する原因を衰えた部隊に責任転嫁し、その部隊を見捨てて今にも逃亡しそうなのである。

⑦前線で戦って衰えてしまったため、敵将軍に投げ捨てられて庇護を望む敵部隊は、自国に寝返らせることで自軍は兵士数が増えるのである。

⑧前線で戦って衰えた敵部隊は、庇護を望んで自国からの助けや好意に対して礼を言い、将来、子供を産んで人民を増やすのである。
書き下し文
①来たりて、委(い)して謝するは、息(や)みて休まらんことを欲すればなり。

②息(そく)のみ休めんと欲する者は、委(い)にして来たりて謝るなり。

③委(い)にして休を欲して謝る者は、来(きた)して息(いこ)うなり。

④来(らい)に、謝すること委(つ)めば、休と息を欲するなり。

⑤来たりて委(い)するも、謝(ことわ)れば、休みて息(や)むこと欲すなり。

⑥謝(ことわ)る者は、来(らい)を委(よ)せて、休(や)めて息(や)めんと欲すなり。

⑦謝(しぼ)みて、委(す)てられて休を欲する者は、来(きた)して息(ふ)やすなり。

⑧委(な)える者は、休を欲して謝、来(らい)に息(ふ)えるなり。
<語句の注>
・「来」は①②向こう側からこちら側に着く、③こちら側につき従わせる、④未来、⑤向こう側からこちら側に着く、⑥物事の原因・由来、⑦帰順させる、⑧将来の、の意味。
・「委」は①贈る、②③精彩がないさま、④積み重ねる、⑤贈る、⑥責任を転嫁する、⑦投げ捨てる、⑧衰える、の意味。
・「謝」は①暇乞いをする、②③過ちを認めて詫びる、④人の助けや好意に対して礼を言う、⑤⑥申し出を受け入れない、⑦衰える、⑧人の助けや好意に対して礼を言う、の意味。
・「者」は①因果関係「也」に対応した置き字、②③助詞「もの」、④⑤仮定表現の助詞、⑥⑦⑧助詞「もの」、の意味。
・「欲」は①~を必要とする、②~したがる、③④⑤(ある状態や事態の実現を)のぞむ、⑥いまにも~しそうである、⑦⑧(ある状態や事態の実現を)のぞむ、の意味。
・「休」は①②休息する、③庇護、④平安である、⑤暇を取る、⑥見捨てる、⑦⑧庇護、の意味。
・「息」は①停止する、②一呼吸するほどの短い時間、③ねぎらう、④繁殖する、⑤⑥消える、⑦繁殖する、⑧子供、繁殖させる、の意味。
・「也」は①因果関係を表す助詞、②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「来」の“向こう側からこちら側に着く”は、休戦を望む敵軍が使者を送って来る文意と考察し、「敵軍から使者がやって来る」と解読。

・「委」の“贈る”は、自軍から送った使者が敵軍に贈り物を献上することと考察。結果、「贈り物を献上する」と解読。

・「謝」の“暇乞いをする”は、戦闘状態を終えて一時的に休戦する文意と考察。結果、「休戦を申し入れる」と解読。

・「息」の“停止する”は、「謝」の「休戦を申し入れる」に合わせて「休戦する」と解読。

<②について>
・「息」の“一呼吸するほどの短い時間”は、“一呼吸を置く“意味と解釈して「一呼吸を置く程度の短期間だけでも」と解読。

<③について>
・「来」の“こちら側につき従わせる”は、話の流れから“こちら側”は自軍を指すと考察。結果、「自軍につき従わせる」と解読。

・この敵軍は、自軍との戦いによって“本当に”衰えたため休息を必要としていると推察できる。そのため、これ以上戦えないと意思表示して「精彩を欠いた様子で庇護を望んで過ちを認めて詫びてくる」のである。だからこそ、ねぎらうことで自軍につき従わせることが可能なのだと解釈できる。

<④について>
・「来」の“未来”は、③「庇護を望んで過ちを認めて詫びてくる敵軍には、自軍につき従わせてねぎらう」で記述された敵軍の求めに応じた未来と考察。結果、「休戦した後」と解読。

・「謝」の“人の助けや好意に対して礼を言う”は、休戦に応じた自軍に対して敵軍が礼を言うことと考察。結果、「敵軍が休戦に応じた自軍に対して礼を言う」と解読。

・「休と息」の直訳は“平安と繁殖”となる。この主語を国と解釈すれば、「平安と繁栄」と解読できる。

<⑤について>
・「来たりて委する」は、①「敵軍から使者がやって来て贈り物を献上して休戦を申し入れる」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵軍から使者がやって来て贈り物を献上して休戦を申し入れる」と解読。

・「息」の“消える”は、自軍の前から消えることであるため文意に合わせて「逃亡する」と解読。⑥も同様に解読。

<⑥について>
・「休」の“見捨てる”は、敵将軍が配下の兵士達を見捨てると解釈。結果、「その部隊を見捨てる」と解読。

・「来を委せる」の直訳は“物事の原因について責任を転嫁する”となる。これは、敵軍が逃亡しなければならない事態に陥った責任を転嫁すると解釈できる。その原因は、解読文⑦で記述された“自軍と戦って衰えた部隊”が見捨てられる記述があるため、この衰えた部隊に責任転嫁することがわかる。結果、「逃亡する原因を衰えた部隊に責任転嫁する」と解読。

・この記述は、前線部隊で戦っている部隊が衰えてしまったため、不利な状況に追い込まれたと責任転嫁していると解釈できる。本来、将軍は其五2-4③「正攻法部隊の中で消耗した部隊が生じた時は兵士達を回復させて立て直し、正攻法部隊を構成する各部隊から適切な部隊を正確に判断して前線に出す」に基づいて“戦線の部隊が消耗する前にどんどん入れ替えていくことで部隊の兵力を保つ方法”を実践することが説かれている。前線部隊が衰えてしまう理由は、敵将軍が、この正攻法部隊の戦い方を実践できなかったのだと解釈できる。

<⑦について>
・「謝」の“衰える”は、⑥「解読の注」に基づき「前線で戦って衰えてしまったため」と補って解読。

・「委」の“投げ捨てる”は、話の流れより敵将軍が主語とわかるため、受身形で「敵将軍に投げ捨てられ」と補って解読。

・「者」の“助詞「もの」は、話の流れより捨てられた敵部隊と解釈。結果、「敵部隊」と解読。

・「息」の“繁殖する”は、其九4-10「辭強而進驅者、退也」の「しんがり部隊」同様に取得して自国に寝返らせるのだと解釈すれば、「自軍は兵士数が増える」と解読できる。

<⑧について>
・「委」の“衰える”は、⑦「謝」の“衰える”と同意。結果、「前線で戦って衰える」と解読。

・「謝」の“人の助けや好意に対して礼を言う”の“人”は、話の流れから自国(自軍)と解釈。結果、「自国からの助けや好意に対して礼を言う」と解読。

・「息」は“子供”と“繁殖させる”の掛け言葉と解釈。結果、話の流れを踏まえて「子供を産んで人民を増やす」と解読。

・敵将軍は自分達が逃亡するために前線部隊を見捨てて国の人口と軍隊の兵数を減らすが、自国は見捨てられた敵部隊を庇護することで自軍の兵数を増やすだけでなく、人口を増やすのである。さらに、取得した敵部隊の者達が、自国で家族を持って子供を産めば、将来は益々人口が増えるのである。国家財政の安定を尊重している孫武は、人が国づくりの礎であることを明示し、人口が増えれば国家の労働力が増え、租税も増え、兵数も増えるため、ますます繁栄することを説いたと考察できる。

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