兵は多きを益とするに非ず、武にして進む毋かれ。足るを以て力を併せるに、敵を料して人あらしめて取りて已むなり。

其九5-2

兵非多益、毋武進、足以併力、料敵取人而已。

bīng feī duō yì、wú wŭ jìn、zú yǐ bìng lì、liaò dí qŭ rén ér yǐ。

解読文

①軍隊は兵士数が多いことを利点とせず、強大な武力を掲げて前進してはならない。十分な備えをして戦力を一つにまとめた時、敵軍を挑発して獲物となる敵部隊を出現させて攻め取ることで敵軍の兵士数を減らすのである。

②誤った戦術は利点として賛美してはならない。猛々しく前進して兵士達の脚力と共に戦力が尽きれば、敵軍になぶられて兵士達を攻め取られて戦闘が終わるのである。

③武器で敵兵を殺すことは誤りと考えて、敵軍から獲物となる敵兵達を次々と出現させることを重視するのである。将軍は過去の戦争事例を統計するのであり、意図的に勇猛さを削いだおとり部隊を差し出して、敵軍から獲物となる敵部隊を引き出した時、山のように動かず静止したまま存在に気付かれない奇策部隊は、その敵部隊を攻め取って敵軍の兵士数を減らすことに尽力するのである。

④敵将軍に、自軍の奇正の戦術を錯誤させて戦争での手柄を増やすのである。下僕で隊列を揃えて山の麓から登らせて足跡を残しておくことで、敵に奇策部隊の隠れ場所を誤って推量させるのであり、将軍は、獲物となった敵部隊をその場に停止させた時、奇策部隊に攻め取らせるのである。

⑤戦術の過ちを不必要に増やして実現した計画の数を上回ってはならない。過剰に過去の戦争事例を出し尽くし、無理をしなければ再現できない事例は取り除いて戦術を考えるのである。将軍が、奇策部隊の隠れ場所を誤って推量させた敵部隊を獲物として引き出した時、生きたまま敵を取得する間者は任務を成し遂げるのである。

⑥戦術の過ちによって災いが起こった時は、その災いを一層深めておびただしくしてはならない。正攻法部隊を構成する各部隊を前線に出す時、度を越えて怪我の酷い兵士は除外することを認めるのであり、将軍は思いやりを持ってその兵士を治療して、自軍を整えて敵軍と対峙することを求めるのである。

⑦悪口を言って災いを起こす兵士達は、溢れ出る水に等しくどんどん士気を旺盛にすることを重視するのである。軍事に優れて、災いを起こす兵士達に諫めの言葉を進上できる選り抜きの兵士を起用するのであり、下僕も隊列を整えさせずに管理させれば、災いを起こす兵士達を採用する自軍は敵軍を退けるのである。

⑧災いを起こす兵士達に利益をもたらせば、悪口を言うこと無く、将軍が行う軍事を賛美するのである。人民の収入を満足させる国家事業を行い、下僕までも対等な存在として筋道を正して善悪を整え、男性一人ひとりが妻を得ることで戦争は完全に終わるのである。
書き下し文
①兵は多きを益とするに非ず、武にして進む毋(な)かれ。足るを以て力を併(あわ)せるに、敵を料(りょう)して人あらしめて取りて已(や)むなり。

②非なる兵は益として多とす毋(な)かれ。武たりて進みて足併(なら)びに力の以(や)めば、敵に料(りょう)されて人を取られて已(や)むなり。

③兵すること非として益(あふ)れしむこと多とす。而(なんじ)は已(い)なること料(はか)るなり、武無きものを進めて、敵より人を取るに、足に以(や)めるものは併(しりぞ)けるに力(つと)めるなり。

④兵を非せしめて多(いさお)を益(ま)すなり。力を併(なら)べて足より進めしめて武を以(や)め、敵に料(はか)らしむなり、而(なんじ)は人を已(や)めしむに取らしむなり。

⑤兵の非を多(ま)して益(ま)す毋(な)かれ。足して武を進(つ)くし、力(つと)めることは併(しりぞ)けて以(おも)うなり。而(なんじ)は、料(はか)らしむ敵を取るに、人は已(や)むなり。

⑥非に兵するに、益(ま)して多(おお)くすること毋(な)かれ。武に進めしむに、足して力(はなは)だしきものは併(しりぞ)けること以(おも)うなり、而(なんじ)は人(じん)に已(や)みて、料(はか)りて敵すること取るなり。

⑦非(そし)りて兵するものは、益すること多とするなり。武なりて進めるに足るものを以(もち)いるなり、力も併(なら)べしむこと毋(な)くして料(はか)らしめば、敵を取る而(なんじ)は人を已(や)むなり。

⑧兵するものは益すれば、非(そし)ること毋(な)く、武を多とするなり。進(しん)に足らしむこと以(な)し、併(なら)びに力を敵と料(はか)り、人ごとに取(めと)りて已(や)むなり。
<語句の注>
・「兵」は①軍隊、②戦術、③武器で人を殺す、④⑤戦術、⑥⑦⑧災いする、の意味。
・「非」は①あらず、②誤ったさま、③誤りと思う、④錯誤、⑤⑥過ち、⑦⑧悪口を言う、の意味。
・「多」は①数量がおびただしい、②賛美する、③重視する、④戦争での手柄、⑤不必要に増やす、⑥数量がおびただしい、⑦重視する、⑧賛美する、の意味。
・「益」は①②優れた点、③水が溢れ出る、④増やす、⑤上回る、⑥一層深める、⑦水が溢れ出る、⑧利益をもたらす、の意味。
・「毋」は①②~してはならない、③何もない(「無」と同じ)、④⑤⑥~してはならない、⑦⑧~しない、の意味。
・「武」は①武力が強大なさま、②猛々しい、③勇猛なさま、④足跡、⑤事跡、⑥戦闘、⑦軍事に優れているさま、⑧軍事、の意味。
・「進」は①②前進する、③差し出す、④登る、⑤出し尽くす、⑥(外から内に)入る、⑦諫めの言葉を進上する、⑧収入、の意味。
・「足」は①十分に備わっているさま、②脚力、③④山の麓、⑤⑥度を越えて、⑦~する能力がある、⑧満足するさま、の意味。
・「以」は①~によって、②終える、③④留める、⑤考える、⑥認める、⑦使用する、⑧事を行う、の意味。
・「併」は①一つにまとめる、②一緒に、③取り除く、④列を揃える、⑤取り除く、⑥除く、⑦列を揃える、⑧~までも、の意味。
・「力」は①②力、③尽力する、④下僕、⑤無理に求める、⑥(病気が)ひどい、⑦⑧下僕、の意味。
・「料」は①挑発する、②なぶる、③統計する、④⑤推量する、⑥整える、⑦管理する、⑧理める、の意味。
・「敵」は①②③④⑤戦争や競争で対抗する相手、⑥あたる、⑦災いをなすもの、⑧対等の者、の意味。
・「取」は①②攻め取る、③引き出す、④攻め取る、⑤引き出す、⑥求める、⑦採用する、⑧妻を得る、の意味。
・「人」は①ある人、②民衆、③特定の人、④ある人、⑤優れた人物、⑥思いやり、⑦他人、⑧男性、一人ひとりに、の意味。
・「而」は①②順接の関係を表す接続詞、③④⑤⑥⑦あなた、⑧順接の関係を表す接続詞、の意味。
・「已」は①除く、②終わる、③過去の、④停止する、⑤仕遂げる、⑥治す、⑦退ける、⑧完全に終わる、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「兵非多益、毋武進・・・」以降は欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「人あらしめて取る」の直訳は“ある人を出現させて攻め取る”となる。敵軍を挑発している文意を踏まえれば、奇策部隊が獲物となった敵部隊を攻め取る記述と考察。結果、「獲物となる敵部隊を出現させて攻め取る」と解読できる。

・「已」の“除く”は、奇策部隊が敵部隊を攻め取っている文意を踏まえれば、敵軍から獲物となった敵部隊分の兵士数を減らすことと考察できる。結果、「敵軍の兵士数を減らす」と解読。

<②について>
・「足」の“脚力”は、猛々しく前進する兵士達の脚力と考察。結果、「兵士達の脚力」と解読。

・「以」は“終える”事柄は、猛々しく前進して兵士達の脚力と戦力であるため「尽きる」と解読。

・「已」の“終わる”は、文意から一つの戦闘に区切りがつくことと解釈。結果、「戦闘が終わる」と補って解読。

<③について>
・「益」の“水が溢れ出る”について、孫子兵法における「水」は“兵士(人民)”の喩えとして使用されているため、“兵士達が溢れ出る”と読み替えることができる。また、“溢れ出る”描写は次々と水が流れ出て来る状態、その“水”は奇策部隊の獲物となる敵兵達と解釈。結果、使役形で「敵軍から獲物となる敵兵達を次々と出現させる」と解読できる。

・「已なること料る」の直訳は“過去の事を統計する”となる。これは、其九5-1④「過去の戦争事例から未来を予測する」に関連していると考察し、「過去の戦争事例を統計する」と解読。

・「武無きもの」の直訳は“勇猛さが無い者”となる。これは、其五4-5①「敵を動かすことに熟練した将軍は、お手本を使って意図的に勢いを削いだおとり部隊に心を向かわせて追わせることを必ず実行するのであり、おとり部隊は予め準備するのであり、敵軍から獲物となる敵部隊を引き出すことを必ず実行する」の奇正の戦術を実行することと考察。結果、「意図的に勇猛さを削いだおとり部隊」と解読。

・「敵より人を取る」の直訳は“敵より特定の人を引き出す”となる。これは敵軍から獲物となる敵部隊を引き出すことと考察。結果、「敵軍から獲物となる敵部隊を引き出す」と解読。

・「足に以めるもの」の直訳は“山の麓に留める者”となる。これは、其七4-2①「山」の「奇策部隊が動かず静止したまま存在に気付かれない様子はまるで高くそびえた山の存在に注目する人がいない様子に等しい」に基づけば、「山のように動かず静止したまま存在に気付かれない奇策部隊」と解読できる。

・「併」の“取り除く”は、奇策部隊が獲物となった敵部隊を攻め取って、敵軍から取り除くことと考察。結果、「その敵部隊を攻め取って敵軍の兵士数を減らす」と補って解読。

<④について>
・「兵を非せしめる」の直訳は“戦術を錯誤させる”となる。これは敵将軍に自軍の奇正の戦術を錯誤させることと解釈できるため、「敵将軍に、自軍の奇正の戦術を錯誤させる」と補って解読。

・「以」の“留める”は足跡を残すことと解釈できるため「残しておく」と解読。

・「敵に料らしめる」の直訳は“敵に推量させる”となる。これは、敵に自軍の奇正の戦術を推量させるのであり、下僕を使って工作した足跡によって自軍の奇策部隊が隠れている場所を錯誤させると解釈できる。結果、「敵に奇策部隊の隠れ場所を誤って推量させる」と補って解読。

・「人を已めしむ」の直訳は“ある人に停止させる”となる。これは、獲物となった敵部隊に、奇策部隊の隠れ場所を誤って推し量らせて、その場に停止させることと考察。結果、「獲物となった敵部隊をその場に停止させる」と補って解読。

<⑤について>
・「兵の非を多して益す毋かれ」の直訳は“戦術の過ちを上回ってはならない“となる。この“上回ってはならない”事柄は、其一6-1①「将来に戦争が起こりそうな時、将軍が朝廷で戦略、戦術の計画を立てて勝利を得る要因は、実現した計画が多いことにあるのである」と其一6-2①「将来に戦争が起こりそうな時に将軍が朝廷で戦略、戦術の計画を立てて勝利を得られない要因は、実現した計画が少ないことにあるのである」に基づけば、「戦術の計画」と考察できる。つまり、実現していない計画が、実現した計画を上回れば勝利できない解釈できる。結果、「戦術の過ちを不必要に増やして実現した計画の数を上回ってはならない」と補って解読。

・「武」の“事跡”は、③「過去の戦争事例」と同意と考察。結果、「足して武を進くす」は「過剰に過去の戦争事例を出し尽くす」と解読。

・「力めることは併けて以う」の直訳は“無理に求める事は取り除いて考える”となる。これは「過去の戦争事例」をお手本にしても、無理をしなければ再現できないお手本は取り除いて戦術を考えることと考察。結果、「無理をしなければ再現できない事例は取り除いて戦術を考える」と補って解読。

・「料らしむ敵」の直訳は“推量させる敵”となる。これは④「料」の「敵に奇策部隊の隠れ場所を誤って推量させる」の意味を積み上げていると考察。結果、「奇策部隊の隠れ場所を誤って推量させた敵部隊」と補って解読。

・「取」の“引き出す”は、敵部隊を奇策部隊の獲物として引き出すことと考察。結果、「獲物として引き出す」と補って解読。

・「人」の“優れた人物”は、獲物となった敵部隊を攻め取る奇策部隊を率いる者として其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」と考察できる。結果、「生きたまま敵を取得する間者」と解読。

<⑥について>
・「非」の“過ち”は、⑤「非」の「戦術の過ち」の意味を積み上げていると考察。結果、「戦術の過ち」と解読。

・「武に進めしむ」の直訳は“戦闘に入らせる”となる。これは、其五2-4③「正攻法部隊の中で消耗した部隊が生じた時は兵士達を回復させて立て直し、正攻法部隊を構成する各部隊から適切な部隊を正確に判断して前線に出す」に基づけば、「正攻法部隊を構成する各部隊を前線に出す」と解読できる。

・「足して力だしきもの」の直訳は“度を越えて病気が酷い者”となる。この“病気”は、戦闘によって負傷した兵士達の“怪我”と考察。結果、「度を越えて怪我の酷い兵士」と解読。

・「已」の“治す”は、「度を越えて怪我の酷い兵士」を治療することと考察。結果、話の流れに合わせて「その兵士を治療する」と解読。

・「料りて敵する」の直訳は“整えて対する”となる。話の流れを踏まえれば、怪我の酷い兵士を除外して整えた軍隊で敵軍と対峙することと考察できる。結果、「自軍を整えて敵軍と対峙する」と解読。

<⑦について>
・「非りて兵するもの」の直訳は“悪口を言って災いする者”となる。これは、正攻法部隊を構成する兵士達であり、その属性は其一6-1②「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”を指すことを説いたと考察。“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”を正攻法部隊に採用する理由は、其一6-1②「解読の注」参照。結果、「悪口を言って災いを起こす兵士達」と解読。

・「益」の“水が溢れ出る”は、其四4-5②「決」の“溢れる”で記述された「あぜ道にある水の流れを停滞させて充満して溢れるに等しくどんどん自軍の士気が旺盛になれば整った敵軍は虚を生じる」の意味を積み上げていると考察。結果、「溢れ出る水に等しくどんどん士気を旺盛にする」と補って解読。

・「進」の“諫めの言葉を進上する”は、其九4-27「徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士」が「悪口を言って災いを起こす兵士達」に対して諫めの言葉を進上することと考察。結果、「進めるに足るもの」で「災いを起こす兵士達に諫めの言葉を進上できる選り抜きの兵士」と解読。

・「併」の“列を揃える”は、其九4-27「徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士」が「悪口を言って災いを起こす兵士達」の隊列を整えることと考察。結果、使役形で「隊列を整えさせる」と解読。

・「敵」の“災いをなすもの”は、「悪口を言って災いを起こす兵士達」を指すと考察。結果、「災いを起こす兵士達」と解読。

・「人」の“他人”は、敵兵達を指すと考察。結果、ここでは軍隊を指すと解釈して「敵軍」と解読。

<⑧について>
・「以」の“事を行う”の“事”は、人民の収入を満足させる事柄と解釈すると、其十二5-5⑦「戦争を終えた時、才能と徳を持った将軍は、自国の君主に対して「どうか公の場に出ていただきたい」と願うのであり、聡明な君主は、その国を統治して豊かにできる者として「真心ある国家事業をあまねく実行する」と保証するのである」の国家事業を指すと考察できる。結果、「国家事業を行う」と解読。

・「料」の“理める”は、言葉の意味から“筋道を正して善悪を整える”意味と解釈。結果、「筋道を正して善悪を整える」と解読。

・「敵」の“対等の者”は、下僕を人民と対等の存在と表現したと推察できる。結果、「対等な存在」と解読。

・「人」は、文意より“男性”と“一人ひとりに”の掛け言葉と考察。結果、「男性一人ひとり」と解読。なお、話の流れを踏まえれば、男性の下僕も含まれていると推察できる。

・「已」の“完全に終わる”は、自国が侵略した敵国を統治する文意であることを踏まえて「戦争は完全に終わる」と補って解読。男性一人ひとりが妻を得る話の流れを踏まえれば、自国に仕返ししようとする元敵人民がいなくなり、戦争の火種が完全に消えた状態と解釈できる。

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