夫れ、惟れ慮ること無くして敵を易る者は、必ず人に擒らえらるなり。

其九5-3

夫惟無慮而易敵者、必擒於人。

fú wéi wú lǜ ér yì dí zhě、bì qín yú rén。

解読文

①そもそも、憂えることなく敵を見くびる隊長は、必ず敵将軍に生け捕りにされるのである。

②この敵将軍に生け捕りにされる隊長は自説にしがみつくのであり、大抵は考えること無く、簡単に攻撃しがちである。

③簡単に攻撃する兵士達は成年に達して役務や肉体労働に従事する者であるから、深く考えること無く軽率であり、自説にしがみつく隊長が原因となってどうしても捕虜になる。

④成年に達して役務や肉体労働に従事する兵士達は、仮に敵に憂えても常軌を失う存在であり、必ず敵軍に打ち勝とうとするのである。

⑤この必ず敵軍に打ち勝とうとする兵士達は、もしも、犯罪の経歴を調べれば、災いをなす存在が蔓延しているのである。

⑥この災いをなす存在となる兵士達は、占いの官のように協議することを蔑ろにするのであり、必ず、徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士によって、敬虔の心を継承して純粋で精神力のある性格にして従わせなければならないのである。

⑦この占いの官に等しい兵士達は、戦略、戦術の計画を無視して自説にしがみついて、敵将軍に生け捕りにされるのである。

⑧成年に達して役務や肉体労働に従事する兵士達は戦略、戦術の計画を無視するとはいえ、将軍が変化させて敵軍に対峙させれば、敵軍に打ち勝つ条件を確固たるものにするのである。
書き下し文
①夫(そ)れ、惟(こ)れ慮(おもんぱか)ること無くして敵を易(あなど)る者は、必ず人に擒(と)らえらるなり。

②夫(か)の人に擒(と)らえらる者は必するなり、慮(おおむ)ね惟(おも)うこと無くして敵し易し。

③敵する者は夫(おとこ)を惟(もっ)て、慮(おもんぱか)ること無くして易し、人に於いて必ず擒(とりこ)になる。

④夫(おとこ)は、惟(こ)れ無(も)し敵に慮(おもんぱか)るも易(か)わる者なり、必ず人に擒(か)たんとするなり。

⑤夫(か)の必ず人に擒(か)たんとする者は、惟(こ)れ無(も)し慮(りょ)すれば敵の易(ひ)くなり。

⑥夫(か)の敵たる者は、惟(こ)れ易の而(ごと)く慮(おもんぱか)ること無(なみ)するなり、必ず人に擒(か)つなり。

⑦夫(か)の易に敵なる者は、惟(こ)れ慮(おもんぱか)りを無(なみ)して必して、人に擒(と)らえらるなり。

⑧夫(おとこ)に慮(おもんぱか)りを無(なみ)すると惟(いえど)も、而(なんじ)は易(か)えしめて敵せしめば、人に擒(か)つこと必するなり。
<語句の注>
・「夫」は①そもそも、②この、③④成年に達して役務や肉体労働に従事する人、⑤⑥⑦この、⑧成年に達して役務や肉体労働に従事する人、の意味。
・「惟」は①~である、②考える、③~であるから、④⑤⑥⑦~である、⑧~とはいえ、の意味。
・「無」は①②③無い、④仮に~としても、⑤もしも、⑥蔑ろにする、⑦⑧無視する、の意味。
・「慮」は①憂える、②大抵、③深く考える、④憂える、⑤犯人の罪状を取り調べ記録する、⑥協議する、⑦⑧打算、の意味。
・「而」は①②③順接の関係を表す接続詞、④逆接の関係を表す接続詞、⑤条件関係を表す接続詞、⑥~のように、⑦順接の関係を表す接続詞、⑧あなた、の意味。
・「易」は①見くびる、②簡単に~しがちである、③軽率なさま、④変動して常軌を失う、⑤蔓延する、⑥⑦占いの官、⑧変化する、の意味。
・「敵」は①戦争や競争で対抗する相手、②③攻撃する、④戦争や競争で対抗する相手、⑤⑥災いをなすもの、⑦等しい、⑧あたる、の意味。
・「者」は①②③④⑤⑥⑦助詞「もの」、⑧仮定表現の助詞の意味、の意味。
・「必」は①きっと、②自説にしがみつく、③どうしても、④⑤きっと、⑥必ず~しなければならない、⑦自説にしがみつく、⑧立場を確かにする、の意味。
・「擒」は①②生け捕りにする、③生け捕られた人、④⑤うち勝つ、⑥倒し従わせる、⑦生け捕りにする、⑧うち勝つ、の意味。
・「於」は①②~によって~される、③~に従って、④⑤~に、⑥~によって、⑦~によって~される、⑧~に、の意味。
・「人」は①②ある種の職能を持つ特定の人、③ある人、④⑤他人、⑥一人前の人、⑦ある種の職能を持つ特定の人、⑧他人、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「者」の“助詞「もの」”は、其九5-3全体の文意より、兵士達を率いる「隊長」と解読できる。

・「人」の“ある種の職能を持つ特定の人”は、敵を見くびる隊長を生け捕る人であるため、生け捕りにする戦術を駆使する立場の敵と解釈。結果、「敵将軍」と解読。②⑦も同様に解読。

<②について>
・特に無し。

<③について>
・「人」の“ある人”は、攻撃する兵士達を率いる隊長と考察。②「敵将軍に生け捕りにされる隊長は自説にしがみつく」からの繋がりを考慮して、「自説にしがみつく隊長」と解読。

<④について>
・「人」の“他人”は、敵兵達を指すと考察。結果、ここでは軍隊を指すと解釈して「敵軍」と解読。⑤⑧も同様に解読。

<⑤について>
・「慮」の“犯人の罪状を取り調べ記録する”は、過去形に記録された罪状を調べる意味と解釈して「犯罪の経歴を調べる」と解読。

<⑥について>
・「人」は“一人前の人”は、文意より其九4-27⑥「徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士は周到に行き届いており、敵国の人々を虐げる兵士達を指導して敬虔の心を継承して、純粋で精神力のある性格の兵士にするのである」の「徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士」を指すと考察。結果、「徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士」と解読。

・「擒」の“倒し従わせる”は、「徹底的に鍛えられた選り抜きの兵士」が「災いをなす兵士達」の性格を倒して、其九4-27⑥「敬虔の心を継承して、純粋で精神力のある性格の兵士にする」を実現することと考察。結果、「敬虔の心を継承して純粋で精神力のある性格にして従わせる」と解読。

<⑦について>
・「慮」の“打算”は、話の流れより、其一6-1①「将来に戦争が起こりそうな時、将軍が朝廷で戦略、戦術の計画を立てて勝利を得る要因は、実現した計画が多いことにあるのである」にある「計画」と解釈できるため、「戦略、戦術の計画」と解読。⑧も同様に解読。

<⑧について>
・「易」の“変化する”は、其九4-27⑧「兵士達に、敵軍に対する荒々しい闘争心を湧かせて恐怖心は後回しにして考えさせなければ、大いに活気溢れた勢いが最も極まった状態に達するのである」を実現した結果と考察できる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。