槫なる卒の、已に親しみに罰せらること不く行わば、則ち不いに用いるなり。

其九5-5

卒已槫親而罰不行、則不用。

zú yǐ tuán qīn ér fá bù xíng、zé bù yòng。

解読文

①中隊を編制する兵士達が、もはや下級役人から処罰されることなく任務に従事しているならば、大いに法規を遵守しているのである。

②法規を大いに遵守する中隊は、中隊長と下級役人が厳格過ぎて兵士達の心が離れて去っていくため、処罰したことが無いだけである。

③中隊長が可愛がる兵士が存在することを理由にして、その中隊を処罰することが無ければ、やがてその中隊は法規を遵守しなくなるだろう。

④法規を遵守しない中隊は、下級役人を除外して慣れ合っているのであり、将軍は大いに巡視させて罰金を取るのである。

⑤将軍によって罰金を取られた中隊は、これまでの慣れ合いを大いに改心して、やがて大いに力を尽くして模範となるだろう。

⑥兵士を鞭打ったことがない決まりが広まって、将軍を信頼する志願者が集まった時は大いに採用するのである。

⑦将軍を信頼する志願者が集まった新参の兵士達は、古参の行動を模範として処罰されること無く、大いに力を尽くすのである。

⑧自国の法規に上手く適合できずに去った兵士が出現すれば、親類を集めて大いに罰金を取るのである。
書き下し文
①槫(たん)なる卒の、已(すで)に親しみに罰せらること不(な)く行わば、則ち不(おお)いに用いるなり。

②則を不(おお)いに用いる卒は、而(なんじ)と親しみの槫(たん)して行(ゆ)き、罰せざるのみ。

③而(なんじ)に親しむ卒あること已(もっ)て、槫(たん)を罰すること不(な)ければ、行(ゆくゆく)則(そく)を用いざらん。

④則(そく)を用いざる卒は、親しみを已(や)みて槫(たん)なり、而(なんじ)は不(おお)いに行(めぐ)らしめて罰するなり。

⑤而(なんじ)に罰せらる卒は、已(い)なる槫(たん)を不(おお)いに親(あら)たにして、行(ゆくゆく)不(おお)いに用いて則(そく)たらん。

⑥卒を罰せざる則(そく)の行いて、而(なんじ)の親しみ槫(たん)するに不(おお)いに用いるのみ。

⑦而(なんじ)の親しみ槫(たん)する卒は、行いに則(のっと)りて罰されること不(な)く、不(おお)いに用いるのみ。

⑧則(そく)を用いざりて行く卒あるは、親を槫(たん)して不(おお)いに罰するのみ。
<語句の注>
・「卒」は①兵士、軍隊の編制単位で百人、②軍隊の編制単位で百人、③兵士、④⑤軍隊の編制単位で百人、⑥⑦⑧兵士、の意味。
・「已」は①もはや、②~だけである、③~を理由にして、④除く、⑤これまでの、⑥⑦⑧~なのである、意味。
・「槫」は①集める、②円い、③集める、④⑤円い、⑥⑦集まる、⑧集める、の意味。
・「親」は①②信頼する人、③可愛がる、④信頼する人、⑤新しく改める、⑥⑦信頼する人、⑧親類、の意味。
・「而」は①順接の関係を表す接続詞、②③④⑤⑥⑦あなた、⑧順接の関係を表す接続詞、の意味。
・「罰」は①②③処罰する、④⑤罰金を取る、⑥鞭打つ、⑦処罰する、⑧罰金を取る、の意味。
・1つ目の「不」は①無い、②~したことがない、③無い、④⑤大いに、⑥~したことがない、⑦無い、⑧大いに、の意味。
・「行」は①従事する、②去ってゆく、③やがて、④巡視する、⑤やがて、⑥広まる、⑦行動、⑧去ってゆく、の意味。
・「則」は①~ならば、②③④条文、⑤模範、⑥決まり、⑦模範とする、⑧条文、の意味。
・2つ目の「不」は①②大いに、③④~しない、⑤⑥⑦大いに、⑧~しない、の意味。
・「用」は①②③④従い守る、⑤力を尽くす、⑥採用する、⑦力を尽くす、⑧上手く適合する、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「槫なる卒」は、「卒」を“兵士”の意味とすれば“集める兵士達”となる。これは、其三1-1①「卒」の「中隊」を指すと考察できる。結果、「中隊」の意味を残すために「中隊を編制する兵士達」と解読。そのため、「卒」は“兵士”と“軍隊の編制単位で百人”の掛け言葉と解釈。

・「親」の“信頼する人”の“人”は、其九5-4①「卒」等の「下級役人」を指すと考察。結果、簡潔に「下級役人」と解読。②④も同様に解読。

・「用」の“従い守る”の対象は、其九5-4①「用」の「法規を遵守する」の意味を積み上げていると考察。結果、「法規を遵守する」と補って解読。

<②について>
・「則」の“条文”は、其一2-7②「法」の「法規」と同意と考察。結果、「法規」と解読。③④⑧も同様に解読。

・「卒」の“軍隊の編制単位で百人”は、其三1-1①「卒」の「中隊」を指すと考察。結果、「中隊」と解読。④⑤も同様に解読。

・「而」の“あなた”は、「中隊」を率いる将と解釈できるため、「中隊長」と解読。③も同様に解読。

・「槫」の“円い”は、文字通り「まるい」形状を表現しているのではなく、其五5-3②「円」の「正しさが厳格過ぎれば人民の心は自国から離れていく」の意味を積み上げていると考察できる。結果、「厳格過ぎて兵士達の心が離れる」と解読。③も同様に解読。

・「行」の“行動”は処罰する対象だが、単に行動では曖昧なため文意に合わせて「兵士達の行動」と補って解読。

<③について>
・「槫」の“集める”は、①「槫」の「中隊を編制する兵士達」であり、中隊長が可愛がる兵士が含まれた“集まり”を指すと考察。結果、「槫」で名詞扱いとして「その中隊」と簡潔に解読。

<④について>
・「槫」の“円い”は、文字通り「まるい」形状を表現しているのではなく、其五5-3④「円」の「兵士達の心が自軍から離れていくならば慣れ合いの感情が広まっている」の意味を積み上げていると考察できる。結果、「慣れ合っている」と解読。

・「而」の“あなた”は、中隊を巡視させる権限のある者であるため将軍を指すと推察。結果、「将軍」と解読。⑤⑥⑦も同様に解読。

・「将軍は大いに巡視させて罰金を取る」は、其九4-26⑤「自軍が兵士達の過ちによって行き詰まれば、規律に従って罰金を取るのである」から類推し、「罰」は“罰金を取る”の意味とした。

<⑤について>
・「槫」の“円い”は、④「慣れ合っている」を名詞扱いにして、「槫」で「慣れ合い」と解読。

・「親」の“新しく改める”は、慣れ合う関係を新しく改めることと解釈できるため「改心する」と解読。

<⑥について>
・「親」の“信頼する人”の“人”は、将軍を信頼して兵士に志願してくる人民等と考察。結果、「信頼する志願者」と解読。⑦も同様に解読。

<⑦について>
・「卒」の“兵士”は、⑥「将軍を信頼する志願者」であるため新参者であると考察できる。結果、「新参の兵士達」と解読。

・「行」の“行動”は、「新参の兵士達」が模範する対象と解釈できるため、「古参の行動」と補って解読。

・解読文⑥⑦は、自軍の「決まり」が他国に広まる効果について記述されていると解釈することもできる。その場合、其一2-7①「法規やお手本とは、道理に背く言動を抑えて従わせ、公有して人民を指導し、物事を処理する時に使用するのである」で説かれている「公有」が該当し、自国内に制限されるものではなく、他国に広まれば広まるほど”人民が集まる利点“になることが説かれていると解釈し得る。

<⑧について>
・「罰」の解釈について、“処罰する”と解読しても良いが、「罰」の意味として漢辞海に記載される処罰方法は“鞭打つ”と“罰金を取る”の二種類。孫子兵法全般通じて“鞭打つ”方法は選択しないと考察できるため、「罰金を取る」を選択して解読。

・この記述にある「親類を集める」方法は、其九5-4⑧に登場する「親類の情報を追加した兵士の名簿」である。其九5-4⑧「解読の注」の「兵士達は任務を放棄することや、国に背くような言動はできなくなる」解釈は、この記述からも適当と判断できる。

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