令は素より教えを以すものなり、其の民に行われば、民は服すなり。

其九6-1

令素行以教其民者、民服。

lǐng sù xíng yǐ jiaò qí mín zhě、mín fù。

解読文

①法規や決まりは、日頃から政治による教化を行うものであり、敵国の人間にまで広まれば、敵国の奴隷が感心するのである。

②奴隷は命令を実行する役割なので、仮に人民が指示するならば大人しく従うのである。

③士官もせず身分もなく貧しい奴隷に、指摘される原因となる行動があれば、敵国の人民が奴隷に罰を引き受けさせる存在である。

④名義だけで実質や実権を備えておらず、その時々で作成される指令文書を法規や決まりと見なして、敵国の人民は奴隷に処罰を実行するのである。

⑤名義だけで実質や実権を備えていない処罰命令は、指摘された奴隷が敵国を去ってゆく原因となり、人間として扱われることに憧れるのである。

⑥人間として扱われることに憧れる奴隷は、流れてきた真心のある法規や決まりを心に留め、やはり主人である人民にその法規や決まりを伝えるだろう。

⑦広まった真心のある法規や決まりによって敵国の人民を教え導けば、その人民は奴隷と共に降服してくるのである。

⑧真心のある法規や決まりを流布して、政治による教化を敵国にまで及ぼせば、敵国の人民と奴隷を取得できる将軍になるだろう。
書き下し文
①令は素(もと)より教えを以(な)すものなり、其の民に行われば、民は服すなり。

②民は令を行う素を以て、其れ民の教えれば服(したが)うなり。

③素なるものに教えられる以(ゆえ)の行いあれば、其の民は民に服せしむ者なり。

④素なりて、行(あん)なる教を令と以(おも)いて、其の民は民に服するなり。

⑤素なる令は、教えらる民の其の行く以(ゆえ)たり、民たること服す者なり。

⑥民なること服す者は、行(ゆ)く素なる令を以(や)め、其れ民に教えんとする。

⑦行わる素なる令を以て其の民を教えれば、民と服するなり。

⑧素なること行いて、教えを以(およ)ばしめば、其の民と民を服す者たらん。
<語句の注>
・「令」は①法令、おきて、②命令、③仮にAがBを動詞したならば、④法令、おきて、⑤命令、⑥⑦法令、おきて、⑧仮にAがBを動詞したならば、の意味。
・「素」は①日頃から、②事物を構成する基本の成分、③士官もせず身分もなく貧しいさま、④⑤名義だけで実質や実権を備えないさま、⑥⑦⑧真心、の意味。
・「行」は①広まる、②実行する、③行動、④臨時の、⑤去ってゆく、⑥流れる、⑦広まる、⑧流布する、の意味。
・「以」は①事を行う、②~ので、③原因、④見なす、⑤原因、⑥留める、⑦~によって、⑧押し及ぶ、の意味。
・「教」は①政治による教化、②指示する、③指摘する、④上級から下級に発する指令文書、⑤指摘する、⑥知識や技術を伝授する、⑦教え導く、⑧政治による教化、の意味。
・「其」は①敵の代名詞、②仮に~(ならば)、③④⑤敵の代名詞、⑥やはり、⑦⑧敵の代名詞、の意味。
・1つ目の「民」は①人間、②③④(統治されている)庶民、⑤奴隷、⑥⑦⑧(統治されている)庶民、の意味。
・「者」は①②仮定表現の助詞、③④⑤⑥助詞「もの」、⑦仮定表現の助詞、⑧助詞「もの」、の意味。
・2つ目の「民」は①②③④奴隷、⑤⑥人間、⑦⑧奴隷、の意味。
・「服」は①感心する、②大人しく従う、③(労役や罰を)引き受ける、④施行する、⑤⑥慕う、⑦降伏する、⑧身につける、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「令」は“法令”と“おきて”の掛け言葉と解釈。“法令”は其一2-7②「法」の「法規」と同意と考察、“おきて”は其九5-5⑥「兵士を鞭打ったことがない決まり」のように直接的には明文化されていない「決まり」もあると考察した。結果、「法規や決まり」と解読。④⑥⑦も同様に解読。

・この記述から、当時の奴隷は鞭打つ処罰等が一般的であったと推察できる。鞭打たれる立場の奴隷だからこそ、鞭打つことがない法規や決まりに対して感心を持つと推察できる。

<②について>
・「素」の“事物を構成する基本の成分”は、奴隷の性質を指すと考察。話の流れを踏まえれば、奴隷の役割が記述されているとわかる。結果、「役割」と解読。

<③について>
・「素なるもの」の直訳は“士官もせず身分もなく貧しい者”となる。これは、①②「奴隷」を指すと考察。結果、「士官もせず身分もなく貧しい奴隷」と解読。

<④について>
・「行」の“臨時の”は、“その時その時の状況に応じて”の意味と解釈して「その時々で作成される」と解読。

・「教」の“上級から下級に発する指令文書”は、処罰内容を記した文書と解釈。結果、簡潔に「指令文書」と解読。

・「服」の“施行する”は、「指令文書」に記された処罰内容を実行することと考察。結果、「処罰を実行する」と解読。つまり、奴隷が問題行動を起こした時は、その奴隷の主人である人民が「指令文書」に基づいて処罰を実行するのだと推察できる。

<⑤について>
・「令」の“命令”は、④「敵国の人民は奴隷に処罰を実行する」からの話の流れを踏まえて「処罰命令」と補って解読。

・「民たること服す」の直訳は“人間になることを慕う”となる。これは、理不尽な処罰を受けている奴隷が、非人道的な扱いを受けることに不満を持っており、人間として扱われることに憧れていたと解釈。結果、「人間として扱われることに憧れる」と解読。⑥も同様に解読。

<⑥について>
・「以」の“留める”は、情報として流れてきた自国の真心のある法規や決まりが対象と考察。耳にした奴隷が真心のある法規や決まりを心に留めることと解釈し、「心に留める」と解読。

・「民」の“(統治されている)庶民”は、奴隷との主従関係がわかるように「主人である人民」と解読。

・「教」の“知識や技術を伝授する”は、文意から奴隷から主人に対する発言であるため、簡潔に「伝える」と解読。

・この記述から、鞭打って処罰される奴隷が、鞭打たない処罰を採用している自国の情報を伝えることがわかる。しかし、全ての奴隷が主人に意見できたとは思えないため、主人側が奴隷に対して同情心を持っている場合に限定されると推察する。

<⑦について>
・「民と服する」の直訳は“奴隷と降服する”となる。文意がわかりやすくするため、「その人民は奴隷と共に降服してくる」と補って解読。

・⑥「解読の注」で解説したように「主人側が奴隷に対して同情心を持っている」ため、奴隷の意見を受け入れて自国に降服してくるのだと解釈できる。この解釈から、主人と奴隷の関係ではあるが主人は奴隷の意見を信用しているため、その主人は奴隷を人間として扱っていると読み取れる。つまり、「真心のある法規や決まり」が広まると、身分に関わらず人間を大切にする人民が集まる利点があるのだと推察できる。

<⑧について>
・「素なること」は、⑦「素」の「真心のある法規や決まり」を指すと考察。結果、「真心のある法規や決まり」と解読。

・「以」の“押し及ぶ”は、政治による教化の影響を及ぼす意味と解釈できる。影響を及ぼす範囲が敵国であることを踏まえて、「敵国にまで及ぼす」と補って解読。

・「服」の“身につける”は、敵国の人民と奴隷を自国の人民として身につけることと解釈して、「取得できる」と解読。

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