素ありて行わざる者に、民は服わざるなり。

其九6-2

素不行者、民不服。

sù bù xíng zhě、mín bù fù。

解読文

①真心を持って奴隷を扱わない人民に、奴隷は大人しく従わないのである。

②奴隷が大人しく従わない人民は、日頃から大いに奴隷を働かせるのである。

③大いに奴隷を働かせる人民は、奴隷に大いに無意味な罰を引き受けさせるのである。

④奴隷に大いに無意味な罰を引き受けさせる人民は無位無官であり、官職に採用されたことがないのである。

⑤官職に採用されない人民は、人間を探求して学習することがない。

⑥人間を探求して学習することがない者は、未来を予測して、前もって行動することがないのである。

⑦前もって行動することがない者に対して、人民は大人しく従わないのである。

⑧将軍が、未来を予測して前もって大いに行動すれば、兵士達は大いに感心して任務に従事するのである。
書き下し文
①素ありて行わざる者に、民は服(したが)わざるなり。

②民の服(したが)わざる者は、素(もと)より不(おお)いに行わしむなり。

③不(おお)いに行わしむ者は、民に不(おお)いに素(むな)しく服せしむなり。

④民に不(おお)いに服せしむ者は素なり、行われざるなり。

⑤行われざる者は、民を素(もと)めて服せず。

⑥民に服さざる者は、素(もと)より行うこと不(な)きなり。

⑦素(もと)より行うこと不(な)き者に、民は服(したが)わざるなり。

⑧素(もと)より不(おお)いに行えば、民は不(おお)いに服(したが)うなり。
<語句の注>
・「素」は①真心、②日頃から、③無意味に、④無位無官であるさま、⑤探求する、⑥⑦⑧前もって、の意味。
・1つ目の「不」は①~しない、②③大いに、④⑤~したことがない、⑥⑦無い、⑧大いに、の意味。
・「行」は①使用する、②③従事する、④⑤採用する、⑥⑦⑧行動、の意味。
・「者」は①②③④⑤⑥⑦助詞「もの」、⑧助詞「こと」、の意味。
・「民」は①②③④奴隷、⑤⑥人間、⑦⑧(統治されている)庶民、の意味。
・2つ目の「不」は①②~しない、③④大いに、⑤⑥無い、⑦~しない、⑧大いに、の意味。
・「服」は①②大人しく従う、③④(労役や罰を)引き受ける、⑤⑥学習する、⑦大人しく従う、⑧感心する、従事する、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「素不行以教其民、則民不服。」と「者」がなく、「以教其民、則」が入るが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には、八通りの書き下し文と解読文がある。①~⑧と付番して、以下、それぞれについて解説する。

<①について>
・「者」の“助詞「もの」は、其九6-1からの話の流れを踏まえると、奴隷を使用している人民と解釈。結果、「人民」と解読。

・「行」は“使用する”は、其九6-1⑤「名義だけで実質や実権を備えて処罰命令は、指摘された奴隷が敵国を去ってゆく原因となり、人間として扱われることに憧れるのである」等から類推すれば、人民が奴隷を扱うことと考察できる。結果、「奴隷を扱う」と補って解読。

<②について>
・「行」の“従事する”は、この意味をそのまま使用すると奴隷が任務を請け負っている印象が生じるため、使役形で「働かせる」と言い換えた。

<③について>
・「行」の“従事する”は、②「行」の「奴隷を働かせる」の意味を積み上げていると考察。結果、使役形で「奴隷を働かせる」と解読。

<④について>
・「行」の“採用する”は、罰を引き受けさせる人民が無位無官である文意に合わせると、受身形で「官職に採用される」と補って解読できる。⑤も同様に解読。

<⑤について>
・「民」の“人間”は、人間が歩んできた歴史、人間が行ってきた過去のあらゆる事跡、人間の心理など多様に解釈でき、そのいずれも学習の対象になり得るため除外するべきではない判断。結果、抽象的な表現だが「人間」とそのまま解読した。⑥も同様に解読。

<⑥について>
・「民に服さざる」の直訳は“人間を学習しない”となる。これは、⑤「人間を探求して学習することがない」の意味を積み上げていると考察し、「人間を探求して学習することがない」と補って解読。

・「人間を探求して学習することがない人民」は、過去から学ばないと解釈できる。つまり、其九5-1④「将軍は大いに戦況が一致する過去の戦争事例から未来を予測する」に関連していると考察できる。結果、「未来を予測して、」と補った。

・「行」の“行動”は、書き下し文で“行い”と記述する名詞。しかし、ここでは動詞扱いされているため、“行う”の動詞活用によって「行動する」と解読した。⑦⑧も同様に解読。

<⑦について>
・特に無し。

<⑧について>
・解読文⑧は、解読文⑦までを踏まえて、軍隊を統率する教えがまとめられていると考察。結果、主語として「将軍が」と補った。

・「民」の“庶民”は、ここまで「人民」と解読してきたが、解読文⑧は軍隊に関する内容と解釈して「兵士達」とした。

・解読文⑥同様に「未来を予測して」と補った。

・「服」は、話の流れより“感心する”と“従事する”の掛け言葉と解釈。結果、「感心して任務に従事する」と補って解読。

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