挂に刑る者は、敵の備えること無くして出でんとすれば而ち之をして勝たしむなり。敵の若し備えを有ちて出れば而ち勝たざるなり、難き以は、返るもの不いに利たればなり。

其十1-5

挂刑者、敵無備出而勝之。敵若有備出而不勝、難以返不利。

guà xíng zhě、dí wú bèi chū ér shèng zhī。dí ruò yoǔ bèi chū ér bù shèng、nán yǐ fǎn bù lì。

解読文

①移動しづらい障害物があって敵部隊を謀り取りやすい戦地の型「挂」をお手本にする将軍は、敵軍が用心すること無く戦地の型「挂」から元の場所に戻ろうとするならば奇策部隊にその敵軍を打ち破らせるのである。仮に敵軍が警戒心を持って戦地の型「挂」から元の場所に戻るならばその敵軍は打ち破らないのであり、その敵軍を打ち破ることが難しい理由は、戦地の型「挂」から元の場所に戻る敵兵達の士気が大いに旺盛で切れ味の鋭い武器になっているからである。

②将軍が戦地の型「挂」で策を立てる時は、敵軍に無視させた謀り取る奇策部隊を整え治めてあまねく行き渡らせ、その敵軍を既に滅ぼされた状態に至らせるのである。仮に敵軍が警戒心を持っているならば、策を立てた将軍は奇策部隊を大いに忍ばせておくのであり、その敵軍を留めることは難しいと考えて戦地の型「挂」から元の場所に戻らせた方が大いに都合が良いのである。

③敵軍に無視させることに成功した奇策部隊は、敵兵達に警戒心を無くさせて、残らず戦地の型「挂」に到達させるのである。奇策部隊の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっているならば、歯向かうことを選択する敵兵が現れても、ことごとくその敵兵を大いに打ち破ることができるのであり、恐れをなして歯向かうことを止めれば敵国から自国に寝返らせるのである。

④警戒心を無くした敵軍の気を引くことに成功する兵士は、用心しながら現れても攻撃すること無く身を隠すのである。その敵軍が素直に従えば大いに打ち破ることができるのであり、捕虜にした敵兵達は敵国との関係を断ち切らせて自軍に編制するのである。自国に寝返ることを拒む敵兵が存在すれば、大いなる礼物を使って敵国から自国に寝返らせるのである。
書き下し文
①挂(かい)に刑(のっと)る者は、敵の備えること無くして出(い)でんとすれば而(すなわ)ち之をして勝たしむなり。敵の若(も)し備えを有(たも)ちて出れば而(すなわ)ち勝たざるなり、難(かた)き以(ゆえ)は、返(かえ)るもの不(おお)いに利たればなり。

②而(なんじ)出(い)だすに、敵に無(なみ)せしむ挂(か)く者を刑(おさ)めて備わらしめ、勝(しょう)たるに之(いた)らしむなり。敵の若(も)し備えを有(たも)てば、出(い)だす而(なんじ)は不(おお)いに勝(た)えしむなり、以(や)むこと難(かた)しとして返(かえ)らしむこと不(おお)いに利(よろ)しきなり。

③敵に無(なみ)せしむこと刑(な)る者は、備えを出さしめて、而(よ)く勝(あ)げて挂(かい)に之(いた)らしむなり。不(おお)いに利たらば、敵すること若(えら)ぶ有(ゆう)の出(い)づも、備(つぶさ)に而(よ)く不(おお)いに勝つなり、難(おそ)れて以(や)めれば返(かえ)しむなり。

④之に挂(か)かしむこと刑(な)る者は、備えて出(い)づも敵すること無くして勝(た)えるなり。敵の若(したが)えば而(よ)く不(おお)いに勝つなり、有(たも)つものは出(い)でしめて備えるなり。難(はば)むものあれば、不(おお)いなる利を以(もち)いて返(かえ)しむなり。
<語句の注>
・「挂」は①ひっかかる、謀り取る、②謀り取る、③ひっかかる、謀り取る、④気にかかる、の意味。
・「刑」は①手本にする、②整え治める、③④成功する、の意味。
・「者」は①②③④助詞「もの」、の意味。
・1つ目の「敵」は①②③戦争や競争で対抗する相手、④攻撃する、の意味。
・「無」は①無い、②③無視する、④無い、の意味。
・1つ目の「備」は①用心する、②あまねく行き渡る、③警戒、④用心する、の意味。
・1つ目の「出」は①内から外へ行く、②策を立てる、③追放する、④現れる、の意味。
・1つ目の「而」は①仮定条件の接続詞、②あなた、③~できる、④順接の関係を表す接続詞、の意味。
・1つ目の「勝」は①敵を打ち破る、②既に滅ぼされたさま、③残らず、④忍ぶ、の意味。
・「之」は①彼ら、②③ある地点や事情に達する、④代名詞、の意味。
・2つ目の「敵」は①②戦争や競争で対抗する相手、③歯向かう、④戦争や競争で対抗する相手、の意味。
・「若」は①②仮に~であれば、③選択する、④素直に従う、の意味。
・「有」は①②持つ、③存在、④手に入れる、の意味。
・2つ目の「備」は①②警戒、③ことごとく、④人数に加える、の意味。
・2つ目の「出」は①内から外へ行く、②策を立てる、③現れる、④関係を断ち切る、の意味。
・2つ目の「而」は①仮定条件の接続詞、②あなた、③④~できる、の意味。
・1つ目の「不」は①~しない、②③④大いに、の意味。
・2つ目の「勝」は①敵を打ち破る、②忍ぶ、③④敵を打ち破る、の意味。
・「難」は①難しい、②難しいと思う、③恐れをなす、④拒む、の意味。
・「以」は①理由、②留める、③終える、④使用する、の意味。
・「返」は①②元に戻る、③④取り替える、の意味。
・2つ目の「不」は①②③④大いに、の意味。
・「利」は①鋭い、②都合が良い、③鋭い、④富、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。なお、「刑篇」同様に「形」は「刑」と置き換えた。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「挂」は、其十1-1①「挂」で記述された「移動しづらい障害物があって敵部隊を謀り取りやすい戦地の型「挂」がある」の意味を積み上げていると考察。結果、「挂」で「移動しづらい障害物があって敵部隊を謀り取りやすい戦地の型「挂」」と解読。

・1つ目と2つ目の「出」の“内から外へ行く”は、其十1-4③「敵軍を戦地の型「挂」に送り届けた後に「気にかかる」と言わせるのであり、元の場所に戻ろうとすれば奇策部隊が武力で攻め取るのである」で記述された元の場所に戻ろうとする敵軍の動きを指すと考察できる。結果、「戦地の型「挂」から元の場所に戻る」と補って解読。

・「之」の“彼ら”は、其十1-4③「奇策部隊が武力で攻め取るのである」の“奇策部隊”を指すと考察。結果、「奇策部隊」と解読。

・1つ目と2つ目の「勝」の“敵を打ち破る”は、其十1-4③「奇策部隊が武力で攻め取るのである」の“武力で攻め取る”を指すと考察。結果、話の流れに合わせて「その敵軍を打ち破る」と補って解読。

・「難」の“難しい”は、話の流れより戦地の型「挂」から元の場所に戻る敵軍を打ち破ることを難しくさせると考察できる。結果、「その敵軍を打ち破ることが難しい」と補って解読。

・「返」の“元に戻る”は、1つ目と2つ目の「出」と同意。結果、「返るもの」で「戦地の型「挂」から元の場所に戻る敵兵達」と補って解読。

・「利」の“鋭い”は、其七6-2②「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器」を指すと考察。結果、話の流れに合わせて「士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっている」と解読。

<②について>
・1つ目の「出」の“策を立てる”は、話の流れより戦地の型「挂」で策を立てることと考察できる。結果、「戦地の型「挂」で策を立てる」と補って解読。

・「挂く者」の直訳は“謀り取る者”となる。これは其十1-4②「移動しづらい障害物があって敵部隊を謀り取りやすい戦地の型「挂」であれば、敵軍を赴かせて留めさせた時、奇策部隊が武力で攻め取って敵国から自国に寝返らせることができるのである」に基づけば、奇策部隊を指すと考察できる。結果、「謀り取る奇策部隊」と解読。

・「返」の“元に戻る”は、①「返」同様に解釈。結果、使役形で「戦地の型「挂」から元の場所に戻らせる」と補って解読。

<③について>
・「備えを出さしむ」の直訳は“警戒を追放させる”となる。これは、戦地の型「挂」に送り届けた敵軍が警戒心を無くさせることと考察。結果、「敵兵達に警戒心を無くさせる」と解読。

・「挂」は、①「挂」同様に「移動しづらい障害物があって敵部隊を謀り取りやすい戦地の型「挂」」と解釈。但し、ここでは冗長にならないように「戦地の型「挂」」と解読。

・「利」の“鋭い”は、①「利」同様に「士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっている」と考察。但し、ここでは主語が奇策部隊であるため、「奇策部隊の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器になっている」と解読。

・「敵すること若ぶ有」の直訳は“歯向かうことを選択する存在”となる。この“存在”は、戦地の型「挂」に誘い込まれた敵兵達の内、一部を指すと考察。結果、「歯向かうことを選択する敵兵」と解読。

・「以」の“終える”は、敵兵が歯向かうことを終えるのだと考察。結果、「歯向かうことを止める」と解読。

・「返」の“取り替える”は、歯向かうことを止めた敵兵が、服従する国を敵国から自国に取り替えて寝返らせることと解釈。結果、使役形で「敵国から自国に寝返らせる」と解読。④も同様に解読。

<④について>
・「之」は、③1つ目の「敵」の「敵軍」を指示する代名詞と解釈。③「敵軍に無視させることに成功した奇策部隊は、敵兵達に警戒心を無くさせて、残らず戦地の型「挂」に到達させる」の意味を積み上げていると考察し、「警戒心を無くした敵軍」と解読。

・「挂かしむこと刑る者」の直訳は“気にかからせることに成功する者”となる。これは、其十1-4④「気にかかると敵軍に言わせる時は、敵をなじって去ってしまう兵士を利点として足止めする」で記述される兵士を指すと考察した上で、話の流れに合わせて「気を引くことに成功する兵士」と解読。

・「有つもの」の直訳は“手に入れた者”となる。これは奇策部隊が打ち破って捕虜にした敵兵を指すと考察。結果、「捕虜にした敵兵達」と解読。

・2つ目の「出」の“関係を断ち切る”は、奇策部隊の間者が「捕虜にした敵兵達」を説得して敵国との関係を断ち切らせることと考察。結果、使役形で「敵国との関係を断ち切らせる」と補って解読。

・2つ目の「備」の“人数に加える”は、敵国との関係を断ち切らせた敵兵達を自軍に編制することと考察。結果、「自軍に編制する」と解読。

・「難むもの」の直訳は“拒む者”となる。これは敵国との関係を断ち切って自国に寝返ることを拒む敵兵を指すと考察。結果、「自国に寝返ることを拒む敵兵」と補って解読。

・「利」の“富”は、其九4-10⑦「無理に言葉で咎めるが消極的な様子のしんがり部隊が存在すれば、礼物で自国に寝返ることを強要する」から類推して「礼物」と言い換えた。

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