若し敵の先んじて之に居りて盈ちれば而ち従う勿かれ、盈ちるに不ざれば而ち従を之いるなり。

其十1-10

若敵先居之盈而勿從、不盈而從之。

ruò dí xiān jū zhī yíng ér wù cóng、bù yíng ér cóng zhī。

解読文

①仮に敵軍が先制して戦地の型「隘」を占拠して、軍隊の勢いが旺盛であれば隊列を長細くした状態で対応してはならず、自軍の勢いが旺盛でなければ生きたまま敵を取得する間者を使うのである。

②このような敵軍の先鋒は、自軍を誘導して奇策部隊を出撃させる戦術を心に抱くのであり、自軍は追撃してはならない。追撃すれば、敵の奇策部隊が出撃した時、自軍の隊列は長細くなっているのである。

③敵先鋒の誘導に素直に従えば、敵軍が奇策部隊を出撃させて追撃した自軍の兵士達を攻め取って兵士数を増やすのであり、将軍は敵の好きにさせてはならない。敵軍が大いに優勢になれば、将軍は、敵将軍の要求を聞き入れることになるだろう。

④このような敵軍が出現した時、将軍は、敵先鋒の誘導に素直に従うこと無く、その場に自軍を留めて敵将軍を驕った状態に至らせることを第一にするのである。そして、敵将軍が驕った状態に変われば、生きたまま敵を取得する間者を大いに充満させるのである。
書き下し文
①若(も)し敵の先んじて之に居(お)りて盈(み)ちれば而(すなわ)ち従う勿(な)かれ、盈(み)ちるに不(あら)ざれば而(すなわ)ち従(じゅう)を之(もち)いるなり。

②若(か)く敵の先は、之(ゆ)かしめて盈(えい)たらしむこと居(お)くなり、而(なんじ)は従う勿(な)かれ。従えば、之あるに、而(なんじ)は不(おお)いに盈(えい)たるなり。

③先に若(したが)えば、敵の盈(えい)たらしめて居(お)くなり、而(なんじ)は従う勿(な)かれ。不(おお)いに盈(み)ちれば、而(なんじ)は従うに之(いた)らん。

④若(か)く敵あるに、而(なんじ)は従うこと勿(な)く、居(お)かしめて盈(えい)すに之(いた)らしむこと先にするなり。而(しか)して之(ゆ)けば、従(じゅう)を不(おお)いに盈(み)たしむなり。
<語句の注>
・「若」は①仮に~であれば、②このような、③素直に従う、④このような、の意味。
・「敵」は①②③④戦争や競争で対抗する相手、の意味。
・「先」は①先制する、②③先鋒、④第一にする、の意味。
・「居」は①占拠する、②心に抱く、③蓄積する、④留まる、の意味。
・1つ目の「之」は①代名詞、②赴く、③彼ら、④ある地点や事情に達する、の意味。
・1つ目の「盈」は①旺盛なさま、②③まるく満ちたさま、④驕る、の意味。
・1つ目の「而」は①仮定条件の接続詞、②③④あなた、の意味。
・「勿」は①②③~してはならない、④しない、の意味。
・1つ目の「従」は①ある種の原則や態度を取る、②追う、③好きにさせる、④人のあとにつき従う、の意味。
・「不」は①~ではない、②③④大いに、の意味。
・2つ目の「盈」は①旺盛なさま、②長くなる、③超過する、④充満する、の意味。
・2つ目の「而」は①仮定条件の接続詞、②③あなた、④順接の関係を表す接続詞、の意味。
・2つ目の「従」は①付き従う人、②追う、③聞き入れる、④付き従う人、の意味。
・2つ目の「之」は①使う、②彼ら、③ある地点や事情に達する、④変わる、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・1つ目の「之」は、其十1-9①「隘」の「狭い場所で敵軍を苦しめる戦地の型「隘」」を指示する代名詞と解釈。但し、冗長にならないように「戦地の型「隘」」と解読。

・1つ目と2つ目の「盈」の“旺盛なさま”は、其十1-9③「盈」の「軍隊の勢いが旺盛になる」と同様に解釈。結果、「盈ちる」で「軍隊の勢いが旺盛である」と解読。

・1つ目の「従」の“ある種の原則や態度を取る”は、其十1-9③「戦地の型「隘」を占拠している自軍に勢いを蓄積させることを第一にするのであり、軍隊の勢いが旺盛になって自軍の有利を確固たるものにすれば、攻撃されると考える敵軍は隊列を長細くした状態で対応する」の「隊列を長細くした状態で対応する」と同意と考察。結果、「隊列を長細くした状態で対応する」と解読。

・2つ目の「従」の“付き従う人”は、話の流れより其十二2-3④「軍神である将軍は、生きたまま敵を取得する間者の養育係になるのである。間者を一人前にする時は、何度も戦争に連れ立って起用して、敵兵達の士気が殺がれる時機を識別することを指導して習熟させるのである」に基づき、「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察。結果、「生きたまま敵を取得する間者」と解読。④も同様に解読。

<②について>
・1つ目の「之」の“赴く”は、文意より敵先鋒が自軍を奇策部隊が隠れている場所に誘導することと考察。結果、使役形で「自軍を誘導する」と解読。

・1つ目の「盈」の“まるく満ちたさま”は、其六6-6①「月には欠ける時期と満ちる時期が有る」の月が満ちる時期であり、其六6-6②「奇策部隊には隠れている状態と出撃している状態が有る」の奇策部隊が出撃している状態を指すと考察。結果、「盈たらしむ」で「奇策部隊を出撃させる」と解読。③も同様に解読。

・1つ目と2つ目の「従」の“追う”は、敵先鋒を追撃することと考察。結果、「追撃する」と解読。

・2つ目の「之」の“彼ら”は、「自軍を誘導して奇策部隊を出撃させる戦術」で記述された敵の奇策部隊を指すと考察。結果、「敵の奇策部隊」と解読。

・「盈」の“長くなる”は、戦地の型「隘」が狭い場所であるため、追撃する自軍の隊列が長く細くなることと考察。結果、「盈たり」で「隊列は長細くなっている」と補って解読。

<③について>
・「先に若う」の直訳は“先鋒に素直に従う”となる。これは②「敵軍の先鋒は、自軍を誘導して奇策部隊を出撃させる戦術を心に抱く」に基づけば、「敵先鋒の誘導に素直に従う」と補って解読できる。

・1つ目の「之」の“彼ら”は、②「追撃すれば、敵の奇策部隊が出撃した時、自軍の隊列は長細くなっている」で記述された自軍の兵士達を指すと考察。結果、「追撃した自軍の兵士達」と解読。

・「居」の“蓄積する”は、「追撃した自軍の兵士達」を攻め取った敵軍が兵士数を増やすことと考察。結果、「攻め取って兵士数を増やす」と言い換えた。

・2つ目の「盈」の“超過する”は、敵軍が自軍よりも優勢になった状態を指すと考察し、「敵軍が優勢になる」と解読。

・2つ目の「従」の“聞き入れる”は、劣勢になった自軍の将軍が敵将軍の要求を聞き入れることと考察。結果、「敵将軍の要求を聞き入れる」と補って解読。

<④について>
・1つ目の「従」の“人のあとにつき従う”は、③「敵先鋒の誘導に素直に従う」と同意と考察。結果、「敵先鋒の誘導に素直に従う」と解読。

・「居」の“留まる”は、戦地の型「隘」を占拠している敵軍と対峙している場所に自軍を留めた状態を保つことと考察。結果、使役形で「その場に自軍を留める」と補って解読。なお、「その場に自軍を留めて敵将軍を驕った状態に至らせる」が実現できる理由は、自軍が敵軍を恐れているから敵先鋒の誘いに乗らないのだと敵将軍に思わせることと推察した。

・2つ目の「之」の“変わる”は、「敵将軍を驕った状態に至らせる」に基づき、「敵将軍が驕った状態に変わる」と補って解読。

・「盈」の“充満する”は、其五2-9②「正攻法部隊の周囲を取り囲んで制止している奇策部隊」や其九4-4⑧「奇策部隊が出撃して攻め取る要因は、掻き乱された敵伏兵の逃げ道をあまねく遮ることにある」等に基づけば、戦地の型「隘」で奇策部隊をあまねく配置することと考察した上で、使役形で「充満させる」と解読。

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