兵の故には、走ること有り、弛むこと有り、陥れること有り、崩れること有り、乱れること有り、北くこと有り。

其十2-1

故兵、有走者、有弛者、有陷者、有崩者、有亂者、有北者。

gù bīng、yoǔ zoǔ zhě、yoǔ chí zhě、yoǔ xiàn zhě、yoǔ bēng zhě、yoǔ luàn zhě、yoǔ beǐ zhě。

解読文

①軍事の災いには、兵士達が走って逃げる災い「走」が存在し、兵士達の緊張感が緩む災い「弛」が存在し、兵士達を窮地に追い込む災い「陥」が存在し、軍隊がばらばらになる災い「崩」が存在し、軍隊が秩序を失う災い「乱」が存在し、兵士が自国を裏切る災い「北」が存在する。

②軍隊が衰えた時は走って逃げる兵士達が出現するのである。隊長が兵士達と親しく交流すれば、緊張感が緩む兵士達が出現するのである。軍隊がばらばらになれば、窮地に追い込まれる兵士達が出現するのである。軍隊が秩序を失えば、その兵士達を落ち着かせようとしても自国を裏切る兵士が出現するのである。

③走って逃げる兵士が出現すれば、敵軍に寝返って災いするのである。兵士達と親しく交流する隊長が存在すれば、軍隊を治める任務がいい加減になるのである。ばらばらになった各部隊は兵士数が不足して脆いのであり、敵軍に攻め取られるのである。攻め取られて自国を裏切る兵士達は、自軍を掻き乱す存在となるのである。

④自軍を衰えさせようとする敵軍が出現しても、有り余る兵士達を備えた堅固な軍隊によって追い払うのである。兵士達と親しく交流する隊長は解任するのである。敵里等を攻め落として統治すれば、兵士数が不足して衰えた部隊は再び兵士を手に入れるのである。敵兵達を取得する将軍は、秩序を乱す者が存在すれば区別して管理するのである。
書き下し文
①兵の故には、走ること有り、弛(ゆる)むこと有り、陥(おとしい)れること有り、崩れること有り、乱れること有り、北(そむ)くこと有り。

②兵の故(ふ)るに走る者有るなり。有(とも)とすれば弛(ゆる)む者有るなり。崩れれば陥(おとしい)れらる者有るなり。乱れれば有(たも)たんとするも北(そむ)く者有るなり。

③走る者有れば故なして兵するなり。有(とも)とする者あれば、有(たも)つこと弛(ゆ)むなり。崩れる者は陥(か)けるなり、有(たも)つ者に有(たも)たれるなり。有(たも)たれて北(そむ)く者は、乱す者たるなり。

④故(ふ)らしめんとする者あるも、有(たも)つ兵に走らせるなり。有(とも)とする者は弛(す)てるなり。陥(おとしい)れて有(たも)てば、崩れる者は有(ま)た有(たも)つなり。有る者は、乱れしむ者あれば北(ほく)するなり。
<語句の注>
・「故」は①災い、②衰える、③悪事、④衰える、の意味。
・「兵」は①軍事、②軍隊、③災いする、④軍隊、の意味。
・1つ目の「有」は①事物が存在する、②③ある事情が出現したり発生したりする、④備える、の意味。
・「走」は①②③走って逃げる、④追い払う、の意味。
・1つ目の「者」は①助詞「こと」、②③④助詞「もの」、の意味。
・2つ目の「有」は①事物が存在する、②③④親しく交わる、の意味。
・「弛」は①②きつく締まっているものをゆったりさせる、③いい加減になる、④手放す、の意味。
・2つ目の「者」は①助詞「こと」、②③④助詞「もの」、の意味。
・3つ目の「有」は①事物が存在する、②ある事情が出現したり発生したりする、③治める、④統治する、の意味。
・「陥」は①②人を罪や窮地に追い込む、③足りないさま、④町や砦を攻め落とす、の意味。
・3つ目の「者」は①助詞「こと」、②③助詞「もの」、④仮定表現の助詞、の意味。
・4つ目の「有」は①事物が存在する、②ある事情が出現したり発生したりする、③統治する、④再び、の意味。
・「崩」は①②③ばらばらになる、④廃れる、の意味。
・4つ目の「者」は①助詞「こと」、②仮定表現の助詞、③④助詞「もの」、の意味。
・5つ目の「有」は①事物が存在する、②治める、③④手に入れる、の意味。
・「乱」は①②秩序がないさま、③掻き乱す、④秩序がないさま、の意味。
・5つ目の「者」は①助詞「こと」、②仮定表現の助詞、③④助詞「もの」、の意味。
・6つ目の「有」は①事物が存在する、②ある事情が出現したり発生したりする、③④手に入れる、の意味。
・「北」は①②③背反する、④分ける、の意味。
・6つ目の「者」は①助詞「こと」、②③④助詞「もの」、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「走」の“走って逃げる”は、軍隊から兵士達が走って逃げることと考察。結果、「兵士達が走って逃げる」と補って解読。

・1つ目の「者」の“助詞「こと」”は、「兵士達が走って逃げる」災いに至った状況を指すと考察。結果、一般化して「災い「走」」と解読。

・「弛」の“きつく締まっているものをゆったりさせる”は、兵士達の緊張感が緩むことと考察。結果、「兵士達の緊張感が緩む」と補って解読。

・2つ目の「者」の“助詞「こと」”は、「兵士達の緊張感が緩む」災いに至った状況を指すと考察。結果、一般化して「災い「弛」」と解読。

・「陥」の“人を罪や窮地に追い込む”は、兵士達を窮地に追い込むことと考察。結果、「兵士達を窮地に追い込む」と補って解読。

・3つ目の「者」の“助詞「こと」”は、「兵士達を窮地に追い込む」災いに至った状況を指すと考察。結果、一般化して「災い「陥」」と解読。

・「崩」の“ばらばらになる”は、軍隊がばらばらになることと考察。結果、「軍隊がばらばらになる」と補って解読。②も同様に解読。

・4つ目の「者」の“助詞「こと」”は、「軍隊がばらばらになる」災いに至った状況を指すと考察。結果、一般化して「災い「崩」」と解読。

・「乱」の“秩序がないさま”は、軍隊が秩序を失うことと考察。結果、「軍隊が秩序を失う」と補って解読。②も同様に解読。

・5つ目の「者」の“助詞「こと」”は、「軍隊が秩序を失う」災いに至った状況を指すと考察。結果、一般化して「災い「乱」」と解読。

・「北」の“背反する”は、兵士達が自国を裏切ることと考察。結果、「兵士が自国を裏切る」と補って解読。

・6つ目の「者」の“助詞「こと」”は、「兵士が自国を裏切る」災いに至った状況を指すと考察。結果、一般化して「災い「北」」と解読。

<②について>
・2つ目の「有」の“親しく交わる”は、将軍や隊長が兵士達と親しく交流することと考察。結果、「隊長が兵士達と親しく交流する」と補って解読。

・「弛」の“きつく締まっているものをゆったりさせる”は、①「弛」同様に解釈して「緊張感が緩む」と解読。

・5つ目の「有」の“治める”は、秩序を失った軍隊の兵士達を落ち着かせる文意と考察。結果、「その兵士達を落ち着かせる」と補って解読。

・「北」の“背反する”は、①「北弛」同様に解釈して「自国を裏切る」と補って解読。③も同様に解読。

<③について>
・「故」の“悪事”は、自軍から走って逃げた兵士達が行う悪事であり、敵軍に寝返ることと考察。結果、「故なす」で「敵軍に寝返る」と解読。

・2つ目の「有」の“親しく交わる”は、②2つ目の「有」同様に解釈し、「有とする者」で「兵士達と親しく交流する隊長」と補って解読。④も同様に解読。

・「有つ者」の直訳は“統治する者”となる。これは敵国のある地区を統治している者と解釈すれば、敵将軍及び敵軍と推察できる。結果、話の流れに合わせて「敵軍」と解読。

・「崩れる者」の直訳は“ばらばらになる者”となる。①②「崩」の「軍隊がばらばらになる」を踏まえれば、全軍を分断した状態であるため“者”は各部隊と解釈した。結果、「ばらばらになった各部隊」と解読。

・「陥」の“足りないさま”は、ばらばらになった兵士達は兵士数が足りず、其五1-4①「戦略、戦術を使って敵軍を凌駕する道理は、自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破るのであり、充実して堅固な“実”と虚弱な“虚”の正確な判断をするからである」で記述された脆い敵軍と同じ虚の状態を説くと考察できる。結果、「兵士数が不足して脆い」と補って解読。

・5つ目と6つ目の「有」の“手に入れる”は、「ばらばらになった各部隊」を敵軍が攻め取ることと考察。結果、受身形で「攻め取られる」と解読。

・「乱」の“掻き乱す”は、自国を裏切った兵士達が情報提供等を行い、自軍を掻き乱すことと推察できる。結果、「自軍を掻き乱す」と補って解読。

<④について>
・「故らしめんとする者」の直訳は“衰えさせようとする者”となる。これは自軍を攻撃して衰えさせようとする敵軍を指すと考察。結果、「自軍を衰えさせようとする敵軍」と補って解読。

・「有つ兵」の直訳は“備える軍隊”となる。“備える”は、其四2-2①「守備するお手本は有り余る兵士達を備える」の意味を積み上げていると考察。また、この軍隊は、其五5-2⑥「大きな丸太が向かってきても方向を変えるに等しく脆い敵大軍が向かってきても勢いを生じさせた堅固な自軍を避けさせる」を実現する堅固な自軍を指すと考察。結果、「有り余る兵士達を備えた堅固な軍隊」と補って解読。

・「弛」の“手放す”は、兵士達と親しく交流する“隊長“を、隊長の地位から取り除くことと考察。結果、「解任する」と言い換えた。

・「陥」の“町や砦を攻め落とす”の“町や砦”は、其七1-1②「敵里等を経由する戦略のお手本を使って、将軍が指定した敵里等を従わせて、自軍に追従する約束を取り交わせば刑罰を免除して自国で統治するのである。敵里等に駐屯してその人民と気持ちが通じ合えば自軍は兵士数を増やすのであり、反乱を計画した者はたしなめて軍営で待機させるのである」に基づけば、敵里を指すと考察できる。結果、「敵里等を攻め落とす」と解読。

・「崩れる者」の直訳は“廃れた者”となる。これは、③「ばらばらになった各部隊は兵士数が不足して脆い」に基づけば、ばらばらになった各部隊が、兵士数が不足して衰えた状態を表現していると考察できる。結果、「兵士数が不足して衰えた部隊」と補って解読。

・5つ目の「有」の“手に入れる”は、「兵士数が不足して衰えた部隊」が攻め落とした敵里等から兵士を手に入れることと考察。結果、「兵士を手に入れる」と補って解読。

・6つ目の「有」の“手に入れる”は、5つ目の「有」の「兵士を手に入れる」を一般化した記述と考察。つまり、敵里を統治する方法だけでなく、例えば奇策部隊が攻め取ることも兵士を手に入れる方法として含む。結果、「敵兵達を取得する」と補って解読。なお、この解釈によって、①「兵士が自国を裏切る」の兵士は、敵国から自国に寝返った者であり、其二4-2⑤「自国に仕返ししたい感情に揺れ動く敵兵達はその感情が極限に達すれば、戦車を具備して自軍の上級武将と見なした相手を虐げようとする」等で記述される、自国に仕返ししたい感情を持った元敵兵達とわかる。

・「北」の“分ける”は、自国に仕返ししたい元敵兵達を区別して管理することと考察。例えば、其二5-2③「リーダーとなって物事を処理する役人は、人民の生活を支える職務を主管し、災いする人民と交流して馴染みになり、危害を与えようとする自国に仕返ししたい人民を町、村、里、集落に封じるに至るのである」等で記述される。結果、「区別して管理する」と補って解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。