夫は埶を均り、一に撃たれると以いて十たるは、走と曰う。

其十2-3

夫埶均、以一撃十、曰走。

fú yì jūn、yǐ yī jī shí、yuē zoǔ。

解読文

①自軍の兵士達が敵軍との勢いを比較し、完全に殺されると見なして兵士数が十分の一に減る状況は、兵士達が走って逃げる災い「走」と名付ける。

②敵軍の兵士数と同等まで自軍の兵士数を整えて、兵士達が両軍の兵士数は等しいと認めても、勢いが極限まで達した敵軍を攻めろと言えば、走って逃げるのである。

③走って逃げた兵士達は、全て他国の兵士を増やす原因となるのであり、自軍の勢いが極限まで達した状態であれば、自軍の将軍が可愛がる者を殺せと言うのである。

④元敵人民を調和させた自軍の兵士達は、豊かにして自国に留めるのであり、お手本を使って兵士達を戦略、戦術だけに集中させて自軍の勢いが極限まで達した状態になれば、「攻めて敵軍を追い払え」と言うのである。
書き下し文
①夫(おとこ)は埶(せい)を均(はか)り、一(いつ)に撃たれると以(おも)いて十たるは、走と曰う。

②均(ひと)しく埶(う)えて、夫(おとこ)は一なりと以(おも)うも十たるものを撃てと曰えば走るなり。

③走る夫(おとこ)は均(ひと)しく埶(う)える以(ゆえ)たるなり、十たれば、一(ひと)りを撃てと曰うなり。

④均(ととの)えしむ夫(おとこ)は、埶(う)えて以(や)むなり、一(いつ)とならしめて十たれば、撃ちて走らせろと曰うなり。
<語句の注>
・「夫」は①②③④成年に達して役務や肉体労働に従事する人、の意味。
・「埶」は①勢い、②③④栽培する、の意味。
・「均」は①比較する、②差が無い、③全て、④調和する、の意味。
・「以」は①見なす、②認める、③原因、④留める、の意味。
・「一」は①完全に、②等しい、③一人、④専らに集中する、の意味。
・「撃」は①殺す、②攻める、③殺す、④攻める、の意味。
・「十」は①十分の一、②③④極限にまで達しているさま、の意味。
・「曰」は①~と名付ける、②③④~と言う、の意味。
・「走」は①②③走って逃げる、④追い払う、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。なお、「勢」は他句から類推して「埶」と置き換えた。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「夫」の“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”は、ここでは簡潔に「兵士達」と解読。“成年に達して役務や肉体労働に従事する人”の意味を採用する理由は、其一6-1②「解読の注」参照。②③④も同様に解読。

・「夫は埶を均る」は、「夫」を「兵士達」と解釈すれば“兵士達が勢いを比較する”となる。勢いを比較した結果、自軍の兵士達の大半が逃亡する文意を踏まえると「自軍の兵士達が敵軍との勢いを比較する」と補って解読できる。

・「十」の“十分の一”は、自軍の兵士達が敵軍との勢いを比較した結果、自軍の兵士達が逃亡し、兵士数が十分の一になった状態を指すと考察。結果、「十たり」で「兵士数が十分の一に減る」と補って解読。

・「走」の“走って逃げる”は、其十2-1①「走」の「兵士達が走って逃げる災い「走」」の意味を積み上げていると考察。結果、「走」で「兵士達が走って逃げる災い「走」」と解読。

<②について>
・「均しく埶える」の直訳は“差が無く栽培する”となる。其十1-13①「均しく埶える」同様に解釈。結果、「敵軍の兵士数と同等まで自軍の兵士数を整える」と解読。

・「一」の“等しい”は、「敵軍の兵士数と同等まで自軍の兵士数を整える」の記述を踏まえれば、「両軍の兵士数は等しい」と補って解読できる。

・「十」の“極限にまで達しているさま”は、①「自軍の兵士達が敵軍との勢いを比較し、完全に殺されると見なして兵士数が十分の一に減る状況」からの話の流れを考慮すれば、「十たるもの」で「勢いが極限まで達した敵軍」と解読できる。

<③について>
・「埶」の“栽培する”は、走って逃げた自国の兵士達は他国に移住して他国の兵士として働くと推察すれば、「他国の兵士を増やす」と解読できる。

・「十」の“極限にまで達しているさま”は、②「勢いが極限まで達した敵軍」との対比と推察。結果、「十たり」で「自軍の勢いが極限まで達した状態である」と解読。④も同様に解読。

・「一」の“一人”は、文意より勢いが極限まで達した自軍に抑える要因と解釈すれば、其八3-4⑧「敵将軍の可愛がる者を殺害して心を痛めさせる戦術を行って自軍の立場を確固たるものにするのである。敵全軍を統率する敵将軍から考えていた計画を取り除けば、敵全軍を撤退させる」の「可愛がる者」と同意と考察できる。結果、「自軍の将軍が可愛がる者」と解読できる。

<④について>
・「均えしむ夫」は、「夫」を「兵士達」と解釈すれば“調和させた兵士達”となる。これは、其五4-1①「兵士数がとても多くなっても自国及び他国のあらゆる人間が大いに入り乱れているならば、集合させても秩序が無いのであり、将軍は大いに正し治めなければならない」等の教えに基づけば、自国の人民と元敵人民が入り混じった兵士達を調和させた状態と考察できる。結果、「元敵人民を調和させた自軍の兵士達」と補って解読。

・「埶」の“栽培する”は、兵士達(人民)の富を生育することと考察。結果、「豊かにする」と言い換えた。

・「一」の“専らに集中する”は、其四4-2②「一」で記述された「戦略、戦術のお手本を基準にすれば正攻法部隊と奇策部隊は戦略、戦術だけに集中する」の意味を積み上げていると考察。結果、使役形で「お手本を使って兵士達を戦略、戦術だけに集中させる」と補って解読。

・「走」の“追い払う”は、敵軍を追い払うことと考察。結果、「敵軍を追い払う」と補って解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。