将は敵を料ること能わず、少を以て衆に合い、弱きを以て強きを撃ち、兵を無して鋒を選ぶは、北と曰う。

其十2-8

將不能料敵、以少合衆、以弱撃強、兵無選鋒、曰北。

jiāng bù néng liaò dí、yǐ shǎo hé zhòng、yǐ ruò jī qiáng、bīng wú xuǎn fēng、yuē beǐ。

解読文

①将軍が、敵軍について推し測ることができず、少人数部隊によって多人数部隊と交戦し、勢いがない軍隊によって勢いがある軍隊を攻め、軍事を軽んじて精鋭部隊を選り分ける状態を、兵士が自国を裏切る災い「北」と名付ける。

②敵軍について推し測ることができない将軍は、大いに軍事力を整えた多人数部隊の敵軍が出現しても、交戦すれば敵兵は減ると考えるのである。勢いがある敵軍を侮って敵兵を殺そうと考えるのであり、揃えた精鋭部隊に「敵軍を敗走させろ」と言って、奇正の戦術を蔑ろにするのである。

③交戦すれば敵兵は減ると考える将軍は、勢いがある敵軍を挑発するがその敵軍から攻撃された時に耐えられない。わずかな攻撃によって多くの兵士達は負けると考えて硬直した状態になって殺されるのであり、「傷つけること無く、人格や能力を見定めて官職につける」と言われた前線で戦う精鋭部隊は、自国を裏切るのである。

④大いに有能な将軍は、敵群臣に両軍を比較させて自軍の勢いが劣ると考えさせた上で、敵軍を挑発して攻撃させるのである。敵軍を侮らせた状態にして、兵士を力量によって区別すること無く、兵士達の士気を旺盛にすることで自軍の勢いを切れ味の鋭い武器にした時、敵軍を硬直させて容易く打ち破るのである。そして、「敵国を裏切って自国に寝返れ」と言わせるのである。
書き下し文
①将は敵を料(はか)ること能(あた)わず、少を以て衆に合い、弱きを以て強きを撃ち、兵を無(なみ)して鋒(ほう)を選ぶは、北と曰う。

②将は、不(おお)いに能を料(はか)る衆の敵あるに、合えば少(か)くと以(おも)うなり。強きを弱しとして撃たんと以(おも)うなり、選(ひと)しき鋒(ほう)に北(に)げしめと曰いて、兵を無(なみ)するなり。

③将は、料(りょう)するも敵されるに能(た)えず。少なき合を以て衆は弱むと以(おも)いて強(こわ)くして撃たれるなり、兵すること無く選ぶと曰われる鋒(ほう)は北(そむ)くなり。

④不(おお)いに能たる将は、衆に合わしめて少(か)けると以(おも)わしむに、料(りょう)して敵せしむなり。弱しとせしめて、兵の選(せん)無く鋒(ほう)たらしむに、強(こわ)くせしめて撃つなり。以て、北(そむ)けと曰わしむなり。
<語句の注>
・「将」は①②③④将軍、の意味。
・「不」は①~しない、②大いに、③~しない、④大いに、の意味。
・「能」は①~することができる、②何かを成し得る力量、③耐えられる、④有能な、の意味。
・「料」は①推し測る、②整える、③④挑発する、の意味。
・「敵」は①②戦争や競争で対抗する相手、③④攻撃する、の意味。
・1つ目の「以」は①~によって、②考える、③~によって、④考える、の意味。
・「少」は①少数の人、②減る、③数がわずか、④不足する、の意味。
・「合」は①②交戦する、③交戦や攻撃の回数を数える言葉、④照らし比べる、の意味。
・「衆」は①②③多くの人々、④群臣、の意味。
・2つ目の「以」は①~によって、②③考える、④そして、の意味。
・「弱」は①気力や勢力がないさま、②侮る、③負ける、④侮る、の意味。
・「撃」は①攻める、②③殺す、④叩く、の意味。
・「強」は①②力があるさま、③④硬直するさま、の意味。
・「兵」は①軍事、②戦術、③傷つける、④戦士、の意味。
・「無」は①軽んずる、②蔑ろにする、③無い、④~を問わず、の意味。
・「選」は①人材を選り分ける、②揃うさま、③人格・能力を見定めて官職につける、④選出の妥当な水準、の意味。
・「鋒」は①②軍隊の精鋭の勢力、③隊列の前列、④鋭い勢い、の意味。
・「曰」は①~と名付ける、②~と言う、③~と説く、④~と言う、の意味。
・「北」は①背反する、②敗走する、③④背反する、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」は地刑篇全て欠落しているため、孫子(講談社)及び新訂孫子(岩波)の原文を採用した。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「少」の“少数の人”は、其五1-1①「」と同意と解釈して「少人数部隊」と解読。

・「衆」の“多くの人々”は、其五1-1①「」と同意と解釈して「多人数部隊」と解読。②も同様に解読。

・「弱」の“気力や勢力がないさま”は、“気力”は兵士達の士気、“勢力”は軍隊の勢いと解釈。士気と軍隊の勢いに相関関係があることは其七6-2③「早朝における軍隊の勢いは士気が激しく旺盛であり、昼間における軍隊の勢いは士気が緩んでなまっているのであり、日が落ちて暗くなった時、士気が殺がれた軍隊の勢いは消滅するのである」で説かれていることを踏まえて、ここでは「弱き」で「勢いがない軍隊」と解読。

・「強」の“力があるさま”の“力”は、「弱」の「勢いがない軍隊」との対比と考察できるため軍隊の勢いと解釈。結果、「強き」で「勢いがある軍隊」と解読。

・「北」の“背反する”は、其十2-1①「北」の「兵士が自国を裏切る災い「北」」の意味を積み上げていると考察。結果、「北」で「兵士が自国を裏切る災い「北」」と解読。

<②について>
・「将」の“将軍”は、①「将」で記述された「将軍が、敵軍について推し測ることができない」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵軍について推し測ることができない将軍」と補って解読。

・「能」の“何かを成し得る力量”は、敵軍について推し量る力量であるため、「軍事力」と言い換えた。

・「強」の“力があるさま”の“力”は、①「強」と同様にと解釈。結果、話の流れに合わせて「強き」で「勢いがある敵軍」と解読。

・「兵」の“戦術”は、敵兵を攻め取る戦術と考察。結果、「奇正の戦術」と解読。

<③について>
・「将」の“将軍”は、②「将」で記述された「将軍は、大いに軍事力を整えた多人数部隊の敵軍が出現しても、交戦すれば敵兵は減ると考える」の意味を積み上げていると考察。結果、「交戦すれば敵兵は減ると考える将軍」と補って解読。

・「料」の“挑発する”は、②「勢いがある敵軍」を挑発することと考察。結果、「勢いがある敵軍を挑発する」と補って解読。

・「鋒」の“隊列の前列”は、前線で戦っている部隊であり、その部隊は①「軍事を軽んじて精鋭部隊を選り分ける状態」及び②「揃えた精鋭部隊に「敵軍を敗走させろ」と言う」の記述に基づけば、精鋭部隊と解釈するのが適当と判断。結果、「前線で戦う精鋭部隊」と補って解読。

<④について>
・「衆」の“群臣”は、敵の群臣と考察。結果、「敵群臣」と解読。

・「合わしめて少けると以わしむ」の直訳は“照らし比べさせて不足すると考えさせる”となる。これは、③「勢いがある敵軍を挑発するがその敵軍から攻撃された時に耐えられない」の記述から類推すれば、敵群臣が両軍を比較した結果、自軍の勢いの方が弱いと判断させることと考察できる。結果、「両軍を比較させて自軍の勢いが劣ると考えさせる」と解読。

・「兵の選無し」の直訳は“兵士を選出する妥当な水準を問わず”となる。これは、①「軍事を軽んじて精鋭部隊を選り分ける状態」に基づけば、精鋭の兵士も一般的な力量の兵士も区別すること無く軍隊を編制する文意と考察できる。結果、「兵士を力量によって区別すること無く」と言い換えた。

・「鋒」の“鋭い勢い”の“鋭い”は、其七6-2②「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器」を指すと考察。”勢い“は、其七6-2③「早朝における軍隊の勢いは士気が激しく旺盛」を指すと考察。結果、「兵士達の士気を旺盛にすることで自軍の勢いを切れ味の鋭い武器にする」と解読。

・「撃」の“叩く”は、其五1-4①「段」の“槌(つち)で打つ”と同意と考察。其五1-4①「自分の方に投げられた脆い卵を目にとめて固い木槌で打つに等しく自軍に向かって来る脆い敵軍を認識して固い自軍で打ち破る」の虚実の教えに基づき、「容易く打ち破る」と解読。

・「北」の“背反する”は、容易く打ち破った敵軍の兵士達が、敵国を裏切って自国に寝返ることと解釈。結果、「敵国を裏切って自国に寝返れ」と補って解読。

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