凡そ客の之いる道を為せば、深くするものの入らしめて則ち専らにせしめて、人を不いに克つこと主とせん。

其十一3-1

凡為客之道、深入則專、主人不克。

fán wéi kè zhī daò、shēn rù zé zhuān、zhǔ rén bù kè。

解読文

①一般的に、来襲してきた敵軍が使う戦術を推定すれば、敵間者を自軍内部に潜伏させるやいなや独断専行させて、優れた武将を大いに抑えることを重要視するだろう。

②概略は、もしも来襲してきた敵軍がこの戦術を使うならば、周到に将軍をおとりとして差し出して、おとりとなったその将軍ただ一人に集中させるのであり、敵間者に任務を成し遂げさせないのである。

③おとりの将軍は傑出せず普通であっても優れた武将を装えば、自軍内部に潜伏している敵間者は重大な存在と考えるのであり、おとりの将軍を護衛する兵士達がいなければ勝ち気を起こし、独断専行してすぐに捕らえようとするのである。

④敵間者は単独で任務を遂行するのが決まりであり、おとりの将軍を敵間者が大いに抑えようとする時、一般兵の中に潜む間者が敵間者を捕らえるのである。捕らえた敵間者は、礼遇すれば敵将軍の戦略、戦術を語るのである。

⑤捕らえた敵間者は客として手厚く扱って、徹底的に掘り下げて敵将軍が考えている戦略、戦術の要旨を語らせる必要がある。住居と富と食糧を献上されても、捕らえたその敵間者は「戦略、戦術について全く覚えていない」と主張するのが決まりである。

⑥捕らえて切実な様子の敵間者が「将軍を抑えようとしただけ」と大いに主張すれば、お手本を受け入れて一つの任務に集中していたのである。この敵間者は、敵将軍の過去の行動全てを語るである。

⑦捕らえた敵間者が「大いに戦略、戦術について覚えている」と主張する時は、あらゆる範囲で推定して敵将軍が考えている戦略、戦術の要旨を語るのである。客人として自国に身を寄せて、自国の組織内部と親しく交流する敵間者になり、独断専行しようとするのが決まりである。

⑧捕らえた敵間者達に語らせた敵将軍の戦略、戦術を数多く揃えて、照合して敵将軍が考えている戦略、戦術の要旨を推定することをお手本とすれば、将軍は、敵将軍を自分自身で考えた戦略、戦術だけに集中させて大いに抑えるのである。
書き下し文
①凡そ客の之(もち)いる道を為せば、深くするものの入(い)らしめて則(すなわ)ち専(もっぱ)らにせしめて、人を不(おお)いに克(か)つこと主とせん。

②凡(はん)は、為(も)し客の道を之(もち)いれば、深く主を入(い)りて則(すなわ)ち専(もっぱ)らにするなり、人に克(よ)くせしめざるなり。

③之は凡なるも為(な)せば、客は深きものと道(おも)うなり、
主な人の不(な)ければ克(か)ちて、専(もっぱ)らにして則(すなわ)ち入(い)らんとするなり。

④人は専(もっぱ)ら主(つかさど)るは則(そく)なり、不(おお)いに克(か)たんとするに、凡なるものを為(な)す深くするものは入(い)るなり。之は、客(かく)とすれば道(い)うなり。

⑤之は客(かく)として、深く凡(はん)を道(い)わしむを為(な)す。入(い)られるも、人は専(もっぱ)ら克(こく)せずと主とするは則(そく)なり。

⑥深き人の克(か)たんとするのみと不(おお)いに主とすれば、則(そく)を入れて専(もっぱ)らにされるなり。之は、凡そ客(かく)なる為(しわざ)を道(い)うなり。

⑦人の不(おお)いに克(こく)すると主とするに、凡そ為(な)して之を道(い)うなり。客(かく)たりて入(い)りて深くするものたり、専(もっぱ)らにせんとするは則(そく)なり。

⑧客の道(い)わしむ之は深くして、入(い)りて凡(はん)を為(な)すに則(のっと)れば、主は、人を専(もっぱ)らにして不(おお)いに克(か)つなり。
<語句の注>
・「凡」は①一般的に、②概略、③④傑出せず普通であるさま、⑤要旨、⑥全て、⑦あらゆる範囲で、⑧要旨、の意味。
・「為」は①推定する、②もしも、③④装う、⑤必要がある、⑥行い、⑦⑧推定する、の意味。
・「客」は①②外来の敵軍、③訪問してきた人、④礼遇する、⑤相手を客として手厚く扱う、⑥過去の、⑦客人として身を寄せる、⑧訪問してきた人、の意味。
・「之」は①②使う、③代名詞、④彼、⑤⑥⑦⑧代名詞、の意味。
・「道」は①②手段、③考える、④⑤⑥⑦⑧語る、の意味。
・「深」は①ひそむ、②周到に、③重大である、④ひそむ、⑤徹底的に掘り下げて、⑥切実なさま、⑦ひそむ、⑧よく茂っているさま、の意味。
・「入」は①身内の中にいる、②献上する、③④没収する、⑤献上する、⑥人や物あるいは意見などを受け入れる、⑦ある組織や団体に加わる、⑧符合する、の意味。
・「則」は①~するやいなや、②ただ、③すぐに、④⑤決まり、⑥模範、⑦決まり、⑧模範とする、の意味。
・「専」は①独断専行する、②一つのものに集中させる、③独断専行する、④単独で、⑤全く、⑥一つのものに集中させる、⑦独断専行する、⑧一つのものに集中させる、の意味。
・「主」は①重要視する、②所有者、③責任を負うさま、④リーダーとなって物事を処理する、⑤⑥⑦主張する、⑧所有者、の意味。
・「人」は①優れた人物、②ある人、③他人、④⑤⑥⑦ある人、⑧ある種の職能を持つ特定の人、の意味。
・「不」は①大いに、②~しない、③無い、④大いに、⑤~しない、⑥⑦⑧大いに、の意味。
・「克」は①抑える、②成し遂げる、③勝ち気を起こす、④抑える、⑤記す、⑥抑える、⑦記す、⑧抑える、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「道」の“手段”は、敵将軍が自国に侵略して用いる手段であるため戦術と解釈できる。結果、「戦術」と言い換えた。

・「深くするものの入らしむ」の直訳は“潜む者を身内の中に存在させる”となる。これは敵の間者を自軍に潜伏させることと考察。結果、「敵間者を自軍内部に潜伏させる」と解読。

・「人」の“優れた人物”は、敵間者が狙う首と考察して「優れた武将」と解読した。

<②について>
・「道」の“手段”は、①「道」同様に「戦術」と解釈。但し、話の流れに合わせて「この戦術」と解読。

・「主」の“所有者”は、軍隊の所有者である「将軍」と解読。⑧も同様に解読。

・「入」の“献上する”は、将軍を敵間者に献上することと考察すれば、おとりとして差し出すと解釈できる。結果、「おとりとして差し出す」と解読。

・「則ち専らにする」の直訳は“ただ一つのものに集中させる”となる。これは、おとりの将軍一人だけに敵間者を集中させることと考察。結果、「おとりとなったその将軍ただ一人に集中させる」と補って解読。

・「人」の“ある人”は、目論んでいた戦術を成し遂げられない敵間者と考察。結果、「敵間者」と解読。④も同様に解読。

<③について>
・「之」は、②「主」の「将軍」を指示する代名詞と解釈。但し、この将軍はおとりであることを踏まえて「おとりの将軍」と解読。

・「為」の“装う”は、①「優れた武将」を装うと考察。結果、「優れた武将を装う」と補って解読。

・「客」の“訪問してきた人”は、自軍内部に潜伏している①「敵間者」を指すと考察。結果、「自軍内部に潜伏している敵間者」と解読。

・「入」の“没収する”は、敵間者が「おとりの将軍」を捕らえようとすることと考察。結果、「入らんとする」で「捕らえようとする」と補って解読。

・「主な人」の直訳は“責任を負う他人”となる。これは「おとりの将軍」を護衛する責任を負った者を指すと考察。結果、「おとりの将軍を護衛する兵士達」と補って解読。

<④について>
・「専ら主る」の直訳は“単独でリーダーとなって物事を処理する”となる。これは敵間者が単独行動で任務を遂行することと考察。結果、「単独で任務を遂行する」と解読。

・「克」の“抑える”は、①「優れた武将を大いに抑える」及び話の流れを踏まえれば、おとりの将軍を抑えることと考察できる。結果、「不いに克たんとする」で「おとりの将軍を敵間者が大いに抑えようとする」と補って解読。

・「凡なるものを為す深くするもの」の直訳は“傑出せず普通である者を装って潜む者”となる。これは自軍の間者が、敵間者の襲撃に備えて一般兵の中に紛れ込んでいるのだと考察。結果、「一般兵の中に潜む間者」と解読。

・「入」の“没収する”は、③「入」同様に解釈。但し、ここでは自軍の間者が敵間者を捕らえるのだと考察。結果、「敵間者を捕らえる」と解読。

・「之」の“彼”は、自軍の間者が捕らえた敵間者と考察。結果、「捕らえた敵間者」と解読。

・「道」の“語る”は、其十一2-3④「攻め取った敵兵が、大いに恐れながら敵将軍の戦略、戦術を語れば、その内容を採用するのである」から類推して、「敵将軍の戦略、戦術を語る」と補って解読。

<⑤について>
・「之」は、④「之」の「捕らえた敵間者」を指示する代名詞と解読。

・「凡」の“要旨”は、「敵将軍の戦略、戦術を語る」に基づけば、「敵将軍が考えている戦略、戦術の要旨」と補って解読。⑧も同様に解読。

・「入」の“献上する”は、其十一2-3④「敵将軍の戦略、戦術は、奇正の戦術を実行して攻め取った敵兵達に求めて敵自身に一つひとつ挙げて説明させるであり、攻め取った敵兵達を思いやりによって大いに住居と富と食糧を満足させる機会を利用するのである」に基づけば、受身形で「住居と富と食糧を献上される」と補って解読できる。

・「人」の“ある人”は、「之」の「捕らえた敵間者」を指すと考察。結果、話の流れを踏まえて「捕らえたその敵間者」と解読。

・「専ら克せず」の直訳は“全く記さない”となる。”記す“とは記憶している意味でもあるため、全く覚えていないことと解釈できる。また、覚えていない事柄は「敵将軍の戦略、戦術」であることを踏まえれば、「戦略、戦術について全く覚えていない」と補って解読できる。

<⑥について>
・「深き人」の“切実なある人”は、⑤「之」の「捕らえた敵間者」を指すと考察。結果、「捕らえて切実な様子の敵間者」と解読。

・「克」の“抑える”は、④「克」の「おとりの将軍を敵間者が大いに抑えようとする」及び話の流れを踏まえれば、「克たんとするのみ」で「将軍を抑えようとしただけ」と補って解読できる。

・「之」は、「人」の「捕らえて切実な様子の敵間者」を指示する代名詞と解釈。結果、冗長にならないように「この敵間者」と解読。

・「凡そ客なる為」の直訳は“過去の行い全て”となる。これは、敵将軍の過去の行動全てと考察できる。結果、「敵将軍の過去の行動全て」と解読できる。

<⑦について>
・「人」の“ある人”は、⑤「之」の「捕らえた敵間者」を指すと考察。結果、「捕らえた敵間者」と解読。

・「克」の“記す”は、⑤「克」の「戦略、戦術について全く覚えていない」の意味を積み上げていると考察。結果、「戦略、戦術について覚えている」と補って解読。

・「之」は、⑤「凡」の「敵将軍が考えている戦略、戦術の要旨」を指示する代名詞と解読。

・「入りて深くするものたり」の直訳は“ある組織や団体に加わって潜む者になる”となる。これは、敵間者が其十二2-2①「敵組織内部と親しく交流する間者」になることと考察。結果、「自国の組織内部と親しく交流する敵間者になる」と解読。

<⑧について>
・「客」の“訪問してきた人”は、④「之」の「捕らえた敵間者」を指すと考察。但し、捕らえた敵間者は複数存在していると解釈し、「捕らえた敵間者達」と解読。

・「之」は、④「道」の「敵将軍の戦略、戦術を語る」を指示する代名詞と解釈。話の流れに合わせて「敵将軍の戦略、戦術」と解読。

・「深」の“よく茂っているさま”は、複数の敵間者に語らせた「敵将軍の戦略、戦術」が何通りもあることと推察できる。結果、「数多く揃う」と解読した。

・「人」の“ある種の職能を持つ特定の人”は、話の流れより敵将軍を指すと考察できる。結果、「敵将軍」と解読。

・「専」の“一つのものに集中させる”の“もの”は、「敵将軍の戦略、戦術」を指すと考察。つまり、敵将軍を自分自身が考えた戦略、戦術だけに集中させることと解釈できる。結果、「自分自身で考えた戦略、戦術だけに集中させる」と解読。

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