死に余の無ければ、悪しと非りて寿からんとするものあるなり。

其十一3-10

無餘死、非惡壽也。

wú yú sǐ、feī è shòu yĕ。

解読文

①敵と命を取り合う覚悟が必要な戦地「死地」において逃亡する隙が無ければ、「人の道に外れている」と非難して長生きしようとする兵士が出現するのである。

②長生きしようとする兵士は、命を投げ出す覚悟を持つことが無く、戦線に出ることを先送りしようとするのであり、「正義に反している」と非難されるのである。

③長生きしようとする兵士は、「正義に反している」と非難されても信念や理想のために命を捨てることが無く、戦線に出ることを先送りするのである。

④戦線に出ることを先送りする長生きしようとする兵士は、「錯誤している」と中傷して、信念や理想のために命を捨てる兵士を軽んじるのである。

⑤信念や理想のために命を捨てる兵士は、「戦線に出ることを先送りする兵士を恥ずかしく思う」と非難して、長生きしようとする兵士を軽んじるのである。

⑥もしも、信念や理想のために命を捨てる兵士が豊富であり余るほど存在して非難すれば、長生きしようとする兵士は恥ずかしく思うのである。

⑦長生きしようとする兵士が恥ずかしく思えば、仮に、信念や理想のために命を捨てる兵士の悪口を言ったとしても軍隊に残るのである。

⑧軍隊に残った長生きしようとする兵士達は、信念や理想のために命を捨てる兵士が命を蔑ろにする時、「良くない」と非難するのである。
書き下し文
①死に余の無ければ、悪しと非(そし)りて寿(いのちなが)からんとするものあるなり。

②寿(いのちなが)からんとするものは、死たること無く余たらんとするなり、悪しと非(そし)られるなり。

③寿(いのちなが)からんとするものは、悪しと非(そし)られるも死ぬこと無く、余たるなり。

④余たる寿(いのちなが)からんとするものは、非なりと悪(そし)りて、死ぬものを無(なみ)するなり。

⑤死ぬものは、余たるものを悪(は)じると非(そし)りて、寿(いのちなが)からんとするものを無(なみ)するなり。

⑥無(も)し、死ぬものの余して非(そし)れば、寿(いのちなが)からんとするものは悪(は)じるなり。

⑦寿(いのちなが)からんとするものは悪(は)じれば、無(も)し死ぬものを非(そし)るも余るなり。

⑧余るものは、死ぬものの寿を無(なみ)するに、悪しと非(そし)るなり。
<語句の注>
・「無」は①②③無い、④⑤軽んずる、⑥もしも、⑦仮に~としても、⑧蔑ろにする、の意味。
・「余」は①暇、②③④⑤後に残されたさま、⑥豊富であり余る、⑦⑧残る、の意味。
・「死」は①其十一1-10①「死」、②命を投げ出す覚悟のあるさま、③④⑤⑥⑦⑧信念や理想のために命を捨てる、の意味。
・「非」は①②③非難する、④錯誤、⑤⑥非難する、⑦悪口を言う、⑧非難する、の意味。
・「悪」は①人の道に外れたさま、②③正義に反するさま、④中傷する、⑤⑥⑦恥ずかしく思うさま、⑧良くないさま、の意味。
・「寿」は①②③④⑤⑥⑦長命であるさま、⑧命、の意味。
・「也」は①②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「死」は、其十一1-10①「死」の「敵と命を取り合う覚悟が必要な戦地「死地」」を指すと解釈。結果、「敵と命を取り合う覚悟が必要な戦地「死地」」と解読。⑦も同様に解読。

・「余」の“暇”は、其十一3-5①「戦争において、兵士達をひどい窮地に追い込むならば大いに警戒するのであり、逃亡する隙が無ければしっかり防御するのである」等の“逃亡する隙”を指すと考察。結果、「逃亡する隙」と解読。

・「寿からんとするもの」の直訳は“長命であろうとする者”となる。これは、戦地「死地」において長生きしようとする兵士と考察。結果、「長生きしようとする兵士」と解読。②③④⑤⑥⑦も同様に解読。

<②について>
・「余」の“後に残されたさま”は、其十一3-4④「軍隊の勢いを限界まで出し尽くしている兵士達は、戦線にひきつけられて飛び込む時、硬直する兵士は存在せず、依然として分断しないのである」から類推すれば、戦線にひきつけられて飛び込む精神状態になっておらず、戦線に出ることを先送りすることと考察できる。結果、「戦線に出ることを先送りする」と補って解読。③④⑤も同様に解読。

<③について>
・特に無し。

<④について>
・「死ぬもの」の直訳は“信念や理想のために命を捨てる者”となる。これは其十一1-10②「信念や理想のために命を捨てさせれば、兵士達の士気が激しく旺盛になって生き永らえるのが道理であり、その兵士達は逃走する兵士が出現するならば大いに非難するのである」に基づき、「信念や理想のために命を捨てる兵士」と解読。⑤⑥⑦⑧も同様に解読。

<⑤について>
・特に無し。

<⑥について>
・特に無し。

<⑦について>
・「余」の“残る”は、「信念や理想のために命を捨てる兵士」に非難されて恥ずかしく思った「長生きしようとする兵士」が軍隊に残ることと考察。結果、「軍隊に残る」と補って解読。

<⑧について>
・「余るもの」の直訳は“残る者”となる。これは、⑦「余」の「軍隊に残る」の意味を積み上げていると考察。この主語は「長生きしようとする兵士」であることを踏まえて、「軍隊に残った長生きしようとする兵士達」と補って解読。

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