令を発する日の之れば、士は、坐る者は涕いて襟を霑すなり、卧する者は涕いて頤に交わるなり。

其十一3-11

令發之日士、坐者涕霑襟、卧者涕交頤。

lǐng fā zhī rì shì、zuò zhě tì zhān jīn、wò zhě tì jiāo yí。

解読文

①戦地「死地」に達する出撃命令を出す日になれば、兵士達は、腰を下ろしている者は涙を流して襟を湿らすのであり、横になっている者は流した涙が顎で触れあうのである。

②戦地「死地」に達する出撃命令を出す日は、役人を使って兵士達に配給させるのである。何の対処も取れずに涙を流す兵士達は恩恵を受ける心持ちであり、腹ばいに伏せる兵士達は切羽詰まって涙を流しているのだろうなあ。

③兵士達に配給する役人は、出撃する日時の吉凶や縁起を占う兵士達が存在すれば、法規に従って摘発するのである。違反して罪になった兵士達は占いの結果に執着して涙を流すのであり、占いの会合場所で涙を流す兵士達は机にうつぶして眠るだろうなあ。

④才能・胆力・識見を備えた将軍は、彼らの心持ちを発散させる礼法の儀式を計画するように指図して、涙を流す兵士達を一斉に保養するのである。横になって涙を流す兵士達も座ってその恩恵を受けるだろう。

⑤涙を流す兵士達が礼法の儀式で心持ちを発散させれば、次第に敵と命を取り合う覚悟が表に現れるのであり、この兵士達を正攻法部隊に従事させるのである。時期の変わり目になっても涙を流す兵士達は、正攻法部隊に編制しないで保養させるのである。

⑥才能・胆力・識見を備えた将軍は、涙で襟を湿らせた兵士達を法規に従って強制的に軍に召し出すのであり、正攻法部隊を使って守備の軍を置くのである。保養させる兵士達は、寝間で友人と涙を流すのである。

⑦信念や理想のために涙を流した兵士達が正攻法部隊に従事すれば、敵軍は手出しができないままでいて逃亡する敵部隊を出現させるのであり、その敵部隊は、腹ばいで伏せていた奇策部隊に接触した時に涙を流すだろうなあ。

⑧逃亡する敵部隊が腹ばいで伏せていた奇策部隊に接触して涙を流した時、生きたまま敵を取得する間者が、日増しに人民の貯蓄が増える自国の方針によって恩恵を施せば、何の対処も取れずにいる敵兵達は何とも言えない涙を流すだろうなあ。
書き下し文
①令を発する日の之(いた)れば、士は、坐(すわ)る者は涕(な)いて襟(えり)を霑(うるお)すなり、卧(ふ)する者は涕(な)いて頤(あご)に交わるなり。

②日は、士をして之に発せ令(し)むなり。坐(ざ)して涕(な)く者は霑(うるお)う襟(きん)なり、卧(ふ)す者は交なりて涕(な)く頤(かな)。

③士は、日を之(もち)いるものあれば、令に発(あば)くなり。坐(ざ)する者は襟(きん)に霑(てん)じて涕(な)くなり、交に涕(な)く者は卧(ふ)す頤(かな)。

④士は、之の襟(きん)を発(ち)らしむ日を令して、涕(な)く者を交(こもごも)頤(やしな)うなり。卧(ふ)して涕(な)く者も坐(すわ)りて霑(うるお)わん。

⑤涕(な)く者の霑(うるお)えば、坐(ようや)く襟(きん)の発(あらわ)れるなり、之を日に士(こと)とせ令(し)むなり。交たるも涕(な)く者は、臥(ふ)せしめて頤(やしな)わしむなり。

⑥士は、涕(なみだ)に襟(えり)を霑(うるお)す者を令に発するなり、日を之(もち)いて坐(ざ)するなり。頤(やしな)わしむ者は、臥(が)に交わりと涕(な)くなり。

⑦襟(きん)に霑(てん)じて涕(な)く者の日に士(こと)とすれば、之は坐(ざ)して令を発(あらわ)れしむなり、卧(ふ)す者に交わるに涕(な)く頤(かな)。

⑧令の卧(ふ)す者に交わりて涕(な)くに、士は日に之に発(お)こしむ襟(きん)に霑(うるお)せば、坐(ざ)する者は涕(な)く頤(かな)。
<語句の注>
・「令」は①命令、②使役形、③法令、④号令する、⑤使役形、⑥法令、⑦⑧季節、の意味。
・「発」は①法律や命令などを出す、②配給する、③摘発する、④発散する、⑤表に現れる、⑥強制的に軍に召し出す、⑦出現する、⑧貯蓄する、の意味。
・「之」は①ある地点や事情に達する、②代名詞、③使う、④⑤彼ら、⑥使う、⑦⑧彼ら、の意味。
・「日」は①②ある特定の日、③日時の吉凶や縁起、④おり、⑤⑥⑦太陽、⑧日増しに、の意味。
・「士」は①軍人、②③役人、④才能・胆力・識見を備えた人、⑤従事する、⑥才能・胆力・識見を備えた人、⑦従事する、⑧才能・胆力・識見を備えた人、の意味。
・「坐」は①腰を下ろす、②何の対処も取れずにいる、③違反して罪になる、④腰を下ろす、⑤次第に、⑥守備の軍を置く、⑦手出しができないままでいる、⑧何の対処も取れずにいる、の意味。
・1つ目の「者」は①②③④⑤⑥⑦⑧助詞「もの」、の意味。
・1つ目の「涕」は①②③④⑤涙を流す、⑥涙、⑦⑧涙を流す、の意味。
・「霑」は①湿らせる、②恩恵を受ける、③付着する、④⑤恩恵を受ける、⑥湿らせる、⑦付着する、⑧恩恵を施す、の意味。
・「襟」は①衣服を着た時に首で交差する部分(襟)、②心持ち、③考え、④⑤心持ち、⑥衣服を着た時に首で交差する部分(襟)、⑦心持ち、⑧考え、の意味。
・「臥」は①横になる、②動物が腹ばいに伏せる、③机にうつぶして眠る、④横になる、⑤仕官せず隠居する、⑥寝間、⑦⑧動物が腹ばいに伏せる、の意味。
・2つ目の「者」は①②③④⑤⑥⑦⑧助詞「もの」、の意味。
・2つ目の「涕」は①②③④⑤⑥⑦⑧涙を流す、の意味。
・「交」は①触れ合う、②切羽詰まったさま、③会合する場所、④一斉に、⑤時期の変わり目、⑥友人、⑦⑧接触する、の意味。
・「頤」は①頬を含む下あご(顎)、②③感嘆の語気、④⑤⑥保養する、⑦⑧感嘆の語気、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「令發之日、士坐者涕◇◇、卧者涕交頤。」と二字欠落とするが、孫子(講談社)及び新孫子(講談社)の原文を採用して補った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「令を発する日に之る」の直訳は“命令を出す特定の日に達する”となる。この“命令”は、話の流れ全体を考慮すると其十一1-10①「敵と命を取り合う覚悟が必要な戦地「死地」」に達する出撃命令と考察できる。結果、「戦地「死地」に達する出撃命令を出す日になる」と解読した。

<②について>
・「日」の“ある特定の日”は、①「日」の「戦地「死地」に達する出撃命令を出す日」の意味を積み上げていると考察。結果、「戦地「死地」に達する出撃命令を出す日」と解読。

・「之」は、①「士」の「兵士達」を指示する代名詞と解読。

<③について>
・「士」の“役人”は、②「士」で記述された「役人を使って兵士達に配給させる」の意味を積み上げていると考察。結果、「兵士達に配給する役人」と補って解読。

・「日を之いるもの」の直訳は“日時の吉凶や縁起を使う者”となる。これは出撃する日について占いをする兵士達と考察。結果、「出撃する日時の吉凶や縁起を占う兵士達」と解読。

・「令」の“法令”は、其一2-7②「法」の「法規」を指すと考察。結果、「法規」と解読。⑥も同様に解読。

・「襟に霑ずる」の直訳は“考えに付着する”となる。これは其十一3-8④「将軍の考えている計画を軽んじる兵士達は、この上なく巫術の結果に命を懸ける」の”巫術の結果に命を懸ける“とほぼ同意と考察。結果、「占いの結果に執着する」と解読。
「交」の“会合する場所”は、話の流れより、占いをしていた場所と考察できる。結果、「占いの会合場所」と解読。

<④について>
・「士」の“才能・胆力・識見を備えた人”は、文意より其十一3-3⑤「下働きの者達の疲れを取る将軍は、楽しませる礼法の儀式を計画するのである。おそらく、演奏に合わせて武器を回転させながら舞って大いに国政を害して民衆に危害を加える反逆者を改心させる儀式をすれば、停滞していた雰囲気を払拭する」の教えを実行する将軍と考察できる。結果、「才能・胆力・識見を備えた将軍」と解読。⑥も同様に解読。

・「之」の“彼ら”は、解読文②③で記述された兵士達と考察した上で、そのまま「彼ら」と解読。

・「日を令する」の直訳は“おりを号令する”となる。これは、其十一3-3⑤「楽しませる礼法の儀式を計画する」に類似した礼法の儀式を計画するように指図することと考察できる。結果、「礼法の儀式を計画するように指図する」と補って解読。

<⑤について>
・「霑」の“恩恵を受ける”は、④「心持ちを発散させる礼法の儀式」と同意と考察。結果、「礼法の儀式で心持ちを発散させる」と言い換えた。

・「襟」の“心持ち”は、「敵と命を取り合う覚悟が必要な戦地「死地」」に関する教えであることを踏まえると「敵と命を取り合う覚悟」を指すと考察できる。結果、「敵と命を取り合う覚悟」と解読。

・「之」の“彼ら”は、「敵と命を取り合う覚悟が表に現れる」という現象が生じた兵士達を指すと考察。結果、話の流れに合わせて「この兵士達」と解読。

・「日」の“太陽”は、其五2-3の「日月」の解釈より「正攻法部隊」と解読。⑥⑦も同様に解読。

・「交」の“時期の変わり目”は、戦地「死地」に変わる等の時期の変わり目を指すと推察。結果、「交たり」で「時期の変わり目になる」と解読。

・「臥」の“仕官せず隠居する”は、切羽詰まって涙を流す兵士達は正攻法部隊に編制しないことと考察。結果、使役形で「正攻法部隊に編制しない」と解読。

<⑥について>
・特に無し。

<⑦について>
・「襟に霑じて涕く者」の直訳は“心持ちに付着して涙を流す者”となる。これは、其十一1-10②「信念や理想のために命を捨てさせれば、兵士達の士気が激しく旺盛になって生き永らえるのが道理である」に基づけば、其十一3-10⑤「信念や理想のために命を捨てる兵士」を指すと考察できる。結果、「信念や理想のために涙を流した兵士達」と解読。

・「之」の“彼ら”は、話の流れより敵軍を指すと考察。結果、「敵軍」と解読。

・「令」の“季節”は、其五2-4「時」の”季節“を「正攻法部隊を構成する各部隊」と解釈した結果に基づけば、正攻法部隊の一部隊とわかる。この一部隊は、手出しができない敵軍から逃亡する敵部隊と考察できるため「逃亡する敵部隊」と解読した。⑧も同様に解読。

・「卧す者」の直訳は“腹ばいに伏せる者”となる。これは逃亡した敵部隊が接触する相手であるため、自軍の奇策部隊と考察できる。結果、「腹ばいで伏せていた奇策部隊」と解読。⑧も同様に解読。

<⑧について>
・「士」の“才能・胆力・識見を備えた人”は、「逃亡する敵部隊」を攻め取る文意であることを踏まえると、其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察できる。結果、「生きたまま敵を取得する間者」と解読。

・「之」の“彼ら”は、話の流れより自国の人民を指すと考察。結果、「人民」と解読。

・「日に之に発こしむ襟」は、「之」を「人民」と解釈すれば“日増しに人民に貯蓄させる考え”となる。これは、其四4-4④「赤い顔料と耕作地にある用水路の水の重さを量らせるに等しく、増えることがない敵国での収入とどんどん増える自国での収入を比較させて攻め取った敵部隊を自国に寝返らせて採用するのである」の“どんどん増える自国での収入”に関する方針と考察できる。結果、「日増しに人民の貯蓄が増える自国の方針」と解読。

・1つ目の「涕」の“涙を流す”は、逃亡する敵部隊が奇策部隊に攻め取られた時に流す恐怖の涙ではなく、生き延びた喜び、豊かな生活を得た喜び、攻め取られたことへの悔しさ、自国に対する怒りなど様々な感情が入り混じった涙を流すのだと推察できる。結果、「何とも言えない涙を流す」と解読した。

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