故を善しみて軍を用いる者は、手を携えるも一りの人を使う若し、不いに已むを得るなり。

其十一4-5

故善用軍者、攜手若使一人、不得已也。

gù shàn yòng jūn zhě、xié shoǔ ruò shǐ yī rén、bù deǐ yǐ yĕ。

解読文

①人民と君主の考えを一致させる道理を大切にして軍隊を治める将軍は、自軍の兵士達と自国を支持しない元敵人民を引き連れても、一人の人間を働かせるように統一するのであり、大いに敵軍を退けることができるのである。

②大いに敵軍を退けることができる将軍は戦略、戦術に熟練しているのであり、このような自軍の兵士達と自国を支持しない元敵人民を従わせて軍隊に編制するのであり、兵士一人ひとりを与えられた任務だけに集中させて引き連れるのである。

③兵士一人ひとりを与えられた任務だけに集中させれば兵士達は力を尽くすのであり、素直に従う兵士達を立派に整えて大いに具備することで敵軍を退けた時、敵軍を分断して衰えさせるのである。

④敵軍を分断して衰えさせる将軍は、奇正の戦術を採用して奇策部隊を配置するのであり、奇策部隊の間者は、敵軍から分断された虚弱で脆い敵部隊を選択して奇策部隊を出撃させるのであり、敵部隊の逃亡を阻止して大いに攻め取るのである。

⑤敵部隊の逃亡を阻止して大いに攻め取った奇策部隊は、傷ついた敵兵達に治療を施すのであり、思いやりによって自国に寝返らせる手段として住居と富と食糧を提供した時、素直に従えば自軍に統一して働かせるのである。

⑥素直に従う元敵兵達を大切にすれば、自軍に編制した時、必ず力を尽くすのである。思いやりによって大いに恩恵を施しても、敵将軍から与えられた任務だけに集中して自国に歯向かう元敵兵達は、里等の一定の区画に取り囲んで封じて改心させるのである。

⑦自国に歯向かう元敵兵達を里等の一定の区画に取り囲んで封じれば、元敵兵達による悪事を取り去ることが実現するのである。大いに素直に従う元敵人民をその一定の区画に出向かせれば、自国に歯向かう元敵兵達に強く干渉して自国に適合させて、軍事に従わせるのである。

⑧自国に歯向かう元敵兵達を軍事に従わせる将軍は、与えられた任務だけに集中させた状態の兵士達を引き連れるのであり、大いに具備することで自軍を立派に整えれば、敵軍を衰えさせて退けるのである。
書き下し文
①故を善(お)しみて軍を用いる者は、手を携(たずさ)えるも一(ひと)りの人を使う若(ごと)し、不(おお)いに已(や)むを得るなり。

②不(おお)いに已(や)むを得る者は故を善(よ)くするなり、若(か)かる手を用せしめて軍するなり、人ごとに使(し)に一(いつ)にせしめて携(たずさ)えるなり。

③使(し)に一(いつ)にせしめば軍は用いるなり、若(したが)う手を善(よ)くして不(おお)いに得て人を已(や)むに、携(はな)れて故(ふ)らしむなり。

④携(はな)れて故(ふ)らしむ者は、善を用いて軍するなり、人は一を若(えら)びて手を使わすなり、已(や)めしめて不(おお)いに得るなり。

⑤已(や)めしめて不(おお)いに得る者は、故(ふ)る軍に善を用いるなり、人(じん)に携(はな)れしむ手なすに、若(したが)えば一にして使うなり。

⑥若(したが)う者は善(お)しめば、軍するに故(もと)より用いるなり。人(じん)に不(おお)いに得(とく)するも、使(し)に一(いつ)となる手は、携(はな)れて已(や)めるなり。

⑦手を携(はな)れしめば、故を已(や)むこと得るなり。不(おお)いに若(したが)うものを一に使わせば、人を善(よ)くして軍に用せしむなり。

⑧軍に用せしむ者は、使(し)に一(いつ)にせしむに若(いた)る手を携(たずさ)えるなり、不(おお)いに得て善(よ)くすれば、人を故(ふ)らしめて已(や)むなり。
<語句の注>
・「故」は①道理、②たくらみ、③④⑤衰える、⑥必ず、⑦悪事、⑧衰える、の意味。
・「善」は①大切にする、②熟練している、③立派に整える、④良い方法、⑤良い行い、⑥大切にする、⑦妥当な処理をする、⑧立派に整える、の意味。
・「用」は①治める、②従う、③力を尽くす、④採用する、⑤施す、⑥力を尽くす、⑦⑧従う、の意味。
・「軍」は①軍隊、②軍隊に編制する、③兵士、④軍隊を配置する、⑤兵士、⑥軍隊に編制する、⑦⑧軍事、の意味。
・「者」は①②助詞「もの」、③仮定表現の助詞、④⑤⑥助詞「もの」、⑦仮定表現の助詞、の意味。
・「携」は①②引き連れる、③④⑤⑥⑦分離する、⑧引き連れる、の意味。
・「手」は①②③④人、⑤ある種の方法や手段、⑥⑦ある種の行動を実行する人、⑧人、の意味。
・「若」は①~ようである、②このような、③素直に従う、④選択する、⑤⑥⑦素直に従う、⑧(ある状態や日時に)達する、の意味。
・「使」は①働かせる、②③使命、④出向かせる、⑤働かせる、⑥使命、⑦出向かせる、⑧使命、の意味。
・「一」は①一人、②③専らに集中する、④多くの事物の中の一部、⑤統一する、⑥専らに集中する、⑦多くの事物の中の一部、⑧専らに集中する、の意味。
・「人」は①人間、②一人ひとりに、③民衆、④ある種の職能を持つ特定の人、⑤⑥思いやり、⑦ある人、⑧民衆、の意味。
・「不」は①②③④⑤⑥⑦⑧大いに、の意味。
・「得」は①②~できる、③具備する、④⑤手に入れる、⑥恩恵を施す、⑦実現する、⑧具備する、の意味。
・「已」は①②③退ける、④⑤停止する、⑥治す、⑦除く、⑧退ける、の意味。
・「也」は①②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「故善用兵者、攜手若使一人、不得已也。」として「軍」を「兵」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文を採用した。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「故」の“道理”は、其十一4-4⑧「正」の「人民と君主の考えを一致させるために道理を説く」の“道理”を指すと考察。結果、「人民と君主の考えを一致させる道理」と補って解読。

・「手」の“人”は、其十一4-3②「手」の「自軍の兵士達」と其十一4-3③「手」の「自国を支持しない元敵人民」を指すと考察。結果、「自軍の兵士達と自国を支持しない元敵人民」と解読。②も同様に解読。

・「一りの人を使う若し」の直訳は“一人の人間を働かせるようである”となる。これは其十一4-4⑧「人民と君主の考えを一致させるために道理を説くのであり、統一した状態に達した時、自国及び他国のあらゆる兵士達を調和させて軍隊規模を大きくする」に基づけば、「自軍の兵士達と自国を支持しない元敵人民」が統一的に動くことの喩えと考察できる。結果、「一人の人間を働かせるように統一するのである」と解読。

・「已」の“退ける”は、話の流れより敵軍を退けることと考察。結果、「敵軍を退ける」と補って解読。②も同様に解読。

<②について>
・特に無し。

<③について>
・「使に一にせしむ」の直訳は“使命に専らに集中させる”となる。これは②「兵士一人ひとりを与えられた任務だけに集中させて引き連れる」の意味を積み上げていると考察。結果、「兵士一人ひとりを与えられた任務だけに集中させる」と解読。

・「手」の“人”は、①②「手」同様に「自軍の兵士達と自国を支持しない元敵人民」を指すと解釈するが、冗長にならないように「兵士達」と簡潔に解読した。⑧も同様に解読。

・「人」の“民衆”は、話の流れより敵軍の兵士達を指すと考察。但し、「敵軍」と簡潔に解読。⑧も同様に解読。

・「携」の“分離する”は、敵軍を分断することと考察。結果、話の流れに合わせて「敵軍を分断する」と言い換えた。④も同様に解読。

<④について>
・「善」の“良い方法”は、分断させた敵部隊を攻め取る流れと解釈できる。結果、「奇正の戦術」と解読。

・「軍」の“軍隊を配置する”の“軍隊”は、奇正の戦術を採用するための奇策部隊と考察。結果、「奇策部隊を配置する」と解読。

・「人」の“ある種の職能を持つ特定の人”は、話の流れより奇策部隊を率いる間者である其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察した上で、「奇策部隊の間者」と解読。

・「一」の“多くの事物の中の一部”は、其十一4-4⑤等の「敵軍から分断された虚弱で脆い敵部隊」を指すと考察。結果、「敵軍から分断された虚弱で脆い敵部隊」と解読。

・「手」の“人”は、「生きたまま敵を取得する間者」が出撃させる軍隊であるため奇策部隊を指すと考察。結果、「手を使わす」で「奇策部隊を出撃させる」と解読。

・「已」の“停止する”は、奇策部隊が出撃することで「敵軍から分断された虚弱で脆い敵部隊」の動きを停止させることと考察。この意味は敵部隊の逃亡を阻止することであるため、使役形で「敵部隊の逃亡を阻止する」と補って解読。⑤も同様に解読。

・「得」の“手に入れる”は、奇策部隊が「敵軍から分断された虚弱で脆い敵部隊」を攻め取って手に入れることと考察。結果、「攻め取る」と言い換えた。⑤も同様に解読。

<⑤について>
・「故る軍」の直訳は“衰えた兵士”となる。これは奇策部隊に攻め取られて傷ついた敵兵達を指すと考察。結果、「傷ついた敵兵達」と解読。

・「善」の“良い行い”は、「傷ついた敵兵達」に対する行いであるため治療と考察。結果、「治療」と解読。

・「携れしむ手なす」の直訳は“分離させる手段を行う”となる。これは攻め取った敵兵達を自国に寝返らせる手段と考察すれば、“手段”は其十一2-3④「攻め取った敵兵達を思いやりによって大いに住居と富と食糧を満足させる機会を利用する」に基づいて“住居と富と食糧”を指すと解釈できる。結果、「自国に寝返らせる手段として住居と富と食糧を提供する」と補って解読。

・「一にして使う」の直訳は“統一して働かせる”となる。これは素直に従う元敵兵を自軍に統一して働かせることと考察。結果、「自軍に統一して働かせる」と補って解読。

<⑥について>
・「若う者」の直訳は“素直に従う者”となる。これは、其十一4-3⑥「若うもの」等の「素直に従う元敵人民」と同意と考察。但し、ここでは奇策部隊が攻め取った敵兵達の意味合いが強いと解釈して「素直に従う元敵兵達」と解読。

・「使に一となる」の直訳は“使命に専らに集中する”となる。これは攻め取った敵兵達が主語となるため、「敵将軍から与えられた任務だけに集中する」と補って解読。

・「手」の“ある種の行動を実行する人”は、其十一4-3①等の「自国に歯向かう元敵兵達」を指すと考察。結果、「自国に歯向かう元敵兵達」と解読。⑦も同様に解読。

・「携」の“分離する”は、其十一4-3④「大騒ぎして抵抗した元敵人民は里等の一定の区画で取り囲んで封じる」に基づき、「自国に歯向かう元敵兵達」を里等の一定の区画に封じることと考察できる。結果、「里等の一定の区画に取り囲んで封じる」と補って解読。⑦も同様に解読。

・「已」の“治す”は、「自国に歯向かう元敵兵達」を改心させることと考察。結果、「改心させる」と解読。

<⑦について>
・「故」の“悪事”は、「自国に歯向かう元敵兵達」が行う悪事と考察。結果、話の流れに合わせて「元敵兵達による悪事」と補って解読。

・「若うもの」の直訳は“素直に従う者”となる。これは其十一4-3⑥「若うもの」等の「素直に従う元敵人民」と同意と考察。結果、「素直に従う元敵人民」と解読。

・「一」の“多くの事物の中の一部”は、“多くの事物”を自国の領土又は敵国における陣地全体とすれば、“一部”は「自国に歯向かう元敵兵達」を封じる「里等の一定の区画」を指すと考察できる。結果、話の流れに合わせて「その一定の区画」と解読。

・「人」の“ある人”は、「自国に歯向かう元敵兵達」を指すと考察。結果、「自国に歯向かう元敵兵達」と解読。

・「善」の“妥当な処理をする”は、其十一4-3⑥「素直に従う元敵人民は勝手にさせても利点になるのであり、自軍の兵士達に威嚇する行為を防ぐことは正しいと思って、自国に歯向かう元敵兵達に強く干渉して、自国に適合させようとするのである」に基づけば、「自国に歯向かう元敵兵達」に強く干渉して自国に適合させることと考察できる。結果、「強く干渉して自国に適合させる」と解読。

<⑧について>
・「軍に用せしむ」の直訳は“軍事に従わせる”となる。これは⑦「軍に用せしむ」で記述された「自国に歯向かう元敵兵達に強く干渉して自国に適合させて、軍事に従わせる」の意味を積み上げていると考察。結果、「自国に歯向かう元敵兵達を軍事に従わせる」と補って解読。

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