固きを倍して、適に前者は、死地にあるなり。

其十一6-7

倍固前適者、死地也。

bèi gù qián shì zhě、sǐ dì yĕ。

解読文

①堅固な軍隊を背にして、敵軍に向かって前進する兵士達は、敵と命を取り合う覚悟が必要な戦地「死地」にいるのである。

②ひたすら戦地「死地」にいる兵士達は、予め信念や理想のために命を捨てる思いを厚くしたのであり、さらにまして堅固な軍隊を堅強にしたのである。

③信念や理想のために命を捨てる思いを厚くする兵士達は、頑なに戦地「死地」を拒む兵士達を導いて、信念や理想のために命を捨てる兵士を増やすのである。

④信念や理想のために命を捨てる兵士を増やした正攻法部隊は、敵軍に向かって前進する時、命を投げ出す覚悟が固まった状態になるのである。

⑤命を投げ出す覚悟が固まった状態になれば、敵軍に向かって前進する時、裏切ることに心が向かう兵士がいなくなった状態になるのである。

⑥裏切ることに心が向かう兵士がいなくなった正攻法部隊は、いかなることがあろうと敵軍に向かって前進して、ひたすら逃亡する敵兵達を出現させるのである。

⑦逃亡する敵兵達を出現させれば、前もって隠れていた奇策部隊がひたすら出現して、その逃亡する敵兵達を硬直させるのである。

⑧逃亡する敵兵達を硬直させた時、奇策部隊の間者が出現するのであり、絶体絶命となったその敵兵達を自国に順応させて、自軍の兵士数を増やすのである。
書き下し文
①固(かた)きを倍(はい)して、適に前(すす)む者は、死地にあるなり。

②地(た)だ死にある者は、前(さき)に適(あつ)くするなり、倍(ますます)固めるなり。

③適(あつ)くする者は、固(こ)たるものに前(すす)めて、地(た)だ死ぬものを倍(ま)すなり。

④倍(ま)す者は、適に前(すす)めるに、死たりと固(かた)まる地たるなり。

⑤固(かた)まれば、前(すす)めるに、倍(そむ)くに適(ゆ)く者の死ぬ地たるなり。

⑥死ぬ者は、固(かた)く前(すす)めて、地(た)だ倍(そむ)く適あらしむなり。

⑦倍(そむ)く適あらしめば、前(さき)に死ぬ者は地(た)だありて、固(かた)まらしむなり。

⑧固(かた)まらしむに、前(すす)めるものあるなり、死たる者を地に適(したが)わしめて、倍(ま)すなり。
<語句の注>
・「倍」は①背にする、②さらにまして、③④増やす、⑤裏切る、⑥⑦外れる、⑧増やす、の意味。
・「固」は①(地勢や守りが)しっかりしたさま、②堅強にする、③頑ななさま、④⑤かたくなる、⑥いかなることがあろうと、⑦⑧かたくなる、の意味。
・「前」は①前進する、②予め、③導く、④⑤⑥前進する、⑦前もって、⑧導く、の意味。
・「適」は①敵、②③思いを厚くするさま、④敵、⑤心が向かう、⑥⑦敵、⑧順応する、の意味。
・「者」は①②③④⑤⑥⑦⑧助詞「もの」、の意味。
・「死」は①②其十一1-1①「死」、③信念や理想のために命を捨てる、④命を投げ出す覚悟のあるさま、⑤⑥なくなる、⑦消える、⑧絶体絶命のさま、の意味。
・「地」は①其一2-5②「地」、②③ひたすら、④⑤状態、⑥⑦ひたすら、⑧国、の意味。
・「也」は①②③④⑤⑥⑦⑧断定の語気、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「倍固前敵者、死地也。」と「適」を「敵」するが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「固」の“(地勢や守りが)しっかりしたさま”は、其五5-2②「石」の「堅固な軍隊」を指すと考察。結果、「固き」で「堅固な軍隊」と解読。

・「敵に前進していく正攻法部隊」は、其十一3-12②「信念や理想のために涙を流した兵士達が従事する正攻法部隊は、戦略、戦術を実行する正しい方法を無視するが、戦線にひきつけられて飛び込むのであり、戦線の部隊が消耗する前にどんどん入れ替えて部隊の兵力を保つ状態になって勇猛に敵軍とせめぎ合うのである」に基づいて解読。

・「死地」は、其十一1-1①「死地」の「敵と命を取り合う覚悟が必要な戦地「死地」」と考察。結果、「敵と命を取り合う覚悟が必要な戦地「死地」」と解読。

<②について>
・「死」は、①「死地」の「敵と命を取り合う覚悟が必要な戦地「死地」」の意味を積み上げていると考察。但し、冗長にならないように「戦地「死地」」と解読。

・「適」の“思いを厚くするさま”の“思い”は、其十一1-10②「信念や理想のために命を捨てさせれば、兵士達の士気が激しく旺盛になって生き永らえるのが道理」等の「信念や理想のために命を捨てる」ことと考察。結果、「信念や理想のために命を捨てる思いを厚くする」と補って解読。③も同様に解読。

・「固」の“堅強にする”は、「堅固な軍隊」をさらに堅強にすることと考察。結果、「堅固な軍隊を堅強にする」と補って解読。

<③について>
・「固たるもの」の直訳は“頑なな者”となる。この者は、其十一3-10②「長生きしようとする兵士は、命を投げ出す覚悟を持つことが無く、戦線に出ることを先送りしようとするのであり、「正義に反している」と非難されるのである」の「長生きしようとする兵士」等を指すと考察。結果、「頑なに戦地「死地」を拒む兵士達」と解読。

<④について>
・「倍」の“増やす”は、③「倍」で記述された「信念や理想のために命を捨てる兵士を増やす」の意味を積み上げていると考察。結果、「信念や理想のために命を捨てる兵士を増やす」と補って解読。

・「者」の“助詞「もの」”は、其十一3-11⑤「涙を流す兵士達が礼法の儀式で心持ちを発散させれば、次第に敵と命を取り合う覚悟が表に現れるのであり、この兵士達を正攻法部隊に従事させる」に基づき、正攻法部隊だとわかる。結果、「正攻法部隊」と解読。⑥も同様に解読。

<⑤について>
・「固」の“かたくなる”は、④「固」で記述された「命を投げ出す覚悟が固まった状態になる」の意味を積み上げていると考察。結果、「命を投げ出す覚悟が固まった状態になる」と補って解読。

・「前」の“前進する”は、①「前」で記述された「敵軍に向かって前進する」の意味を積み上げていると考察。結果、「敵軍に向かって前進する」と補って解読。⑥も同様に解読。

<⑥について>
・「死」の“なくなる”は、⑤「死」で記述された「裏切ることに心が向かう兵士がいなくなった状態になる」の意味を積み上げていると考察。結果、「裏切ることに心が向かう兵士がいなくなる」と補って解読。

・「倍く適」の直訳は“外れる敵”となる。これは、其九2-3③「軍隊規模を大きくして自軍の勢いが切れ味の鋭い武器となれば、敵軍に警戒させる土手に匹敵するのであり、敵将軍が正攻法部隊を落ち着かせても自軍が接近すれば逃亡する敵兵達が出現するのである」等で記述される「逃亡する敵兵達」を指すと考察。結果、「逃亡する敵兵達」と解読。

<⑦について>
・「前に死ぬ者」の直訳は“前もって消えた者”となる。これは「逃亡する敵兵達」を攻め取る奇策部隊を指すと考察。結果、「前もって隠れていた奇策部隊」と解読。

・「固」の“かたくなる”は、奇策部隊が出現した時、逃亡している敵兵達を硬直させることと考察。結果、使役形で「その逃亡する敵兵達を硬直させる」と補って言い換えた。

<⑧について>
・「固」の“かたくなる”は、⑦「固」同様に解釈して「逃亡する敵兵達を硬直させる」と解読。

・「前めるもの」の直訳は“導く者”となる。話の流れを踏まえると、硬直した敵兵達に対して自国に寝返るように導く存在である、其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察できる。結果、話の流れに合わせて「奇策部隊の間者」と解読。

・「倍」の“増やす”は、逃亡した敵兵達を自国に順応させた結果、自軍の兵士数を増やすことと考察できる。結果、「自軍の兵士数を増やす」と補って解読。

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