地あれば泛すなり、吾が将は、其の途に進めしむなり。

其十一6-15

泛地也、吾將進其途。

fàn dì yě、wú jiāng jìn qí tú。

解読文

①水が氾濫する「泛地」があれば進路を反転するのであり、自軍の将軍は、敵軍を「泛地」の有る進路に前進させるのである。

②敵軍を「泛地」の有る進路に前進させる方法は、水が氾濫するように敵本軍から獲物となる敵部隊を出現させる状態をつくって、自軍が「泛地」の有る進路に連れて行くのである。

③獲物となる敵部隊を「泛地」の有る進路に連れて行く時は、浮ついた状態のおとり部隊を出現させて「泛地」の有る進路に前進させられたい。

④おとり部隊が「泛地」の有る進路に前進する時、ひたすらゆっくり進む理由は、獲物となった敵部隊が進路を反転することを防ぐ方法だからである。

⑤獲物となった敵部隊が進路を反転することを防ぐ方法を実行する時は、全体に広がって奇策部隊が隠れている場所があるのであり、おとり部隊は、その中から傍にある場所に入るのである。

⑥おとり部隊が奇策部隊の隠れている場所に入る理由は、誘導してきた敵部隊との戦闘を防いで、水が氾濫する「泛地」で進路を反転させる方法だからである。

⑦誘導してきた敵部隊との戦闘を防いで、水が氾濫する「泛地」で進路を反転させる方法を実行すれば、おとり部隊と同様に、獲物となった敵部隊は防御してゆっくり進むが、奇策部隊が隠れている場所で転覆させて諫めの言葉を進上するのである。

⑧獲物となった敵部隊を転覆させて諫めの言葉を進上した時、その敵兵達が将軍に仕える道を選ぶ理由は、自国が豊かさに溢れているからである。
書き下し文
①地あれば泛(くつがえ)すなり、吾が将は、其の途に進めしむなり。

②進めしむ途は、其の泛(あふ)れしむ地たりて、吾の将(ともな)うなり。

③将(ともな)うに、泛(はん)たる地の吾あらしめて、其れ途に進めしむなり。

④進むに、地(た)だ将(すす)むは、其の泛(くつがえ)すこと吾(ふせ)ぐ途なればなり。

⑤途なすに、泛(ひろ)き地あるなり、吾は、其の将(ほとり)に進むなり。

⑥進むは、将(ともな)う其の吾(ふせ)ぎて、地に泛(くつがえ)せしむ途なればなり。

⑦途なせば也(ま)た、其の吾(ふせ)ぎて将(すす)むも、地に泛(くつがえ)して進めるなり。

⑧進めるに、其の将に途するは、吾が地の泛(あふ)れればなり。
<語句の注>
・「泛」は①ひっくり返す、②水が氾濫する、③実際的でなく浮ついたさま、④ひっくり返す、⑤全体に広がったさま、⑥⑦ひっくり返す、⑧水が氾濫する、の意味。
・「地」は①其一2-5①「地」、②③状態、④ひたすら、⑤其一2-5③「地」、⑥其一2-5①「地」、⑦其一2-5③「地」、⑧国、の意味。
・「也」は①②③断定の語気、④因果関係を表す助詞、⑤断定の語気、⑥因果関係を表す助詞、⑦同様に、⑧因果関係を表す助詞、の意味。
・「吾」は①我々の、②③我々、④防御する、⑤我々、⑥⑦防御する、⑧我々の、の意味。
・「将」は①将軍、②③連れて行く、④ゆっくり進む、⑤傍、⑥連れて行く、⑦ゆっくり進む、⑧将軍、の意味。
・「進」は①②③④前進する、⑤⑥(外から内に)入る、⑦⑧諫めの言葉を進上する、の意味。
・「其」は①②敵の代名詞、③~されたい、④敵の代名詞、⑤その中の、⑥⑦⑧敵の代名詞、の意味。
・「途」は①其八1-2①「途」、②方法、③其八1-2①「途」、④⑤⑥⑦方法、⑧仕官の道、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「泛地也、吾將進其塗。」と「途」を「塗」するが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「地」は、其一2-5①「」であり、其八1-1①1つ目の「地」で記述された「水が氾濫する「泛地」」の意味を積み上げていると考察。結果、「水が氾濫する「泛地」」と解読。⑥も同様に解読。

・「泛」の“ひっくり返す”は、水が氾濫する「泛地」に直面した場面であるため軍隊が進路を反転することと考察。結果、「進路を反転する」と言い換えた。④⑥も同様に解読。

・「途」は、其八1-2①「途」で記述された「泛地、瞿地、絶地、囲地、死地の有る進路」の意味を積み上げていると考察。但し、この其十一6-15では「泛地、瞿地、絶地、囲地、死地」の内、「泛地」だけに限定されているため、「「泛地」の有る進路」と解読する。③④も同様に解読。

<②について>
・「進」の“前進する”は、①「進」で記述された「敵軍を「泛地」の有る進路に前進させる」の意味を積み上げていると考察。結果、使役形で「敵軍を「泛地」の有る進路に前進させる」と補って解読。

・「泛」の“水が氾濫する”は、“水”を兵士の喩えとすれば敵本軍から兵士が溢れ出ている状態と考察できる。これは其五4-6②「敵軍からの攻撃を誘う陣形等の型を使って敵軍から攻撃を受けた時におとり部隊が動き出せば獲物となる敵部隊が出現する」等で記述される「獲物となる敵部隊」の出現を指すと解釈。結果、「其の泛れしむ」で「水が氾濫するように敵本軍から獲物となる敵部隊を出現させる」と解読。

・「将」の“連れて行く”は、「泛地」の有る進路に連れて行くことと考察。結果、「「泛地」の有る進路に連れて行く」と補って言い換えた。

<③について>
・「将」の“送り届ける”は、②「将」で記述された「獲物となる敵部隊を出現させる状態をつくって、自軍が「泛地」の有る進路に連れて行く」の意味を積み上げていると考察。結果、「獲物となる敵部隊を「泛地」の有る進路に連れて行く」と補って解読。

・「泛たる地の吾」の直訳は”浮ついた状態の我々“となる。この者達は「獲物となる敵部隊を「泛地」の有る進路に連れて行く」という目的に基づけば、おとり部隊と考察できる。結果、「浮ついた状態のおとり部隊」と解読。

<④について>
・「進」の“前進する”は、③「進」で記述された「浮ついた状態のおとり部隊を出現させて「泛地」の有る進路に前進させられたい」の意味を積み上げていると考察。結果、「おとり部隊が「泛地」の有る進路に前進する」と補って解読。

・「其」の“敵の代名詞”は、②「其」の「獲物となる敵部隊」を指示する代名詞と解釈。話の流れに合わせて「獲物となった敵部隊」と言い換えた。⑥⑦も同様に解読。

<⑤について>
・「途」の“方法”は、④「途」で記述された「獲物となった敵部隊が進路を反転することを防ぐ方法」の意味を積み上げていると考察。結果、「獲物となった敵部隊が進路を反転することを防ぐ方法」と補って解読。

・「地」は、其一2-5③「地」の「間者が隠れて出現する場所」であり、この間者は奇策部隊を率いる者であることを踏まえて、話の流れに合わせて「奇策部隊が隠れている場所」と解読。⑦も同様に解読。

・「吾」の“我々”は、③「吾」の「おとり部隊」を指すと考察。結果、「おとり部隊」と解読。

・「其の将」の直訳は“その中の傍”となる。これは、おとり部隊がその場所に隠れる文意を踏まえると、沢山ある奇策部隊の隠れ場所の内、最も傍にある場所と解釈できる。結果、「その中から傍にある場所」と補って解読。

<⑥について>
・「進」の“(外から内に)入る”は、⑥「進」で記述された「全体に広がって奇策部隊が隠れている場所があるのであり、おとり部隊は、その中から傍にある場所に入る」の意味を積み上げていると考察。結果、「おとり部隊が奇策部隊の隠れている場所に入る」と補って解読。

・「将う其の吾ぐ」は、「其」を「獲物となった敵部隊」と解釈すれば“連れて行った獲物となった敵部隊に対して防御する”となる。これは誘導した敵部隊との戦闘を回避することと考察。結果、「誘導してきた敵部隊との戦闘を防ぐ」と解読。

<⑦について>
・「途」の“方法”は、⑥「途」で記述された「誘導してきた敵部隊との戦闘を防いで、水が氾濫する「泛地」で進路を反転させる方法」の意味を積み上げていると考察。結果、「誘導してきた敵部隊との戦闘を防いで、水が氾濫する「泛地」で進路を反転させる方法」と補って解読。

・「也」の“同様に”は、獲物となる敵部隊を「泛地」の有る進路に連れて行くおとり部隊と同様に、獲物となった敵部隊もゆっくり進む意味合いと考察。結果、「おとり部隊と同様に」と補って解読。

・「泛」の“ひっくり返す”は、「獲物となった敵部隊」を転覆させることと考察。結果、「転覆させる」と言い換えた。

<⑧について>
・「進」の“諫めの言葉を進上する”は、⑦「進」で記述された「獲物となった敵部隊は防御してゆっくり進むが、奇策部隊が隠れている場所で転覆させて諫めの言葉を進上する」の意味を積み上げていると考察。結果、「獲物となった敵部隊を転覆させて諫めの言葉を進上する」と補って解読。

・「其」の“敵の代名詞”は、⑦「其」の「獲物となった敵部隊」を指示する代名詞と解釈。但し、話の流れに合わせて「その敵兵達」と解読。

・「将に途する」の直訳は“将軍に仕官する道を選ぶ”となる。「獲物となった敵部隊」がいきなり役人になることは稀だと推察されるため、ここでは将軍に仕えることと解釈する。結果、「将軍に仕える道を選ぶ」と解読。

・「泛」の“水が氾濫する”は、「獲物となった敵部隊」が将軍に仕える道を選ぶ条件であるため、“水”は豊かさの喩えと解釈できる。結果、「豊かさに溢れている」と解読。

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