之を犯すに以の害れるも、利なす以を告げる勿かれ。

其十一8-3

犯之以害、勿告以利。

fàn zhī yǐ hài、wù gaò yǐ lì。

解読文

①敵軍を攻める時、犯罪歴のある兵士達が怖がっていても、勝利する理由を教えてはならない。

②勝利する理由を教えない理由は、犯罪歴のある兵士達は勝利すると見なせば、切れ味の鋭い武器となった旺盛な士気が殺がれて敗北した状態になるからである。

③切れ味の鋭い武器となった旺盛な士気が殺がれて敗北した状態になれば、軍隊は勢いを損なって勝利する原因が存在しなくなり、勝利する理由を求めるだろう。

④勝利する理由を求めても軍隊に勢いが無ければ、士気の殺がれた兵士達は、将軍の考えていた計画を台無しにして、思わしくない事態や結果を招くのである。

⑤兵士達が計画を台無しにして、思わしくない事態や結果を招けば、将軍は、士気の殺がれた兵士達を都合が悪いと思って、勝利しない理由として知らせるのである。

⑥士気の殺がれた兵士達が勝利しない理由と知らされて、都合が良くないと考えた兵士達は面と向かって逆らうのであり、その将軍は都合が悪いと思うのである。

⑦兵士達が逆らう事態を都合が悪いと思った将軍が、法規を侵害して鞭打つ処罰を行えば、都合が良くないと見なした兵士達に告発されるのである。

⑧都合が良くないと見なした兵士達に告発された将軍は、君主から勝利することが無いと見なされた時に面と向かって逆らえば、処刑されるのである。
書き下し文
①之を犯すに以(これ)の害(おそ)れるも、利なす以(ゆえ)を告げる勿(な)かれ。

②告げること勿(な)き以(ゆえ)は、犯は之なすと以(おも)えば、利(と)きを害(そこ)なえばなり。

③害(そこ)なえば、利を犯して之なす以(ゆえ)を勿(な)くすなり、以(ゆえ)を告がん。

④告ぐも利勿(な)ければ、以(これ)は、之の以(おも)うこと害(そこ)ないて犯すなり。

⑤犯せば、之は、以(これ)を害(にく)みて、利すること勿(な)き以(ゆえ)として告げるなり。

⑥告げられて、利(よろ)しく勿(な)しと以(おも)う之は犯すなり、以(これ)は害(にく)むなり。

⑦害(にく)む之の、犯して以(な)せば、利(よろ)しく勿(な)しと以(おも)うものに告げられるなり。

⑧告げられる以(これ)は、之に利すること勿(な)しと以(おも)われるに犯せば、害(そこ)なわれるなり。
<語句の注>
・「犯」は①攻める、②罪人、③損なう、④⑤(思わしくない事態・結果を)招く、⑥(面と向かって)逆らう、⑦(法などを)侵害する、⑧(面と向かって)逆らう、の意味。
・「之」は①彼ら、②③代名詞、④彼、⑤⑥⑦代名詞、⑧彼、の意味。
・1つ目の「以」は①代名詞、②見なす、③原因、④考える、⑤⑥代名詞、⑦事を行う、⑧代名詞、の意味。
・「害」は①怖がる、②③④殺す、⑤⑥⑦都合が悪いと思う、⑧殺す、の意味。
・「勿」は①してはならない、②しない、③④存在しない、⑤しない、⑥存在しない、⑦⑧しない、の意味。
・「告」は①教える、②教える、③④請求する、⑤⑥(上の者が下の者に)知らせる、⑦⑧告発する、の意味。
・2つ目の「以」は①②③理由、④代名詞、⑤理由、⑥考える、⑦⑧見なす、の意味。
・「利」は①勝利、②鋭い、③④勢い、⑤勝利、⑥⑦都合が良い、⑧勝利、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「之」の“彼ら”は、自軍が攻める相手である敵軍と解釈。結果、「敵軍」と解読。

・1つ目の「以」は、其十一8-2①「犯」の「犯罪歴のある兵士達」を指示する代名詞と解読。

<②について>
・「告」の“教える”は、①「告」で記述された「勝利する理由を教える」の意味を積み上げていると考察。結果、「勝利する理由を教える」と補って解読。

・「犯」の“罪人”は、其十一8-2①「犯」同様に「犯罪歴のある兵士達」と解読。

・「之」は、①「利」の「勝利」を指示する代名詞と解読。結果、「之なす」で「勝利する」と解読。③も同様に解読。

・「利」の“鋭い”は、其七6-2②「兌」で記述された「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器」の意味を積み上げていると考察。結果、「切れ味の鋭い武器となった旺盛な士気」と解読。

・「害」の“殺す”は、其七6-2②「帰」で記述された「夕暮れ時の殺がれた士気は既に敗北した状態になる」の意味を積み上げていると考察。結果、「(士気が)殺がれて敗北した状態になる」と解読。

<③について>
・「害」の“殺す”は、②「害」で記述された「切れ味の鋭い武器となった旺盛な士気が殺がれて敗北した状態になる」の意味を積み上げていると考察。結果、「切れ味の鋭い武器となった旺盛な士気が殺がれて敗北した状態になる」と補って解読。

・「利」の“勢い”は、話の流れより軍隊の勢いを指すと考察。結果、「軍隊の勢い」と補って解読。④も同様に解読。

・2つ目の「以」は、①2つ目の「以」で記述された「勝利する理由」の意味を積み上げていると考察。結果、「勝利する理由」と補って解読。

<④について>
・「告」の“請求する”は、③「告」で記述された「勝利する理由を求める」の意味を積み上げていると考察。結果、「勝利する理由を求める」と補って解読。

・2つ目の「以」は、②「犯」の「犯罪歴のある兵士達」を指示する代名詞と解釈。この兵士達は士気が殺がれている状態であることを踏まえて、「士気の殺がれた兵士達」と解読。

・「之の以うこと害なう」の直訳は“彼の考えることを殺す”となる。これは「勝利する理由を求める」文意を踏まえて、其七6-1①「心を奪う」で記述された「敵将軍からは考えていた計画を強制的に取る」から類推すれば、将軍の考えていた計画を強制的に取って台無しにすることと考察。結果、「将軍の考えていた計画を台無しにする」と解読。

<⑤について>
・「犯」の“(思わしくない事態・結果を)招く”は、④「犯」で記述された「士気の殺がれた兵士達は、将軍の考えていた計画を台無しにして、思わしくない事態や結果を招く」の意味を積み上げていると考察。結果、「兵士達が計画を台無しにして、思わしくない事態や結果を招く」と補って解読。

・「之」は、③「之」の「将軍」を指示する代名詞と解読。

・1つ目の「以」は、④2つ目の「以」の「士気の殺がれた兵士達」を指示する代名詞と解読。

<⑥について>
・「告」の“(上の者が下の者に)知らせる”は、⑤「告」で記述された「士気の殺がれた兵士達を都合が悪いと思って、勝利しない理由として知らせる」の意味を積み上げていると考察。結果、「士気の殺がれた兵士達が勝利しない理由と知らせる」と補って解読。

・「之」は、⑤1つ目の「以」の「士気の殺がれた兵士達」を指示する代名詞と解釈。冗長にならないように「兵士達」と簡潔に解読。

・1つ目の「以」は、⑤「之」の「将軍」を指示する代名詞と解釈。話の流れに合わせて「その将軍」と解読。

<⑦について>
・「害」の“都合が悪いと思う”は、⑥「害」で記述された「都合が良くないと考えた兵士達は面と向かって逆らうのであり、その将軍は都合が悪いと思う」の意味を積み上げていると考察。結果、「兵士達が逆らう事態を都合が悪いと思う」と補って解読。

・「之」は、⑥1つ目の「以」の「将軍」を指示する代名詞と解読。

・「犯」の“(法などを)侵害する”の“法”は、其一2-7②「法」の「法規」を指すと考察。結果、「法規を侵害する」と解読。

・1つ目の「以」の“事を行う”は、将軍が法規を侵害して逆らう兵士達に対して行う事柄と考察すれば、其九4-26②「行き詰まっている敵の隊長は、一つひとつの罪状を数え挙げて責めてから鞭打つのである」に基づき、「鞭打つ処罰を行う」と解読できる。

・「利しく勿しと以うもの」の直訳は“都合が良くないと見なす者”となる。これは鞭打つ処罰を受ける兵士達を指すと考察。結果、「都合が良くないと見なした兵士達」と解読。

<⑧について>
・「告」の“告発する”は、⑦「告」で記述された「都合が良くないと見なした兵士達に告発される」の意味を積み上げていると考察。結果、受身形で「都合が良くないと見なした兵士達に告発される」と補って解読。

・1つ目の「以」は、⑦「之」の「将軍」を指示する代名詞と解読。

・「之」の“彼”は、将軍が告発されている状況を踏まえれば君主を指すと考察できる。結果、「君主」と解読。

・「害」の“殺す”は、君主に逆らった将軍が殺されることであるため、使役形で「処刑される」と解読。

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