幷びに敵は一に向けしめて、千里にして将より殺ぼすなり。此を胃すれば、事は巧たるなり。

其十一9-2

并敵一向、千里殺將。此胃巧事。

bìng dí yī xiàng、qiān lǐ shā jiāng。cǐ wèi qiǎo shì。

解読文

①一斉に敵軍を、数多くある狙いどころの内の一点に向けて出兵させて、千里先にいる敵将軍の考えていた計画を取り除くのである。これを消化して身につければ、敵将軍の軍事行動は上辺だけで内実が無いのである。

②敵軍が狙いを定めた自軍と面と向かった時、敵将軍に考えていた計画を捨てさせれば、敵将軍は必ず自軍と戦うことを憂い悲しむのである。すなわち、敵兵達が覚えた任務は上辺だけで内実が無いのである。

③狙いを定めた自軍との戦闘開始が近づいた時、敵将軍の考えていた計画との差異があれば、非常に数多くの敵兵達が憂い悲しみ、任務を捨て去って逃走するのである。この逃走する敵兵達は、奇策部隊が攻め取って自軍の兵士数を増やすことができるのである。

④任務を捨て去った敵兵達は、数多くある逃げ道の内の一点を目指して逃走させるのであり、必ず、敵部隊を攻め取る奇策部隊が隠れている場所に送り届けるのである。この奇正の戦術の技能を消化して身につけて用いるのである。

⑤一点の逃げ道だけに集中して逃走する敵兵達が、奇策部隊の隠れている場所に近づいた時、必ず一斉に出現して攻め取るのである。奇正の戦術の技能を消化して身につければ、このように巧みに実践するのである。

⑥奇策部隊の間者は、攻め取った敵兵達と向き合って、必ず故郷を捨てさせて服従させるのである。この生きたまま敵を取得する間者は、敵国からの離反を攻め取った敵兵達に受け入れさせるのである。

⑦攻め取った敵兵達に故郷を捨てさせても、元敵兵の世話役に対して歯向かえば、必ず里に連れて行って一定の区画に封じるのである。この世話役に歯向かう敵兵達に、上辺だけで内実が無くても任務を受け入れさせて、自軍に従事させるのである。

⑧攻め取った敵兵達は全て自軍に統一して、非常に数多くの敵里を目指して行くのであり、その敵里を奪い取って陣地にすれば、自軍の権勢を壮大にするのである。これを消化して身につければ、巧みな軍事行動になるのである。
書き下し文
①幷(なら)びに敵は一に向けしめて、千里にして将より殺(ほろ)ぼすなり。此を胃すれば、事は巧(こう)たるなり。

②敵の一に向かうに、幷(す)てしめば、将は千に殺(さつ)すること里(うれ)えるなり。此(ここ)に、胃する事は巧(こう)たるなり。

③一と向(なんなん)とするに、殺(さい)あれば、千(ちぢ)なる敵は里(うれ)えて、幷(す)てて将(ゆ)くなり。此は事に巧(よ)く胃するなり。

④幷(す)てる敵は一に向かわしむなり、千に殺(ほろ)ぼすものの里に将(おく)るなり。此の巧みを胃して事(つか)うなり。

⑤一(いつ)にして将(ゆ)く敵の、里に向(なんなん)とするに、千に幷(なら)びにありて殺(ほろ)ぼすなり。胃すれば、此(か)く巧みなりて事(こと)とするなり。

⑥一(ひと)りは、殺(ほろ)ぼす敵に向かいて、千に里を幷(す)てしめて将(したが)わしむなり。此の事は、巧みなりて胃せしむなり。

⑦幷(す)てしむも、人(ひと)りに向かいて敵すれば、千に里に将(ともな)いて殺(ほろ)ぼすなり。此に、巧(こう)なるも胃せしめて事(こと)とせしむなり。

⑧敵は一(いつ)に幷(あわ)せて、千(ちぢ)なる里に向かうなり、殺(ほろ)ぼせば将(おお)きくするなり。此を胃すれば、巧みなる事なすなり。
<語句の注>
・「幷」は①一斉に、②③④捨て去る、⑤一斉に、⑥⑦捨て去る、⑧合併する、の意味。
・「敵」は①②③④⑤⑥戦争や競争で対抗する相手、⑦歯向かう、⑧戦争や競争で対抗する相手、の意味。
・「一」は①②③④多くの事物の中の一部、⑤専らに集中する、⑥⑦一人、⑧全て、の意味。
・「向」は①~に向けて出兵する、②面と向かう、③ある状態になりつつある、④ある場所を目指して行く、⑤近づく、⑥向き合う、⑦~に対して、⑧ある場所を目指して行く、の意味。
・「千」は①数の名、②必ず、③非常に数が多いさま、④⑤⑥⑦必ず、⑧非常に数が多いさま、の意味。
・「里」は①長さの単位、②③憂い悲しむ、④⑤居所、⑥故郷、⑦⑧住民の集落(里)、の意味。
・「殺」は①取り除く、②戦う、③差異、④⑤⑥⑦⑧取り除く、の意味。
・「将」は①②将軍、③去る、④送り届ける、⑤去る、⑥服従する、⑦連れて行く、⑧壮大なさま、の意味。
・「此」は①代名詞、②すなわち、③④代名詞、⑤このように、⑥⑦⑧代名詞、の意味。
・「胃」は①②③④⑤⑥⑦⑧飲食したものを蓄え消化する器官、の意味。
・「巧」は①②上辺だけで内実がないさま、③~することができる、④技能、⑤⑥巧みなさま、⑦上辺だけで内実がないさま、⑧巧みなさま、の意味。
・「事」は①軍事行動、②任務、③職業、④用いる、⑤実践する、⑥職業、⑦従事する、⑧軍事行動、の意味。
<解読の注>
中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文は「◇◇◇◇、千里殺將、此胃巧事」と前半が欠落しているため、孫子(講談社)の原文に従った。但し、孫子(講談社)の原文は「殺」を「厥」とするが、「胃」を「謂」とするが中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・「一に向けしむ」の直訳は“多くの事物の中の一部に向けて出兵させる”となる。これは敵軍を、数多くある狙いどころの内、一点に向けて出兵させることと考察。結果、「数多くある狙いどころの内の一点に向けて出兵させる」と解読。

・「殺」の“取り除く”は、其七6-1①「奪」の“強制的に取る”を指すと解釈すれば、其七6-1①「敵全軍を統率する敵将軍からは考えていた計画を強制的に取る」の意味を積み上げていると考察できる。結果、「将より殺ぼす」で「敵将軍の考えていた計画を取り除く」と補って解読。

・「此」は、「并敵一向、千里殺將」を指示する代名詞と解釈。ここでは簡潔に「これ」と解読。⑧も同様に解読。

・「胃」は“飲食したものを蓄え消化する器官”であり、飲食したものを自分の血や肉に変える器官である。そこで“飲食したもの”を“教え”と置き換えれば、“血や肉に変える”とは“(教えを)身につける”ことと解釈できる。結果、「消化して身につける」と解読。④⑧も同様に解読。

・「事」の“軍事行動”は、考えていた計画を取り除いた後の敵将軍の軍事行動を指すと考察。結果、「敵将軍の軍事行動」と補って解読。

<②について>
・「一」の“多くの事物の中の一部”は、①「一」で記述された「数多くある狙いどころの内の一点に向けて出兵させる」の意味を積み上げていると考察すれば、敵将軍が狙いを定めた一点で待ち構える自軍と考察できる。結果、「狙いを定めた自軍」と解読。③も同様に解読。

・「幷」の“捨て去る”は、①「千里先にいる敵将軍の考えていた計画を取り除く」に基づけば、敵将軍に計画を捨てさせることと考察できる。結果、使役形で「敵将軍に考えていた計画を捨てさせる」と補って解読。

・「胃」は“飲食したものを蓄え消化する器官”であり、飲食したものを自分の血や肉に変える器官である。そこで“飲食したもの”を“敵兵達の任務”と置き換えれば、“血や肉に変える”とは“(任務を)覚える”ことと解釈できる。結果、「胃する事」で「敵兵達が覚えた任務」と解読できる。

<③について>
・「向」の“ある状態になりつつある”の“ある状態”は、話の流れより戦闘状態と考察できる。結果、「戦闘開始が近づく」と解読。

・「殺」の“差異”は、敵将軍の考えていた計画との差異と考察。結果、「敵将軍の考えていた計画との差異」と補って解読。

・「幷」の“捨て去る”は、敵兵達が任務を捨て去ることと考察。結果、「任務を捨て去る」と補って解読。④も同様に解読。

・「将」の“去る”は、任務を捨て去った敵兵達が逃亡することと考察。結果、「逃走する」と言い換えた。⑤も同様に解読。

・「此」は、「敵」の「敵兵達」を指示する代名詞と解釈。この敵兵達は逃走することを踏まえて、「この逃走する敵兵達」と解読。

・「胃」は“飲食したものを蓄え消化する器官”であり、飲食したものを自分の血や肉に変える器官である。そこで“飲食したもの”を“逃走する敵兵達”と置き換えれば、“血や肉に変える”とは“攻め取って自軍の兵士数を増やす”ことと解釈できる。結果、「攻め取って自軍の兵士数を増やす」と解読できる。

・「事」の“職業”は、「逃走する敵兵達」を攻め取る部隊と考察できるため、「奇策部隊」と解読。

<④について>
・「一に向かわしむ」の直訳は“多くの事物の中の一部を目指して行かせる”となる。これは任務を捨て去った敵兵達を、数多くある逃げ道の内、一点に絞って逃走させることと考察。結果、「数多くある逃げ道の内の一点を目指して逃走させる」と解読。

・「殺ぼすものの里」の直訳は“取り除く者の居所”となる。これは「任務を捨て去った敵兵達」を奇策部隊が隠れている場所に送り届ける文意であるため、“取り除く”は敵国から敵兵を取り除くことであり、攻め取ることと考察。結果、「敵部隊を攻め取る奇策部隊が隠れている場所」と補って解読。

・「此」は、「并敵一向、千里殺將」を指示する代名詞と解釈。この指示する内容は奇正の戦術であるため、「此の巧み」で「この奇正の戦術の技能」と補って解読。

<⑤について>
・「一」の“専らに集中する”は、④「任務を捨て去った敵兵達は、数多くある逃げ道の内の一点を目指して逃走させる」に基づけば、「一点の逃げ道だけに集中する」と補って解読。

・「里」の“居所”は、④「里」で記述された「奇策部隊が隠れている場所」の意味を積み上げていると考察。結果、「奇策部隊の隠れている場所」と補って解読。

・「殺」の“取り除く”は、④「殺ぼすもの」同様に解釈して「攻め取る」と解読。⑥も同様に解読。

・「胃」の“飲食したものを蓄え消化する器官”は、④「胃」で記述された「この奇正の戦術の技能を消化して身につける」の意味を積み上げていると考察。結果、「奇正の戦術の技能を消化して身につける」と補って解読。

<⑥について>
・「一」の“一人”は、奇策部隊を率いる其十二2-2①「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察。結果、話の流れがわかるように「奇策部隊の間者」と解読。

・「此」は、「并敵一向、千里殺將」を指示する代名詞と解釈。この指示する内容は「生きたまま敵を取得する間者」であるため、「此の事」で「この生きたまま敵を取得する間者」と補って解読。

・「胃」は“飲食したものを蓄え消化する器官”であり、飲食したものを自分の血や肉に変える器官である。そこで“飲食したもの”を“(攻め取った敵兵達が)敵国から離反すること”と置き換えれば、“血や肉に変える”とは“(離反を)受け入れる”ことと解釈できる。結果、使役形で「敵国からの離反を攻め取った敵兵達に受け入れさせる」と解読できる。

<⑦について>
・「幷」の“捨て去る”は、⑥「幷」で記述された「攻め取った敵兵達と向き合って、故郷を捨てさせる」の意味を積み上げていると考察。結果、「攻め取った敵兵達に故郷を捨てさせる」と補って解読。

・「一」の“一人”は、自国に寝返っても歯向かう敵兵達が狙う相手と解釈できるため、其十一5-4③「元敵兵の世話役に抵抗する主導者は、必ず重要人物と名簿に記録するのであり、災いを起こす原因となる元敵兵達を里等の一定の区画に封じるに至るのである」に基づけば、元敵兵の世話役を考察できる。結果、「元敵兵の世話役」と解読。

・「里に将いて殺ぼす」の直訳は“里に連れて行って取り除く”となる。これは其十一5-4③「災いを起こす原因となる元敵兵達を里等の一定の区画に封じる」を指すと考察。結果、「里に連れて行って一定の区画に封じる」と解読。

・「此」は、⑥「敵」の「攻め取った敵兵達」を指示する代名詞と解釈。この敵兵達は世話役に歯向かうことを踏まえて、「この世話役に歯向かう敵兵達」と解読。

・「胃」の“飲食したものを蓄え消化する器官”であり、飲食したものを自分の血や肉に変える器官である。そこで“飲食したもの”を“(歯向かう敵兵達の)任務”と置き換えれば、“血や肉に変える”とは“(任務を)受け入れる”ことと解釈できる。結果、使役形で「任務を受け入れさせる」と解読できる。

<⑧について>
・「敵」の“戦争や競争で対抗する相手”は、⑦「此」の「攻め取った敵兵達」を指すと考察。結果、「攻め取った敵兵達」と解読。

・「幷」の“合併する”は、「攻め取った敵兵達」を自軍に統一することと考察。結果、「自軍に統一する」と補って解読。

・「殺」の“取り除く”は、話の流れより自軍が里等を敵国から取り除くことと解釈すれば、其七1-2①「敵国の里を奪い合って陣取る」を実行することと考察できる。結果、「その敵里を奪い取って陣地にする」と言い換えた。

・「将」の“壮大なさま”は、其七4-3①「開拓した陣地を繋ぎ止めて全軍の権勢が生じれば、自軍が行動し始めた時、敵軍に危険を感じさせることができる」に基づけば、自軍の権勢を壮大にすることと考察できる。結果、「自軍の権勢を壮大にする」と解読。

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