一に曰く人を火き、二に曰く漬を火き、三に曰く輜を火き、四に曰く庫を火き、五に曰く隊を火く。

其十三1-2

一曰火人、二曰火漬、三曰火輜、四曰火庫、五曰火隊。

yī yuē huǒ rén、èr yuē huǒ zì、sān yuē huǒ zī、sì yuē huǒ kù、wŭ yuē huǒ duì。

解読文

①五種類ある巧みに仕掛ける火災とは、第一に俗世間に火事を起こすことであり、第二に諸侯との同盟文書を燃やすことであり、第三に武器や食糧などを運ぶ荷車を燃やすことであり、第四に物品や金銭を蓄えておく建物や場所に火事を起こすことであり、第五に谷あいの険しい道に火事を起こすことである。

②敵里等の敵兵達が自軍への抵抗だけに集中している状態であれば、俗世間に火事を起こすのである。同盟した諸侯に信用できない汚れた言動があれば、同盟文書を燃やすのである。敵軍に武器や食糧などを補給する荷車が出現すれば、何度もその荷車を燃やすのである。敵軍が四種類の場所「高くそびえた山、高くて平坦な土地、河川、乾燥地」にいて物品や金銭を蓄えておく建物や場所があれば、その建物や場所に火事を起こすのである。険しい場所に集落があれば、奇策部隊の間者が、その近辺にある谷あいの険しい道で火事を起こすのである。

③俗世間に火事を起こすことで、純粋な敵兵達は怒って判断力を失うのである。諸侯との同盟文書を燃やすことで、信用できない汚れた言動をする諸侯は、怒って立場を変えるのである。武器や食糧などを運ぶ荷車を燃やすことで、敵将軍が怒って武器や食糧などを補給する荷車を出現させるのは軍隊行動の必然性である。物品や金銭を蓄えておく建物や場所に火事を起こすことで、敵将軍を怒らせて管理者である若い軽戦車の操縦士達を牢に入れさせれば、敵軍を思うままに操ったのである。谷あいの険しい道に火事を起こすことで、通過しようとした敵部隊に進路と逃げ道を失わせた時、急に奇策部隊の間者が出現するのである。

④純粋な敵兵達が怒って判断力を失った時、自軍が突入するのであり、火災のように正攻法部隊がどんどん攻め込んで敵の逃げ場を奪い取って誘導していき、奇策部隊の隠れている場所だけに逃げ道を集中させるのである。同盟した諸侯に信用できない汚れた言動があった時は、自国側から立場を変えるのであり、その諸侯を水没させるように周辺諸国で取り囲んだ状態で同盟文書を燃やすのである。敵将軍に軍隊行動の必然性がある時は、何度も荷車を燃やせば、何度も敵軍に武器や食糧などを補給する荷車を出現させた結果、物品や金銭を蓄えておく建物や場所から蓄えを消すのである。敵軍が四種類の場所「高くそびえた山、高くて平坦な土地、河川、乾燥地」にいても、敵軍を思うままに操るからこそ火災のように正攻法部隊がどんどん攻め込んで敵の逃げ場を奪い取って誘導していくのであり、通過しようとした敵部隊から進路と逃げ道を失わせるからこそ奇策部隊の間者が戦意を失わせるのである。
書き下し文
①一に曰く人を火(や)き、二に曰く漬(し)を火(や)き、三に曰く輜(し)を火(や)き、四に曰く庫(くら)を火(や)き、五に曰く隊(すい)を火(や)く。

②曰く人の一にすれば火(や)く。曰く二(うたが)う漬(し)あれば火(や)く。曰く輜(し)あれば三たび火(や)く。曰く四におりて庫(くら)あれば火(や)く。曰く隊(たい)あれば五は火(や)く。

③曰(ここ)に一なる人は火するなり。曰(ここ)に漬(し)あるものは、火して二つにするなり。曰(ここ)に火して輜(し)あらしむは三なり。曰(ここ)に火せしめて庫せしめば四なすなり。曰(ここ)に隊(お)とせしむに火なりて五あるなり。

④曰(ここ)に人あるなり、火なして一にせしむなり。曰(ここ)に二つにするなり、漬(つ)けて火(や)くなり。曰(ここ)に火(や)けば、三たび輜(し)あらしめて、庫(くら)を火(や)くなり。四におるも、曰(ここ)に火なすなり、曰(ここ)に五は隊(お)とせしむなり。
<語句の注>
・「一」は①数の名、②専らに集中する、③純粋なさま、④専らに集中する、の意味。
・1つ目の「曰」は①②~である、③④語気の強調、の意味。
・1つ目の「火」は①②燃やす、③怒り、④其七4-2①「火」、の意味。
・「人」は①俗世間、②③④民衆、の意味。
・「二」は①数の名、②信用しない、③④(信念や立場を)変える、の意味。
・2つ目の「曰」は①②~である、③④語気の強調、の意味。
・2つ目の「火」は①②燃やす、③怒り、④燃やす、の意味。
・「漬」は①染み込ませる、②③染み付いた汚れ、④水につける、の意味。
・「三」は①数の名、②何度も、③三番目という序数、④何度も、の意味。
・3つ目の「曰」は①②~である、③④語気の強調、の意味。
・3つ目の「火」は①②燃やす、③怒り、④燃やす、の意味。
・「輜」は①②③④武器や食糧などを運ぶ荷車、の意味。
・「四」は①②数の名、③四回目という序数、④数の名、の意味。
・4つ目の「曰」は①②~である、③④語気の強調、の意味。
・4つ目の「火」は①②燃やす、③怒り、④燃やす、の意味。
・「庫」は①②物品や金銭を蓄えておく建物や場所、③牢、④物品や金銭を蓄えておく建物や場所、の意味。
・「五」は①数の名、②③④五番目という序数、の意味。
・5つ目の「曰」は①②~である、③④語気の強調、の意味。
・5つ目の「火」は①②燃やす、③急なさま、④其七4-2①「火」、の意味。
・「隊」は①谷あいの険しい道、②人が集まってできた組織、③④失う、の意味。
<解読の注>
・孫子(講談社)の原文は「一曰火人、二曰火積、三曰火輜、四曰火庫、五曰火隊。」と「漬」を「積」とするが、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従った。
・この句には四通りの書き下し文と解読文がある。①②③④と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・其十三1-1①「巧みに仕掛ける火災には五種類存在」に対する五種類の内容が記述されていると解釈。結果、「五種類ある巧みに仕掛ける火災」を主語として補った。

・「人」の“俗世間”は、其六4-10④「人」で「陣地にした敵里等」と解釈したことから類推すれば、其一2-5④「敵国の町、村、里、集落」全般が代表例と考察できる。但し、これら以外が含まれる可能性も考慮して、そのまま「俗世間」と解読する。

・1つ目と4つ目と5つ目の「火」の“燃やす”は、それぞれの対象に対して戦術的な意図をもって火事を起こすことと考察。結果、「火事を起こす」と言い換えた。

・「漬」の“染み込ませる”は、紙に墨を染み込ませて、文字を書くことを指すと考察。これは、其九4-12②「相互に文字による誓い」で文書が作成されることと解釈できる。文書の内容は様々あると思われるが、ここでは話の内容に合わせて「漬」で「諸侯との同盟文書」と解読。なお、「諸侯との同盟文書を燃やす」という解読文になるが、要は一方的に同盟を反故にすることと解釈できる。

<②について>
・「人の一にする」の直訳は“民衆が専らに集中する”となる。これは自軍が奪い取ろうとしている其一2-5④「敵国の町、村、里、集落」の敵兵達が自軍に抵抗することだけに集中している状態と考察。結果、「敵里等の敵兵達が自軍への抵抗だけに集中している」と補って解読。

・1つ目の「火」の“燃やす”は、①1つ目の「火」で記述された「俗世間に火事を起こす」の意味を積み上げていると考察。結果、「俗世間に火事を起こす」と補って解読。

・「二う漬」の直訳は“信用しない染み付いた汚れ”となる。これは同盟文書を取り交わした諸侯の考え方に汚れ(不純さ)があることと解釈できる。但し、汚れた考え方を自ら露呈する物は少ないと思われるため、その考え方が染み付いたために滲み出た汚れた言動から判断していると推察。結果、「同盟した諸侯の信用できない汚れた言動」と解読。

・2つ目の「火」の“燃やす”は、①2つ目の「火」で記述された「諸侯との同盟文書を燃やす」の意味を積み上げていると考察。結果、「同盟文書を燃やす」と補って解読。④も同様に解読。

・「輜あり」の直訳は“武器や食糧などを運ぶ荷車を出現する”となる。これは敵軍が補給することと考察。結果、「敵軍に武器や食糧などを補給する荷車が出現する」と解読。③④も同様に解読。

・3つ目の「火」の“燃やす”は、①3つ目の「火」で記述された「武器や食糧などを運ぶ荷車を燃やす」の意味を積み上げていると考察。結果、話の流れに合わせて「その荷車を燃やす」と補って解読。

・「四」の“数の名”は、其九1-10①1つ目の「四」で記述された「四種類の場所」を指し、具体的には「高くそびえた山、高くて平坦な土地、河川、乾燥地」と考察できる。結果、「四におる」で「敵軍が四種類の場所「高くそびえた山、高くて平坦な土地、河川、乾燥地」にいる」と解読。④も同様に解読。

・4つ目の「火」の“燃やす”は、①4つ目の「火」で記述された「物品や金銭を蓄えておく建物や場所に火事を起こす」の意味を積み上げていると考察。結果、話の流れに合わせて「その建物や場所に火事を起こす」と補って解読。

・「隊」の“人が集まってできた組織”は、其九3-3③「思いのままに駐屯して自軍が険しい場所を占有した時、守りを堅固にする将軍は、集落の溜池をすっきり整えて成長したアシで紙やむしろを作り、生えたばかりのアシが寄り集まった場所や集落で使われていない用水路に少人数の奇策部隊を覆い隠して利点とする」に基づいた奇正の戦術を仕掛ける内容に繋がっていくと解釈できるため、「隊ある」で「険しい場所に集落がある」と補って解読。

・「五」の“五番目という序数”は、其十二2-2①で五番目に記述された「生きたまま敵を取得する間者」を指すと考察。「生きたまま敵を取得する間者」は奇策部隊に所属していることを踏まえて、「奇策部隊の間者」と解読。③④も同様に解読。

・5つ目の「火」の“燃やす”は、①5つ目の「火」で記述された「谷あいの険しい道に火事を起こす」の意味を積み上げていると考察。この“谷あいの険しい道”は集落の近くにあると解釈できるため、話の流れに合わせて「その近辺にある谷あいの険しい道で火事を起こす」と補って解読。

<③について>
・1つ目の「曰」の“語気の強調”には、①1つ目の「俗世間に火事を起こす」の意味が積み上がっていると考察。結果、「俗世間に火事を起こすことで」と解読。

・1つ目の「火」の“怒り”は、自軍への抵抗だけに集中している敵兵達から冷静な判断力を失わせる狙いと推察できる。結果、「火する」で「怒って判断力を失う」と補って解読。

・2つ目の「曰」の“語気の強調”には、①2つ目の「諸侯との同盟文書を燃やす」の意味が積み上がっていると考察。結果、「諸侯との同盟文書を燃やすことで」と解読。

・「漬あるもの」の直訳は“染み付いた汚れがある者”となる。これは②「漬」で記述された「同盟した諸侯の信用できない汚れた言動」の意味を積み上げていると考察。結果、「信用できない汚れた言動をする諸侯」と解読。

・3つ目の「曰」の“語気の強調”には、①3つ目の「武器や食糧などを運ぶ荷車を燃やす」の意味が積み上がっていると考察。結果、「武器や食糧などを運ぶ荷車を燃やすことで」と解読。

・3つ目の「火」の“怒り”は、武器や食糧などを運ぶ荷車を燃やされた敵将軍が怒るのだと考察。結果、「敵将軍が怒る」と補って解読。

・「三」の“三番目という序数”は、其四4-2①で三番目に記述された「数」の「軍隊行動の必然性」を指すと考察。結果、「軍隊行動の必然性」と解読。

・4つ目の「曰」の“語気の強調”には、①4つ目の「物品や金銭を蓄えておく建物や場所に火事を起こす」の意味が積み上がっていると考察。結果、「物品や金銭を蓄えておく建物や場所に火事を起こすことで」と解読。

・4つ目の「火」の“怒り”は、武物品や金銭を蓄えておく建物や場所を焼失させて、敵将軍を怒らせるのだと考察。結果、使役形で「敵将軍を怒らせる」と補って解読。

・「庫」の“牢”は、其九4-11④「身分が低くて若い兵士は、産物を貯えて寝床の側部に並べて置くことを第一にする」より「物品や金銭を蓄えておく建物や場所」の管理者が「身分が低くて若い兵士(軽戦車の操縦士)」だとわかる。話の流れを読めば、敵将軍が怒って、この「身分が低くて若い兵士」を監獄に入れたような状態にすると考察できる。結果、「庫せしむ」で「管理者である若い軽戦車の操縦士達を牢に入れさせる」と補って解読。つまり、物品や金銭を失わせるだけでなく、若い軽戦車の操縦士達を部隊から除外させることができると考察。

・「四」の“四回目という序数”は、其四4-2①で四番目に記述された「称」の「敵軍を思うままに操る」を指すと考察。結果、「四なす」で「敵軍を思うままに操る」と解読。

・5つ目の「曰」の“語気の強調”には、①5つ目の「谷あいの険しい道に火事を起こす」の意味が積み上がっていると考察。結果、「谷あいの険しい道に火事を起こすことで」と解読。

・「隊」の“失う”は、集落の近辺にある谷あいの険しい道で火事を起こしたことで、その道を通過しようとした敵部隊は進路を失った状態であり、同時に、知らない内に奇策部隊から逃げる道も失っている状態と考察できる。結果、使役形で「通過しようとした敵部隊に進路と逃げ道を失わせる」と補って解読。なお、「周辺の谷あいの険しい道に火事を起こさせる」目的は、険しい場所を通過するための回り道を教えてもらうために集落に赴かせるためであり、その敵部隊の行動を予測できる利点があるのだと解釈できる。

<④について>
・1つ目の「曰」の“語気の強調”には、③1つ目の「純粋な敵兵達は怒って判断力を失う」の意味が積み上がっていると考察。結果、「純粋な敵兵達が怒って判断力を失った時」と解読。

・「人」の“民衆”は、敵里等に火事を起こした瞬間に突入する自軍を指すと考察。結果、「人ある」で「自軍が突入する」と解読。

・1つ目と5つ目の「火」は、其七4-2①「火」で記述された「侵して掠めること火の如く」の「正攻法部隊がどんどん攻め込んで敵の逃げ場を奪い取って誘導していく様子はまるで広がっていく火災が逃げ場を奪って火のない所へ人を導く様子に等しい」を指すと考察。結果、「火災のように正攻法部隊がどんどん攻め込んで敵の逃げ場を奪い取って誘導していく」と解読。

・「一」の“専らに集中する”は、火災のような正攻法部隊によって敵兵達の逃げ道を一点に集中させること考察。なお、その逃げ道の先には自軍の奇策部隊が隠れているのであり、その隠れ場所に正攻法部隊が誘導していくのだと解釈できる。結果、使役形で「奇策部隊の隠れている場所だけに逃げ道を集中させる」と補って解読。

・2つ目の「曰」の“語気の強調”には、②2つ目の「同盟した諸侯に信用できない汚れた言動がある」の意味が積み上がっていると考察。結果、「同盟した諸侯に信用できない汚れた言動があった時」と解読。

・「二」の“(信念や立場を)変える”は、自国側から同盟を結んでいる諸侯に対して立場を変えることと考察。結果、「自国側から立場を変える」と解読。

・「漬」の“水につける”は、其六6-1⑤「水没させて兵士達を戦死させる」及び其六6-1⑥「兵士達を水没させるように奇策部隊と正攻法部隊で獲物となった敵部隊を取り囲む奇正の戦術は成功する」で記述された「水」の道理から類推すれば、信用できない汚れた言動をした諸侯を水没させることと考察できる。つまり、その諸侯に対して、周辺諸国を味方につけて取り囲んで孤立させ、予め敗北した状態に追い込むことと考察できる。結果、「その諸侯を水没させるように周辺諸国で取り囲む」と補って解読。

・3つ目の「曰」の“語気の強調”には、③3つ目の「敵将軍が怒って武器や食糧などを補給する荷車を出現させるのは軍隊行動の必然性」の意味が積み上がっていると考察。結果、「敵将軍に軍隊行動の必然性がある時」と解読。

・3つ目の「火」の“燃やす”は、②3つ目の「火」で記述された「何度もその荷車を燃やす」の意味を積み上げていると考察。結果、「何度も荷車を燃やす」と補って解読。

・「庫を火く」の直訳は“物品や金銭を蓄えておく建物や場所を燃やす”となる。これは、何度も敵軍に武器や食糧などを補給させた結果、補給の源である蔵の蓄えを浪費させることと考察。なお、物を燃やせば、灰となって消える現象からも辻褄の合う解釈と言える。結果、「物品や金銭を蓄えておく建物や場所から蓄えを消す」と解読。

・4つ目の「曰」の“語気の強調”には、③4つ目の「敵将軍を怒らせて管理者である若い軽戦車の操縦士達を牢に入れさせれば、敵軍を思うままに操ったのである」の意味が積み上がっていると考察。結果、「敵軍を思うままに操るからこそ」と解読。

・5つ目の「曰」の“語気の強調”には、③5つ目の「通過しようとした敵部隊に進路と逃げ道を失わせた時」の意味が積み上がっていると考察。結果、「通過しようとした敵部隊から進路と逃げ道を失わせるからこそ」と解読。

・「隊」の“失う”は、獲物となった敵部隊に逃げ道が無い状況を踏まえれば戦意を失わせることと考察できる。結果、使役形で「戦意を失わせる」と補って解読。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。