故曰く、慮りて之いれば明るき主たり、随いて之いれば良き将たり。

其十三4-1

故曰、明主慮之、良將隨之。

gù yuē、míng zhǔ lǜ zhī、liáng jiāng suí zhī。

解読文

①道理とは、深く考えて使えば物事によく通じている君主になり、追求して使えば優れた将軍になるのである。

②戦略、戦術とは、道理を重要視して検討すれば兵士達の士気が旺盛で切れ味の鋭い武器となるのであり、この軍隊を統率する時、善良な将軍は戦略、戦術のお手本の通りに従うのである。

③過去の戦争事例とは、将軍の考えている戦略、戦術の計画について君主が心配しても、好ましい結果を保証するのであり、その将軍に任せるようになるのである。

④同盟を結んでいる諸侯は、諸侯と連合して全軍の権勢を掲げる過去の戦争事例を主張して自軍の勝利をはっきり悟らせれば、確かに服従させた状態に至って自軍の後を追って戦地に赴くのである。

⑤物事によく通じている将軍は、同盟を結んでいる諸侯がゆっくり進軍して到着に時間がかかるならば、使者を派遣して「自軍は衰えた」と言わせて敵将軍の計画実行を邪魔するのである。

⑥敵将軍は「これは相手軍の策略である」と言って、自軍が衰えた情報の真偽を調べて事実を公にしようとすれば、即座に和やかな雰囲気で穀物等を捧げる計画に変えるのである。

⑦敵将軍が自軍の策略を心配している間に、同盟を結んでいる諸侯が戦地に出現することで敵将軍に敗北をはっきり悟らせるのである。善良な将軍は、戦略、戦術のお手本の通りに従って、敵将軍を服従させるのである。

⑧だからこそ、物事によく通じている君主は、縄で結んで一体化するように同盟を結んでいる諸侯との協力関係を強化するのであり、戦略、戦術のお手本の通りに従う将軍は、敵軍を衰えさせることができるのである。
書き下し文
①故曰く、慮(おもんぱか)りて之(もち)いれば明るき主たり、随(したが)いて之(もち)いれば良き将たり。

②故曰く、之を主として慮れば明たり、之を将(ひき)いるに良は随(したが)うなり。

③故曰く、主の之を慮(おもんぱか)るも良きこと明らかにするなり、将に随(したが)うに之(いた)る。

④故曰く、慮(むす)ぶ之を主として明らかにせしめば、良(まこと)に将(したが)わしむに之(いた)りて随(したが)う。

⑤明るき主は、之の将(すす)むに良たれば、随(ずい)を之(ゆ)かしめて故(ふ)ると曰わしめて、慮(みだ)すなり。

⑥主は故なりと曰いて、之を慮(りょ)して明らかにせんとすれば、随(したが)って良たりて将(おこな)うことに之(ゆ)かしむなり。

⑦主の之を慮(おもんぱか)るに、曰(ここ)に故ありて明らかにせしむなり。良は、随(したが)いて之を将(したが)わしむなり。

⑧曰(ここ)に、明るき主は之を慮(むす)ぶなり、随(したが)う将は良く之を故(ふ)らしむなり。
<語句の注>
・「故」は①道理、②たくらみ、③事変、④旧交、⑤衰える、⑥悪事、⑦旧交、⑧衰える、の意味。
・「曰」は①②③④~である、⑤⑥~と言う、⑦⑧語気の強調、の意味。
・「明」は①物事によく通じているさま、②夜明け、③保証する、④はっきり悟る、⑤物事によく通じているさま、⑥明るみに出す、⑦はっきり悟る、⑧物事によく通じているさま、の意味。
・「主」は①一国の長、②重要視する、③一国の長、④主張する、⑤所有者、⑥⑦客を接待する側の人、⑧一国の長、の意味。
・「慮」は①深く考える、②検討する、③心配する、④縄で結びつける、⑤邪魔をする、⑥調べる、⑦心配する、⑧縄で結びつける、の意味。
・1つ目の「之」は①使う、②③④⑤⑥⑦⑧代名詞、の意味。
・「良」は①優れたさま、②善良な人、③好ましい、④確かに、⑤時刻が遅いさま、⑥和やかなさま、⑦善良な人、⑧~できる、の意味。
・「将」は①将軍となる、②統率する、③将軍、④服従する、⑤ゆっくり進む、⑥捧げる、⑦服従する、⑧将軍、の意味。
・「随」は①追求する、②ある基準のとおりにする、③任せる、④後からついて行く、⑤従い侍る人、⑥即座に、⑦⑧ある基準のとおりにする、の意味。
・2つ目の「之」は①使う、②彼ら、③④ある地点や事情に達する、⑤赴く、⑥変わる、⑦代名詞、⑧彼ら、の意味。
<解読の注>
・この句は中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」の原文に従うが、孫子(講談社)の原文とも一致する。
・この句には八通りの書き下し文と解読文がある。①②③④⑤⑥⑦⑧と付番して、それぞれについて解説する。

<①について>
・特に無し。

<②について>
・1つ目の「之」は、①「故」の「道理」を指示する代名詞と解読。

・「明」の“夜明け”は、其七6-2②「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器であり、昼間の緩んだ士気は敵を侮るのであり、夕暮れ時の殺がれた士気は既に敗北した状態になる」で記述されている「早朝の旺盛な士気は切れ味の鋭い武器」と考察し、「兵士達の士気は旺盛で切れ味の鋭い武器になる」と解読。

・2つ目の「之」の“彼ら”は、旺盛な士気が切れ味の鋭い武器になった兵士達が従事している軍隊と考察。結果、話の流れに合わせて「この軍隊」と解読。

・「良」の“善良な人”は、文意よりお手本に従う将軍の素直さを説いたと考察。結果、「善良な将軍」と解読。⑦も同様に解読。

・「随」の“ある基準のとおりにする”は、其四4-2①「戦略、戦術のお手本は、第一に基準として従うのであり、第二に戦況の展開を推測するのであり、第三に軍隊行動の規律になるのであり、第四に敵軍を思うままに操り、第五に自軍が敵軍よりも優勢になるのである」に基づく記述と考察し、「戦略、戦術のお手本の通りに従う」と解読。⑦⑧も同様に解読。

<③について>
・「故」の“事変”は「戦争」と解釈した上で、文意から其九5-1④「将軍は大いに戦況が一致する過去の戦争事例から未来を予測する」の「過去の戦争事例」を指すと考察。結果、「過去の戦争事例」と解読。

・1つ目の「之」は、②「故」の「戦略、戦術」を指示する代名詞と解釈。ここでは其三5-6①「将軍が有能になれば、君主が牽制することが無く、君主による軍事の災いを抑制する」を満たせていない文意と推察できるため、其一6-1①「将来に戦争が起こりそうな時に将軍が朝廷で戦略、戦術の計画を立てて勝利を得る要因は、実現した計画が多いことにある」を参考にして「将軍の考えている戦略、戦術の計画」と補って解読。

・「良きこと」の直訳は“好ましいこと”となる。これは「将軍の考えている戦略、戦術の計画」を実行した結果と考察。結果、「好ましい結果」と解読。

<④について>
・「故」の“旧交”は、其九5-6③「交」の「気持ちが通じ合う諸侯」を指すと考察。この「諸侯」は他句で同盟関係にあることが頻出することを踏まえて「同盟を結んでいる諸侯」と解読。⑦も同様に解読。

・「慮」の“縄で結びつける”は、其七4-3①「開拓した陣地を繋ぎ止めて全軍の権勢が生じる」で使用される「縣=県」の“繋ぎとめる”や“掲げる”に類似した意味であることを踏まえ、「諸侯と連合して全軍の権勢を掲げる」と解読。

・1つ目の「之」は、③「故」の「過去の戦争事例」を指示する代名詞と解読。

・「明」の“はっきり悟る”は、「同盟を結んでいる諸侯」に自軍の勝利をはっきり悟らせることと考察。結果、使役形で「自軍の勝利をはっきり悟らせる」と補って解読。

・「随」の“後からついて行く”は、其十一9-6⑧「事前に敵将軍が可哀相に思う道理で敵軍を衰弱させておき、約束した時間に、同盟を結んだ諸侯達が手放せない戦地に到着して連合すれば、敵将軍は表情を暗くして、将軍の指図に任せるのである」等より、「同盟を結んでいる諸侯」は後から戦地に到着することと考察。結果、「自軍の後を追って戦地に赴く」と補って解読。

<⑤について>
・「主」の“所有者”は、軍隊の所有者である将軍を指すと考察。結果、「将軍」と解読。

・1つ目の「之」は、④「故」の「同盟を結んでいる諸侯」を指示する代名詞と解読。

・「良」の“時刻が遅いさま”は、「同盟を結んでいる諸侯」がゆっくり進軍して到着に時間がかかることと考察。結果、「到着に時間がかかる」と解読。

・「随」の“従い侍る人”は、其十一9-3②「敵将軍の考えていた計画を制止しても、約束した時間に同盟を結んだ諸侯が戦地に到達しなければ、使者を往来させられたい」に基づき、「使者」と解読。

・「故ると曰わしむ」の直訳は“「衰えた」と言わせる”となる。これは其九4-12①「窮乏の状態では無いにも拘わらず、自国に講和を求める要因は、敵の計略なのである」を実践すると解釈。諸侯が戦地に到着するまでの時間稼ぎとして、敵将軍を欺いて講和するように見せかけるのだと考察した上で「「自軍は衰えた」と言わせる」と補って解読。

・「慮」の“邪魔をする”は、自軍から使者を送ることで、敵将軍の計画実行を邪魔するのだと考察。結果、「敵将軍の計画実行を邪魔する」と補って解読。

<⑥について>
・「主」の“客を接待する側の人”は、“客”を自軍とすれば、その自軍に対応する敵将軍を指すと考察できる。結果、「敵将軍」と解読。⑦も同様に解読。

・「故」の“悪事”は、⑤「使者を派遣して「自軍は衰えた」と言わせる」の行為を指すと考察。結果、敵将軍の発言であることを踏まえて「故なり」で「これは相手軍の策略である」と解読。

・1つ目の「之」は、⑤「故」の「自軍が衰えた」を指示する代名詞と解読。結果、「之を慮する」で「自軍が衰えた情報の真偽を調べる」と補って解読。

・「明」の“明るみに出す”は、「自軍が衰えた情報の真偽」について事実を公にすることと考察。結果、「事実を公にする」と解読。

・「良たりて将うこと」の直訳は“和やかに捧げること”となる。これは其十二5-4⑤「蘇秦は、穀物を献上して機嫌を伺うことで秦国に軽んじ侮らせた上で、秦国に立ち向かう諸侯を動員したのである」で記述された穀物等の献上を指すと考察。結果、「和やかな雰囲気で穀物等を捧げる計画」と補って解読。

<⑦について>
・1つ目の「之」は、⑥「故」の「相手軍の策略」を指示する代名詞と解釈。話の流れに合わせて「自軍の策略」と解読。

・「明」の“はっきり悟る”は、敵将軍に敗北を悟らせることと考察。結果、使役形で「敵将軍に敗北をはっきり悟らせる」と補って解読。

・2つ目の「之」は、「主」の「敵将軍」を指示する代名詞と解読。

<⑧について>
・「曰」の“語気の強調”は、解読文①~⑦の記述を受けた結論の強調と考察。結果、「だからこそ」と解読。

・1つ目の「之」は、⑦「故」の「同盟を結んでいる諸侯」を指示する代名詞と解読。

・「慮」の“縄で結びつける”は、二つ以上の物を縄で結びつけて一体できることから、同盟を結んでいる諸侯との“結び(=同盟関係)”を強化することの喩えと考察。結果、「之を慮ぶ」で「縄で結んで一体化するように同盟を結んでいる諸侯との協力関係を強化する」と解読。

・2つ目の「之」の“彼ら”は、お手本に従って衰えさせる相手であるため敵軍と考察。結果、「敵軍」と解読。

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