孫武の人物像と孫子兵法の原点に対する考察

孫子兵法を書いた人物である孫武(そんぶ)は、諸子百家の一人とされております。紀元前535年頃に出生、紀元前496年以後は詳細がわからず没年はわかりません。斉国の出身であり、その斉国の有力な大夫である田氏の一族です。紀元前517年頃、一族の内紛によって呉国に逃れて「孫子兵法十三篇」をまとめ、伍子胥(ごししょ)が強く推挙したことで呉王闔閭(こうりょ)に登用され、将軍となった後は各国に名声を轟かせる活躍しています。ちなみに闔閭は「荀子」において春秋五覇(参考:荀子)の一人とされています。

孫子兵法の原点

孫子兵法には、神話の扱いを受ける黄帝や夏王朝、殷王朝や周王朝、斉国の戦争事例に基づいてまとめたと考察できる記述がいくつも登場しますが、この斉国出身だからこそ得られた情報と言えそうです。斉の始祖は、太公望(呂尚)であり、周と連合して殷王朝を滅ぼした軍功によって斉の地を与えられています。太公望の祖先は、夏王朝の初代である禹(う)の国家事業を補佐した官職と言われているため名実ともに有力な一族であり、そのため斉国は、黄帝や夏王朝から周王朝に関する史実のわかる情報を保有していた可能性が高かったと推察できます。

その斉国は、建国から孫武が誕生するまでの約500年で何度も連合軍で勝利しており、富国強兵に繋がる思想を説いた管仲(かんちゅう)も存在しました(ウィキペディア参照)。これら連合軍や富国強兵に繋がる思想は、当サイトが解読した結果と全く一致するところです。さらに用間篇終盤で説かれた殷王朝が夏王朝を滅ぼした「間者を利用した奇正の戦術」や周王朝が殷王朝を滅ぼした「連合軍」の教えも、前述した史実をまとめたものと推察できます。

孫武は、これら情報によって孫子兵法をまとめたのであり、行軍篇で「将軍は大いに戦況が一致する過去の戦争事例から未来を予測するうえに、さらに過去の勝ち戦を大いに鑑定し、その勝ち戦を恭しく細部まで再現することを決行する」と説くに至ったと考察できます。つまり、孫武は新しい独自の概念を説いたのではなく、既に実践されていた戦略や戦術について成否を類型化し、抽象化して説いたのだと考えます。

ちなみに孫子兵法の教えは具体的な情景描写が多いため、黄帝や夏王朝、殷王朝や周王朝、斉国の「過去の戦争事例」について現在残っている書よりも、さらに細かく状況や経緯を記録した”何か”があったのではないかと想像を膨らませています。

孫武の人物像

「漢字」が殷王朝が発明して周王朝が継承して西周時代から各地に広がっていった経緯を考えると、前述した戦争事例の記録全てを読む機会に恵まれた人は少なかったのではないかと推察できます。孫武は斉国の有力な田氏一族だったからこそ、これら記録全てを詳しく研究できる環境があったのだと思います。そして田氏は、神話とされる五帝の一人、舜(しゅん)の末裔とされることから、孫武はエリート階級といえる存在であり、研究に必要な時間のゆとりも十分にあったのだろうと推察できます。

但し、エリート階級でしたが、いわゆる”お坊ちゃん”では無かったと思います。それを裏付ける教えとして、例えば謀攻篇の「多くの戦争の知識を得る時に自分で考察することを怠らなければ、表面的な戦略、戦術の知識が知恵になる道理である」の記述があります。知識と知恵の違いに対する洞察、知識を知恵に変える方法は、自らが失敗を繰り返しながら成長して得られる実感だと思います(個人的な経験に基づきますが・・・)。

また、当サイトが得た解読文をお読み頂ければわかりますが、漠然とした内容で終わらず、極めて実務的な視点から兵法が説かれております(一見すると漠然とした内容であっても、それに対する具体的な内容が後述されます)。その上、現実的な情景描写が多いため、孫武は一般兵士から将軍の立場まで斉国で幅広く経験したのではないかと推察できます。

さらに、過去の戦争事例を類型化(パターン化)して体系的に整理する能力が際立ち、複雑に絡み合った記述が矛盾なくまとまっているため語彙力も極めて高いと感じます。このように想像していくと、かなり高い領域で文武両道を成し遂げていた逸材という人物像が浮かび上がってきます。

そして、「孫子兵法に含まれた政治的な目論見を考察」で触れていますが、孫武は、孫子兵法の中でさりげなく紀元前500年頃に奴隷制度の撤廃を主張しています。1900年代まで奴隷制度が実質的に続いた中国の歴史を考えれば、孫武は仁深き人物だったと想像できます。

文武両道を兼ね備えた、仁の深い孫武は、まさに賢人と言えるのではないかと思います。

<注意>
孫子兵法の考察」ブログは、孫子兵法や孫武に関連する事柄について当サイトが考察した内容に過ぎません。学説的に評価されたものではないため、「こんな解釈をする人もいるんだな」程度でお楽しみ頂ければ幸いです。なお、新たな情報を得たり、新たな気付きがあれば、記事の内容を随時更新してきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。