孫子兵法の構造と解読方法

当サイトで掲載している孫子兵法の解読文は、一句に対して四通り又は八通りを掲載しています。一般的には一句に対して一通りの解読文とされていますが、おそらく複数の解読文に展開することで詳細な教えが出現する構造なのだと思われます。

当ページではその解読方法や構造を紹介しています。

構造を発見した経緯

一般的な孫子兵法の解読文に納得できなかったため、白文から独自に解読することにしましたが、ある時、二通り以上に解読できる句があることに気付きました。さらに、二通り以上に解読できた場合、教えの内容が具体化したり、より深い意味が読み取れることもわかりました。その後、徐々に構造が明らかになり、解読三周目の軍争篇あたりで、一句に対して複数の解読文が成立し、尚且つ、基本的には四通りに解読でき、終盤の句で八通りに解読できる構造であることが明らかになりました(但し、行軍篇と九地篇は、それぞれ中盤、序盤から八通りに解読できる)。

解読作業は螺旋階段を降りていくイメージ

当サイトに掲載している孫子兵法の解読文は、計篇から火攻篇まで通して解読する作業を三周分繰り返しています。一周目では漢和辞典「漢辞海」に記載された意味に依拠することで一般的な解釈とは異なる教えが部分的に出現し、二周目で霧の中からぼんやりと山影が現れるように全体像が浮かび上がり、三周目で”話の流れ”を掴めるようになって教えの詳細が具体化し、最終的に全体像もはっきりしました。

この三周の解読作業で大切だったことは、漢和辞典に記載された意味に依拠した上で、他篇他句で記述されている内容との整合性を確保し続けたことです。この2点を大切することで、一周目で掴める内容があり、その一周目で掴んだ内容に基づいて二周目でわかる事柄が出現するのであり、同様にして三周目でより深い解釈に触れることができました。この時に感じていた気分は「螺旋階段を降りながら、教えの深淵を覗き込み、少しずつ近づいていく」です。

いつか四周目の解読作業に取り組むつもりですが、その時にはおそらく今まで見えていなかった深みが出現するのだと期待しています。

孫子兵法の原文について

当サイトで解読した孫子兵法は「竹簡孫子」を基本にしており、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」を参考にして、元々記述されていた漢字の採用を原則としています。そのため、中國哲學書電子化計劃「銀雀山漢墓竹簡(孫子)」で異体字と記された漢字があっても、基本的には採用せず、元々記述されていた漢字の採用を優先しています。

元々記述されていたであろう漢字を重視した理由は、「その漢字を採用した意図」を掴むことが大切だと考えたからです。この姿勢で取り組んだ結果、元々の漢字に込められた意味から重要な教えが次々と読み解けたため、この視点は正解だったと考えています。なお、武経七書「孫子」等は、後世に何らかの目的があって置き換えられたのではないか?と推察しています。

孫子兵法の構成について

一句に対して四通り又は八通りに解読した結果、明らかになった孫子兵法の構成を図式化しました。なお、各篇はさらに段落分けしていますが、段落分けについてはTOPページの各篇ごとに掲載した表をご覧になってください。

なお、用間篇を最後にする解説本が多数ですが、竹簡孫子は火攻篇が最後であり、火攻篇の終盤で「道理を悟った君主と善良な将軍の在り方について」まとめられています。そのため、やはり火攻篇は最後の篇とするのが適当と判断しました。

一句で複数の解読文が成立する構造

一句で複数の解読文が成立する構造は、下記図のように主たる解読文が仕上がると、その解読文で記述された内容の一部が、次の解読文を解釈するための糸口になります。この構造によって少しずつ話が展開していき、具体的な描写が浮き上がったり、隠されていた大切な教えが登場する仕掛けになっています。

但し、主たる解読文は古典中国語の文法に従って書き下し、続く解読文は必ずしも文法に従うとは限りません。この点については、自らその真偽について疑問が残っており、その適切さを検証する必要は残っていることを補足しておきます。

さて、下記図は最も簡潔な事例ではありますが、解読文①の結論が漢字「恐」で記述されて、次の解読文②は漢字「恐」から始まることで話の流れを繋いでいます。これは、わらべ歌「いろはに金平糖」の「①金平糖は甘い、②甘いはお砂糖、③お砂糖は白い、④白いはうさぎ、⑤うさぎははねる」の要領とほぼ同じです。

なお、頻出するパターンは、ある漢字を軸にして”前に記述された内容”を積み上げて話を繋いでいく構造になっています。例えば、解読文②「恐」も、本当は解読文①「恐」で「大声で呼び立てる兵士は怖がっている」の意味を積み上げているのであり、「大声で呼び立てて怖がっている」と補って解読するイメージです(この積み上げた意味を解読文に反映するか否かは、話の流れを考慮して個別に判断しています)。

漢字の”意味”に細心の注意を払う

孫子兵法を解読する際、大前提として、現代日本人が日常会話で使う漢字の意味や印象で解釈してはいけません。2500年前の中国で記述された文書であるため、その当時に使われていたであろう漢字の意味で解釈することは必須です。下記に挙げた漢字は、特に思い込みが強そうな代表例です。

  • 「勝」を”勝利”の意味で解読することは、ほとんど無い
  • 「故」を”だから”の意味で解読することは、ほとんど無い
  • 「之」が代名詞だとは限らない
  • 「以」は”~によって”の意味で解読することは、ほとんど無い

その上で、漢和辞典に記載されている”意味”の「意味」を考察しなければなりません。この意味の意味とは、漢和辞典の表面的な意味が指し示している具体的な内容を明らかにすることです。代表的な例を下記表に挙げておきます(注:常に下記例のように解読するわけではありません。話の流れを掴んで適宜判断が必要となります)。

漢字意味(漢和辞典の意味)意味の意味(具体的な内容)
道理特定の道理を引用する代名詞のような役割を果たしており、
その道理を明らかにして「~の道理」と解読
長所特定の利点を引用する代名詞のような役割を果たしており、
その利点を明らかにして「~の利点」と解読
事を行う”事”が代名詞のような役割を果たしており、
話の流れから特定の行為を明らかにして「~をする」と解読
越える”越える”とは、何かと何かを比較した結果であるため、
比較している事柄を明らかにする必要がある
例:「兵士数が越える」や「軍隊の勢いが優勢にする」
民衆民衆の中には戦争になれば兵士として従事する者もいる
そのため「兵士達」と解読することが多い。
五番目という序数リストから特定の教えを引用する仕組みであり、
例えば「一曰道、二曰天、三曰地、四曰將、五曰法」であれば、
五番目に記述された「法」の意味として解読できる
数の名漢字「五」で記述された他句の教えを引用する仕組みであり、
例えば「故輕之以 ” 五 ” 」の「五つの教え」を指すことで
具体的には「道、天、地、将、法の教え」と解読できる

このような漢字の使い方によって他句で記述された内容を引用することで、前述したわらべ歌「いろはに金平糖」の構造に従って、四通り又は八通りの解読文が仕上がるようになっています。

「喩え」によって精緻な教えが出現する

孫子兵法には”喩え”を駆使した教えが数多くあり、この喩えによって精緻に教えを読み取ることができます。武田信玄公で有名な「風林火山」は代表的な事例であり、又、精緻さを感じやすい句でもあるため簡単に解説しておきます(注:「火」は火攻篇の解釈より”火災”と特定できます)。

漢字現象の特徴現象から導かれる精緻な教え
空気が流動する現象であり、
自在にカタチを変えて進む
流動的な風のように隊列を変える軍隊の喩えと考察
樹木が群がってはえている樹木が群がるように密集した軍隊の喩えと考察
火災が発生した時、燃えている場所が
どんどん広がって逃げ場を奪い取る
軍隊(正攻法部隊)がどんどんと攻め込んで
敵の逃げ場を奪い取っていく状況の喩えと考察
高い山が目の前に存在しても、
山の存在を意識しない人が大半
敵に存在を意識させない奇策部隊の喩えと考察

大切なことはその現象によって必然的に生じる結果を考察することであり、多くは「自然の摂理」に基づいた事柄となっています。このような喩えを駆使した教えは、他句で引用されることが多く、その現象から読み取れる細やかな点を読み取っていないと辻褄の合った解読文に仕上がらないため注意が必要です。


ここでは「孫子兵法の構造と解読方法」について、ざっくりとしたイメージを持って頂けるように基本的な事柄だけ触れています。実際には特殊事例が数多くあり、教えの全体像を掴んだ上で話の流れを汲み取って、合理的に解釈していくことが求められます。特殊事例であっても各句「解読の注」で説明を加えておりますので、是非参照してみてください。